第029話 妹の不安

 妹とゆっくりと話した俺は風呂に使って布団に入ってスマホを見る。


 ピクニックに最適な場所を探すためだ。


「お、そんなとこがあったのか」


 俺は予想外の情報を発見して呟いた。


 今は4月の後半。帰ってきた時に花が少なかったので、もう散ってしまったのかと思ったが、今年はなんだか分からないけど桜の開花が遅れてしまっているらしい。


 例年通りなら4月の頭くらいには咲いているので、2週間はズレている。


 しかし、それならそれで好都合だ。


 これで蛍を花見に連れて行ってやれる。


 両親が生きていた頃は良く家族で花見に行っていた。たまには近所の人が集まって着たり、会場で会った人たちと一緒になったりして盛り上がったのを覚えている。


 もしかしたら二人を思い出して悲しい気持ちになるかもしれないから蛍に確認は必須だけど、花見に行くのは悪くない選択だと思う。


 両親が死んでから全く行ってなかったしな。


「あぁ~、でも結局蛍に料理を作らせてしまうことになるかぁ……たまにはゆっくりさせてやりたいけど……俺は料理はからっきしだしなぁ……」


 花見に行くとなれば、やはりお弁当は必携。


 スーパーで料理を買って来れば済む話ではあるけど、妹は自分が作れるんだからそんな買い物はしないでと怒りそうだ。


 かといって俺が作ろうにも、以前大失敗をしてから妹に台所に立たせてもらえなくなった。


 多分そういうことだ。


 だから自分で料理をすることもできない。


「これは中々悩ましい問題だ」


 俺は花見に持っていく弁当について頭を悩ませる。


 それだけじゃないな。他にも必要なものはたくさんある。


 花見に行こうと思うと持っていくものが多くなってどうしても移動が大変だ。自分がもう少し大人で免許でも取れればよかったんだけどな。


 なんとかリュックに詰め込んで持っていくしかないだろう。


「とりあえず、明日蛍に確認しよう」


 蛍とのピクニックの詳細がある程度決まったので、スマホを布団の上に置いて仰向けになって目を閉じる。


―トントンッ


 その時、襖を叩くを音がなった。


「お兄ちゃんまだ起きてる?」


 その後で蛍の声が耳に届く。


「ああ、起きてるぞ」

「入っていい?」

「ん、いいぞ」


 入室を許可すると、妹は枕を抱えておずおずとした様子で部屋の中に入ってきた。


「どうしたんだ?」


 俺は寝ていた体を起こして妹に尋ねた。


「えっと、その……今日は一緒に寝てもいい?」


 蛍は言いづらそうにもじもじとしながらそんなことを聞いてくる。


 妹は両親が死んでから暫くは一緒に寝ることが多かったが、最近は一人で寝るようになった。


 それにも関わらずそんなことを言ってくるなんて珍しいこともあるもんだ。


「ん? 別にいいぞ」

「うん、ありがと」


 俺としては妹と一緒に寝るのは久しぶりだからむしろ嬉しいくらいだから否やはない。


 許可をした後で俺は布団の奥側にズレて妹が入りやすいようにした。


 それを見ていた妹が、枕を置いてその空いた場所に体を滑り込ませて布団の中に入ってくる。


「あったかい……」

「今日はどうしたんだ? 何かあったのか?」


 布団に入ってきた妹はなんだか安心したような顔を見せる。もしかしたら学校でいじめられたりしたりしたのかと思ってここに来た理由を尋ねる。


「んーん、どうもしないよ。ちょっと一緒に寝たくなっただけ」

「そうか? それなら別にいいんだけどな」

「うん」


 しかし、理由はないと首を振る。


 いじめられてるとか、先生が怖いだとか、なんかそういう理由がないのならそれでいい。


「……」


 お互いの間に沈黙が流れる。


 來羽やすみれさんのような赤の他人ではなく、蛍は実の妹。別に沈黙なんて全く苦痛じゃないし、むしろ一緒に寝ていると安心する。


 徐々に眠りに落ちていく。


「ねぇお兄ちゃん……」

「……なんだ?」


 沈黙を破って不安そうな声で蛍が俺に尋ねる。


「本当にどこにもいかないよね?」

「……当然だろ?」

「本当の本当だよね?」

「……勿論だ。蛍を一人になんかしたりしない」

「そうだよね。わかった。ずっと一緒だよ、お兄ちゃん」

「……ああ、ずっと一緒だ」


 何度も何度も問いかけてくる妹に、朦朧とした意識の中、言い聞かせるように答えると彼女は安堵した表情になり、すぐに意識を落とした。


 もしかしたら二人だけの生活だったのに、そこに來羽という存在が割り込んできたことで不安になったのかもしれない。


 俺もその後を追うように意識が途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る