第008話 彼女がここに来た残酷な理由

 來羽が入ってきた途端にクラスが静まり返る。


 初めて会った時分かっていたことだが、彼女は美少女だ。それもクラスで一番というレベルではない。俺の好みもあるだろうが、芸能人も含めて今まで見てきた中で一番可愛いと断言できるほどの。


 そして彼女のハーフアップの黒髪とウチの学校の学生服は恐ろしい程にマッチしている。まるで彼女のために存在するかのように。


 あれだけの容姿を目の当たりにするとこういう反応になるのも分からなくはない。俺は助けるのに夢中だったし、生理現象を抑えるのに必死でそれどころではなかったけど。


「忍野來羽です。よろしくお願いします……」

「えっと……それだけか?」


 あまりに飾り気のない自己紹介に先生は少し困惑気味に聞き返すが、來羽はコクリと頷いた。


「よし、それじゃあそうだな……あそこの空いてる席に座るように」


 酷くシンプルな自己紹介を終えた來羽は先生に指示された席に歩いていく……かに思われた。


 しかし、彼女はその席を通り越していく。クラスの誰もが彼女の予想外の行動に目を止める。


「お、おい……忍野、お前の席はそこだぞ?」


 先生が來羽に声を掛けたが、なおも彼女がその歩みを止めることはない。彼女の行動にクラス全体がざわつき始める。


 そして彼女は最終的に、一番後ろの窓際の俺の席の隣の勝を、見下ろしてジッと見つめる。


「な、なにか……?」


 勝はその無言の圧力に負けてオドオドと口を開いた。


「私ここがいい」

「え? ここは俺の席なんだけど……」


 その問いに対して來羽は勝の席に座りたいという。


 勝は來羽の意図が分からずに困惑する。


「ここがいい」


 しかし、なおも無言で顔を近づけて主張する來羽。


「わ、分かりました!! 移動させていただきます!! 先生いいですよね!?」


 彼女の端正かつ無機質な顔を近づけられたことで非モテモブの勝は耐え切れなくなり、先生に必死に許可を求めた。


「あ、ああそうだな。式目が良いのならいいぞ」

「いいです!! では!!」


 先生も來羽の行動に戸惑いながらも、勝次第だという返事を返せば、こいつはすぐに荷物をまとめて來羽の席に指定された場所に移動した。


 來羽は勝がいなくなった席に何も言わずに腰を下ろす。


 クラスメイト達は彼女の斜め上の行動が理解できずにひそひそ声で何かを呟きあっている。


「ほらほら、静かにしろ。ホームルームを始めるぞ!!」


 担任が室内が浮ついた雰囲を注意してホームルームを始めた。


「おい、一体どういうつもりだ?」

「ん? 何が?」


 俺が報告事項などを話している間に、來羽の意図が分からないので小声で話しかけると、彼女はこちらを向いて小首を傾げた。


 くっ。なんという見た目の暴力。


 動きがいちいち可愛くて俺の一部が疼く。


「なんでわざわざその席に座ったんだよ?」


 しかし、高ぶる気持ちを抑えて彼女の意図を尋ねた。


 彼女が何故この席にこだわったのかが気になる。席なんて別にどこでもいいはずだ。それなのにどうして俺の隣の席を選んだのか。


「え? だけど?」

「はぁ?」


 俺は彼女の言葉の意味が理解できなくて素っ頓狂な声を上げる。


「おいそこ、何変な声を出してるんだ!! 静かにしろ」

「す、すいません」


 大きな声が出たせいでクラス中の注目を集めると共に、先生に怒られる羽目になった。


 一体なんで來羽が俺の近くにいるためにそこに座るんだ。


 まさか……命を救った俺に惚れたとか?

 いやいや、そんなまさかドラマみたいなことあり得ないよな。


 俺って自分で言うのもなんだけど、平々凡々を絵にかいたような奴だ。


 そんな俺に彼女のような美少女が惚れるとか非現実的すぎる。


 それならまさか……監視!?


 暫く考え込んだ俺は最も正解に近いであろう答えにたどり着いた。


 退魔局は表向きは国の役所だ。裏の仕事は一般の人は何も知らない。俺も今までただの一般人だった。


 だからついうっかり退魔局のことを話してしまうかもしれない。つまりそれを阻止するために、俺の近くにいる関係者の誰かが居る必要があるということか。それが色々俺と接点のある彼女になった、と。


 それなら美少女がモブに惚れたなんていうファンタジーよりも余程納得できる。


 むしろそれしかない。


 俺は世の無常に心の中で涙を流した。


「はぁ……」


 俺はため息を吐いて外を見る。


 空には俺の未来を暗示するように暗雲が立ち込めていた。

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