第059話 勘違いの思い違い

 意気揚々と出発した俺達。ただ、気になっていることがある。


「それで俺たちはどこに向かってるんですか?」


 それは目的地だ。


 流石に目的地も知らずに歩くのは勘弁してほしい。穴を掘って穴を埋める訓練とはいかないけど、それと同じような匂いを感じる。


「あら? 言ってなかったかしら?」

「行先は聞いてませんよ」


 表情を見る限りすみれさんも今度ばかりはただ伝え忘れていたようだ。


「それはうっかりしていたわ。私たちの目的地はあそこよ!!」

「あ、あそこですか!?」


 すみれさんが指示したのは遠くに見える山の山頂。


 遠すぎて困惑しかない。


「そうよ。あの山の山頂が目的地なの」

「どう考えても蛍があそこまでいくのは無理がありませんか?」


 何故かドヤ顔をするすみれさんに、俺は疑問を呈する。


 単純に見ても5キロ以上ありそうだ。小学生が歩く距離としては中々長いし、山道となれば尚更だ。蛍にはかなり厳しいだろう。


「お兄ちゃん、私は大丈夫だよ?」

「いやいや、無理は良くないぞ?」


 蛍はやる気だが、俺は心配だ。


 蛍はただでさえ華奢で栄養が足りない体型をしている。最近は栄養のあるものを沢山食べ始めたせいか前よりふっくらしてきた気がするが、まだまだ不健康なくらいに細い。


「ちょっと過保護すぎるわよ。蛍ちゃんは頭が良くて素直ないい子なんだから辛くなったらちゃんと言ってくれるわ。そうしたら泰山君が背負ったり、抱っこしたりして連れて行けば問題ないでしょ? そうすれば体力と力の訓練にもなっていいじゃない」

「ま、まぁ、おっしゃる通りですけど……」


 腰に手を当てて呆れたような表情で言うすみれさんに俺は何も言えなくなる。


「大丈夫よ。行ったら分かるから」

「分かりました」


 すみれさんに言いくるめられた俺は彼女の後をついて歩いていった。




「わぁー!!たかーい!!」

「綺麗な景色」

「あ、あそこにコテージが見えるよ」

「ホントだ」


 俺たちは今山頂から下の景色を見渡している。蛍と來羽がキャピキャピとその風景を楽しんでいた。


 結論から言うと俺たちはあっさりと山の山頂についた。


 なぜなら、俺たちが2、30分程歩いた先には低めのリフトがあり、それが山頂まで続いていたからだ。


 人がいないのに動いていたのはなんらかの術が働いているのだろう。滅茶苦茶不思議な光景だった。


 俺はすっかり山登りが訓練だと思っていたのだが、それは全くの勘違いだった。


 すみれさんは訓練に向かうと言っただけで、山登りが訓練だとは言っていないし、目的地も俺に聞かれたから答えただけだ。


 ただ俺が思い違いをしてしまったわけだ。


 それに気づいた時、俺は滅茶苦茶恥ずかしくなった。穴があれば入りたい。


「まぁ、そのくらいのミス人生でいくらでもあるわよ」


 その時、すみれさんはとても生暖かい表情で俺の肩をポンと叩いて励ましてくれた。


 なんだか少しイラッとした。でも美人だから許すことにした。


「はいはい、皆ついてきて。目的地はこっちよ」

「はーい」


 すみれさんが風景に気を取られている蛍たちを呼び寄せ、展望台のような造りの場所からさらに奥へと進む。


 その先には小屋があり、その小屋の左右に竹材のようなもので壁が作られていた。


「この匂いは……」

「少し臭いね、お兄ちゃん」

「硫黄みたいな匂い」


 少し進んだら日本人ならなじみ深い匂いが漂ってきた。蛍と來羽も鼻をヒクヒクとさせてそれに気づいたようだ。


「皆分かったようね?」

「もしかして温泉ですか?」

「ええ、そうよ」


 俺たちの様子を見てすみれさんが答え合わせをする。


「温泉!? やったぁ!! 久しぶり!!」

「温泉は良いもの」


 温泉だと知ると蛍が喜びを爆発させ、來羽も嬉しそうにほんのり微笑んだ。


「それじゃあ、早速入りましょう!!」

「「はーい」」


 すみれさんが先導し、嬉しそうに蛍と來羽がついていく。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください、すみれさん!!」


 二人はなんの疑問も持っていないようだが、少し立ち止まって考えて欲しい。


 俺たちがここにやってきた目的がなんだったのかということを。


「ん? 何かしら?」


 俺に止められた理由が分からないといった様子のすみれさん。


「訓練はしないんですか!?」

「あ~、それは温泉入ってリフレッシュしてからにしましょ。休むことも訓練よ」

「まだなんの訓練もしてないじゃないですか……」


 なんだか滅茶苦茶いいことを言っている風ではあるが、何もしていない今に言っても仕方ないことだ。


「したでしょ? 朝に」

「あ、あれは……!!」


 しかし、ニヤリと口端を吊り上げて揶揄うようにすみれさんに言い返され、俺は顔に血が上り、否定しようとしたが、蛍がいる手前うまく言葉が出ない。


「まぁまぁゴールデンウィークは長いんだし、少しくらいゆっくりしても大丈夫よ」

「……分かりました」


 しかし、教官はすみれさんだ。すみれさんが温泉に入ると言えば、それに従う他ないだろう。


 小屋に近づくと入り口には男湯と女湯と書かれた暖簾が掛かっている。


「それじゃあまた後で」

「またね、お兄ちゃん」

「後で」

「了解」


 俺たちはそれぞれの性別の暖簾をくぐって小屋の敷居を跨いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る