第038話 堪能

「そこはこうするといい……」

「へぇ~、そうなんですね!!」

「ぷはーっ。お酒美味しい!! あははははっ」


 來羽と蛍は料理談義。すみれさんは寄ってきたらしく、何が面白いのか、ずっと上機嫌に笑っている。


 すみれさんの相手をした方がいいのかもしれないが、捕まったら最後。何をされるか分かったものではないのでそっとしておこう。


 健全な男子高校生として興味はあるが、歯止めが効かなくなりそうなので触らぬ神に祟りに無しだ。


「さて、料理を楽しむか」


 俺はやっと戻ってきた平穏を噛みしめる。蛍の弁当も來羽のもどれも美味そうでどれから食べるか迷ってしまう。


 とりあえず、同時に食べてしまった唐揚げとハンバーグを順番に食べる。


「うっまっ」


 どちらも肉料理なので混ざってもマズくはなかったが、やはり単体で食べるとそれぞれの本当の美味さを実感する。


 唐揚げは肉と衣がとても俺好みの丁度いいバランスで、かじった途端パリッとサクサクした衣の歯ごたえと、鶏肉のジューシーな柔らかさと肉汁があふれ出した。


 あくまで個人的な好みだが、衣が薄くて肉が主張している唐揚げよりも、衣がきちんと主張している唐揚げの方が好きだ。妹が作った唐揚げはその点をきちんと押さえている。流石俺の蛍だ。


 それに、俺の好きなしょうゆとニンニクとショウガをベースにしたつけタレにじっくりと一晩漬けられていて、昔から好きだった母さんの作った唐揚げの味を思い出す。勿論今となっては全く別物の完全に妹の味にアレンジされているが、母さんが作った唐揚げがベースにあるのは間違いない。


 俺の好みを熟知しているからこそ作り上げられた、妹の妹による兄のための唐揚げだった。


「來羽のハンバーグも美味い」


 來羽のハンバーグは家庭料理指向の蛍の料理とは真逆で、まるで専門店で食べるような高級感のある味付けだ。具材が絶妙に絡み合い、高度な技術でこねられた肉は、ちょうどいい歯ごたえと、溢れんばかりの肉汁が口の中を蹂躙していく。


 ハンバーグに関しても基本的に和風ベースのタレが好きな俺だが、彼女がアンのようにしたデミグラスっぽいソースも使っている肉と非常にマッチしていて、肉の美味さを何倍にも引き上げていた。


 ただただ美味いと言わざるを得ない味わいだ。


「あぁ~おにぎりも絶妙な塩加減だ」


 そしてやはりお花見と言えば、おにぎりやおいなりさん。妹が作ったおにぎりはおかずに負けないが、しょっぱいとまではいかない超絶なバランスを付いた塩味で、海苔の香りと味が一体感を上げている。


 おかずと一緒に食べるのに邪魔にならず、それどころか一緒に食べるとどんどん職が進んでしまう。


 片や來羽の料理はサンドイッチというかホットサンドという料理だろうか。焼いたパンに玉ねぎとチーズとハムが挟まっていて、ド定番な具材にも関わらず、ピザのような感覚で手が止まらなかった。


 どの料理も美味すぎてどんどん食べてしまう。


―ゴクゴクゴクッ


「くぅ~!!」


 それを炭酸飲料で流し込む。


 なんだか美味い料理を食べながらお酒を飲みたい大人の気分が分かったような気がする。


「ねぇ~、なんで私を放っておいて一人で飲んでるのかしら?」


 しかし、俺の平穏はそこまでだったようだ。


 蛍と來羽が料理の話で盛り上がっているのを良いことにこっそりとすみれさんは俺の隣に這い寄っていたらしい。


 俺の左腕にフニュリと形を変える柔らかな感触に挟まれた。


「いや、別にそういうわけじゃ……」

「えぇ~、折角親睦を深めようと思ったのに~」


 俺が困惑していると、すみれさんはさらにグイグイとその我儘な体を押し付けてくる。


 ぐわぁっ。なんという暴力的な柔らかさなんだ!?


 俺はその感触にすべての感覚が研ぎ澄まされてしまうのを感じた。


「も、もう十分ですよ」

「もっと親睦が深まることがしてもいいのよ?」


 俺としてはもう十分くだけた間柄になったと思うのでこれ以上は遠慮したかったのが、そうは問屋が卸さない。


 すみれさんは俺の耳元で息を吹きかけるように艶めかしく囁いた。その声で俺は足の先からブワリと寒気が昇ってくるのを感じて体を震わせる。


 全くここまで煽っておいて本当に手を出されたらどうするつもりなんだろうか、この人は。


 勿論そんなことをする気は一切ないが。


「あぁ~!! またお兄ちゃんに迫ってる!!」

「油断も隙も無い」


 ただ、どうやらその暴挙を見逃す蛍と來羽ではなかったようだ。


 二人はすぐに俺の許に駆けよって、すみれさんを引きはがしていった。


 その後も二人とすみれさんの攻防がありながらも、なんだかんだ花と料理を堪能することができた。


 こんなに楽しかったのはいつぶりだろうか。


 俺は空を見上げて、異世界では感じられなかった穏やかな時間を噛みしめた。

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