第005話 真に恐れるべきは敵ではなくエロい味方

 こっそり目を瞑りながら対応している俺だが、彼女の声を聴いただけで反応してしまったので困り果てる。


「先に進む」

「お、おう」


 しかしまだ試験は続いている。さっきの敵はただの雑魚。本命はまだこの先にいる。


 再び彼女の案内に従い、目を閉じたまま廊下を歩く。


 目を閉じたおかげで彼女の姿は見えないが、すでに硬さをもった体の一部はなかなか納まってくれそうにない。


 それに声を聞くたびにエッチな彼女が思い浮かんでさらに硬くなるというジレンマ。


 俺は内股になりながら必死に隠しつつ彼女の後ろをついていく。いつ俺の理性が崩壊するか分からないので、すぐ試験を終わらせて一刻も早く帰りたかった。


「この部屋にいる」

「分かった」


 いったいどれほどそうしていただろうか。來羽が次のターゲットの位置を告げる。確かにこの部屋の先に先程の雑魚よりも大きな嫌な気配があった。


 俺は來羽の視線から下半身を隠すようにしゃがんで、壊れた扉の隙間から目を開いてコッソリと中を覗く。


―フニョン


 ただ、その直後に俺の背中に何やら柔らかい感触が二つ押し当てられた。目を閉じているので何かは分からかったが、次の瞬間にその答えに辿り着く。


「あいつが今回の試験のターゲット」


 頭に降り注ぐのは來羽の抑揚の少ない呟き。


 それはつまり俺の背中に感じるのは彼女の体の二つの母性の象徴。その瞬間、俺の一部が凄まじい熱を持ってしまった。


 くっ。このままでは動くことができない。


「あ、あたってる!!」


 俺は小声で必死に來羽に訴えかける。


「ん? なにが?」

「だ、だから!!」


 來羽が俺の頭の上で小声で首を傾げるのが分かった。俺は直接言葉にするのは憚れてその先を続けることができない。


 くそっ。一体どうしたら……いや、兎に角彼女に離れてもらわなければ。


 そう考えている間にも、背中には戦闘服の下には何も付けていないであろう二つの感触が、ダイレクトに伝わってきて俺の一部が存在を主張していた。その上、彼女の良い匂いが漂ってきて、ビンビンを通り越してギンギンになっている。


 声だけでなく、匂いまでもが俺を苛んで来るとは……。


 こうなったらその両方遮断するしかない。


「來羽、浄化するから離れてくれ」

「うん。分かった」


 スッと柔らかさとひと肌のぬくもりが消える。


「はぁ……」


 少しの寂しさとともに安堵した。


 俺は敵を倒すまで間息を止め、耳に思いきり指を突っ込んで鼓膜を破って聴覚を破壊した。多少痛いが問題ない。これで俺は今、何も見えないし、何も聞こえないし、何の匂いもしない。


 完璧すぎる。


 しかし、一度集まった血は中々散ってはくれない。それは6年間発散していないせいもあった。


 ここ数日は6年前の感覚に慣れるために必死になっていたため気にならなかったが、今日の彼女との接触によって、眠っていたはずの欲が掻き立てられてしまった。


 よーし焦るな。ゾンビ同士のアレを想像するんだ……。


 ゾンビはご存じの通り動く腐った死体のことだ。流石に俺もゾンビの女性相手に発情したりはしない。内臓が飛び出ていたり、目が腐り落ちていたり、骨が露出していたり、色々と大変だからな。


 俺は必死に異世界で戦ってきたゾンビを思い浮かべて鎮静化を図る。


 その効果は絶大で熱が徐々に引いていくのを感じた。


「ウップッ」


 それと同時にあのグロテスクな光景を思い出して少し吐き気を催してしまう。ある程度慣れたが、はっきりと意識すると、今でも気持ち悪さが出てしまうのは仕方ないだろう。


 ようやく体の一部のがある程度ほぐれた俺は、スッと立ち上がって室内に入った。


「ピュリフィケイション!!」


 ある程度悪霊の居る位置は分かるのでターゲットに向かって浄化魔法を放った。


「グォオオオオオオオオオ……」


 その結果として、そのターゲットの気配は消え、室内は正常な空気に包まれる。


「ぷはぁ……ハイヒール」


 俺は止めていた呼吸を再開すると共に鼓膜を回復し、目を開いた。


「~~!?」


 視線の先にはどう見ても桃にしか見えない割れ目が存在していた。


「敵影無し。浄化を確認。任務完了」


 目の前の桃が言葉を発する。つまり視線の先の桃の持ち主は來羽。そういうことだ。


「うっ」


 冷え切ったはずの俺の一部が再び噴火するように熱が集まってきてしまった。俺は再び前かがみになって手で押さえる。


「大丈夫?」


 うめき声を出した俺を気遣うように顔を覗き込んできた。その端正な顔立ちが目と鼻の先まで近づいて来てさらにピンチになる。


「だ、大丈夫だ。もう帰ってもいいか?」

「うん、すみれの所に戻ろう」

「あ、ああ」

 

 俺は顔を背けながら返事を返すと、彼女の気配が離れるのを感じて安心した。


 その後、俺はまた内股になってひょこひょこ移動しながらも、再びゾンビの絡みを思い出して凝りをほぐした。


 帰るころにはどうにか治まったが、來羽とすみれさんの二人と話しているとピクピクと少なからず反応してしまうのをひしひしと感じている。


 退魔局に戻った後、すみれさんが執務机に座り、俺と來羽はその前に立つ。


「本野君、合格よ」

「あ、ありがとうございます」


 一応依頼は果たしたので問題ないと思ったが、合格通知を受けた改めて安堵した。


「詳しい話をするから残ってちょうだい。來羽は帰っても良いわよ」

「分かりました」

「了解」


 しかし、その後で詳しい話を聞くことになった。


 ただ別に來羽に聞かれて困るような話ではないと思うんだけど、なんで帰らせてしまったんだろうか。


 俺は來羽がいなくなってしまったことに一抹の不安を覚えた。

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