第006話 恐れるべきエロい味方が一人とは限らない

「それじゃあ早速だけど契約内容を説明するからソファに座ってちょうだい」

「はい、分かりました」


 神崎さんに促され、来客用に用意されているらしい部屋の一角の応接スペースのソファに腰を下ろす。


 神崎さんも書類をもってこちらにやってきてテーブルを挟んで対面のソファに座る、と思いきや何故か俺の隣に座った。


 しかもその距離は肩が触れるほど近い。


 彼女の動作で風が起き、女性の匂いが俺の鼻孔を突く。來羽が柑橘系の爽やかに香りだとすれば、神崎さんはミルクのような甘い香り。


 ふぁ~、すげぇいい匂いだぁ~。


 思わず鼻の下が伸びてしまう。


―ビクンッ


 体の一部が大きく跳ねた。


 くっ、どういう状況だこれ……。


 体の生理現象で今自分が置かれている状況に我に返る。


「えっと……神崎さん、こういうのって普通対面で座るのでは?」


 今の状況を打破するため、彼女に問いかけた。


「ふふふっ。隣の方が分からない所とかすぐ聞きやすいでしょ? それに同じ視点の方が説明しやすいのよ」

「そ、そうなんですね」


 彼女を対面に移動させるための問いだったが、全く通用しないどころか、もっともらしい理由を魅力的な笑みで説明されてしまうと、それ以上こっちからは何も言えない。


 それに仕草がいちいち艶めかしい。


 來羽は無頓着なエロさとすれば、神崎さんは存在そのものがエロい。容姿、スタイル、匂い、声、仕草、その全てに色気を多分に含んでいる。


 すぐに下半身に血が集まるのを感じた。


 俺は思わず前かがみになって股に手を挟む。


「あ、それと、神崎さんなんて他人行儀な呼び方は止めてちょうだい。すみれって呼んでね」

「え、いや、それはちょっと……」


 そして、唐突な申し出をする神崎さん。


 彼女のような美人のお姉さんを名前で呼ぶのはハードルが高い。


 俺は申し訳なさげに断ろうとした。


「あら、私たちは志を同じくする仲間になったんじゃないのかしら? お姉さん悲しいわぁ……」


 神崎さんは俺の反応を見るなり、少し顔を俯いて目を潤ませて俺に体を押し付けるようにしてさめざめと泣く仕草をする。上から見下ろす一対のふくらみが作り出す山の迫力も相まって、上目遣いの破壊力は想像を絶していた。


「わ、分かりましたよ、す、すみれ

「ふふふっ。それでいいわ」


 俺に抗う術はなくせめてもの抵抗に敬称をつける。


 すみれさんはタジタジの俺を見て満足そうに笑った。


 來羽と違い、絶対に分かっててやっていると思うけど、それを跳ねのけられない男の悲しい性に心の中で静かに涙した。


「それじゃあまず契約内容だけど……」


 そこから真面目な話が始まる。


 正直、すみれさんの柔らかさと色香によって全く頭に入ってこないし、俺の理性では制御不能な部分がギンギンなのでそれどころではない。


 なんとか納めるために頭の中で再びゾンビの絡みを想像するが、俺の阪神がすみれさんの体と接触しているため、柔らかさや匂い、そして声が直接襲い掛かってくる。


 お互いの威力がせめぎ合う。いや、正直ゾンビも負けそうだ。


「以上だけど、大丈夫かしら?」

「は、はい!! 大丈夫です!!」


 戦いに夢中になっていたら話が終わったらしい。


 神崎さんが俺の顔を覗き込んできた。その端正な顔立ちも然ることながら、俺の方に体を向けて倒してきたことで俺の腕に幸せな感触が襲い掛かってきた。


 俺は思わずビシリと佇まいを正すが、下半身は主張を止めていなかったのですぐに隠すように押さえつけた。


「あら、どうかしたの? 体の具合でも悪い」

「い、いえ、本当に大丈夫ですから!!」


 俺の様子を見て心配そうにするすみれさんに、慌てて取り繕って返事をする。


「そう? それじゃあここにサインしてくれる?」

「わ、分かりました!!」


 俺は神崎さんが持っている書類をひったくって、彼女に背を向けて必要な場所にサインとハンコを押した。


「大丈夫そうね。これからよろしくね本野君」


 書類に問題がないことを確認したすみれさんはニッコリと笑ってそう言った。


「は、はい、宜しくお願いします」

  

 あまりに眩しい笑顔にアワアワしながら挨拶を返す。


 それから俺は逃げるようにその場を後にした。


「やっぱりね……」


 俺が部屋から出る際に呟いた彼女の言葉が俺に届くことはなかった。

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