第009話 巫女お姉さんの思惑(別視点)

■神崎すみれ Side


「ふぅ……そろそろ驚いている頃かしら?」


 私は退魔局の支部の執務室で仕事がひと段落した所でため息を吐き、椅子をくるりと後ろに向けて窓の外の風景を見る。


 思い浮かべるのは昨日ウチに入ることになった男の子。今頃は突然自分の高校に転入してきた來羽と会っているはずだ。


 その時の様子を思い浮かべると思わず口許が緩む。


 そもそもの事の起こりは金曜日に遡る。





「泰山は絶対にウチに入れるべき。早くしないと取り合いになる」


 その日、ウチで預かっている來羽がウチに帰ってくるなりそんなことを言った。


 來羽は元々人に知られぬように悪霊退治をしていた祓魔忍と呼ばれる忍者の一族の末裔だったが、ある日凶悪な悪霊に同族たちを殺されてしまった。


 彼女の両親にはとてもお世話になったので、私が引き取って一緒に暮らしている。


 なんでも話を聞けば、一昨日学校の帰り道で突然遭遇した上級怨霊に襲われて死にかけたという。確かに彼女の言う通り制服はボロボロになっていた。しかし、どういう訳か彼女の体には傷一つない。


 その理由は一人の男子高校生に助けられたから。


 その男の子は人除けの結界の中で普通に來羽を認識し、大怪我をした彼女を一瞬で治療してみせたという。そして、その直後に來羽の後を追ってきた上級怨霊をたったの一撃で浄化してしまったとのこと。


 俄かには信じがたい話だ。


 そんな術師がいるのなら退魔局の支部の長である私が知らないはずがない。


「分かったわ。でも、まだその男の子からウチに入りたいって連絡は来ていないんでしょ?」

「お金に興味深々だったから必ず来る」


 どうやら來羽は確信している様子。


 彼女がそこまで何かを褒める事なんてないし、嘘をつくような子でもない。それにそんな術師がいるのなら私も気にはなる。


「そう。それなら連絡が来たらすぐに動けるように準備だけしておくわ。それとあなたの言葉だけでウチに入れることは出来ない。だからテストすることも言っておくのよ?」

「うん、分かった」


 そこでその男の子をテストをしてみることにした。


 來羽の直感の通り、その男の子は昨日彼女に連絡して色々話を聞き、その話を聞いた上で今日やってきた。


 初めて会ってみた印象は何処にでもいる普通の男の子。黒髪黒目で175㎝程度の身長で顔はそこそこ整っているけど、飛び抜けているわけでもない。体はある程度鍛えられているようで、佇まいから察するに何らかの武術を嗜んでいるようだった。


 彼と少し話をした後、彼の実力を試すために下級怨霊が巣くっている洋館に向かった。ただ、話を聞く限りこちらの世界には全く明るくなく、退魔局に関して何も知らなかった。こんな子が野良に居るなんて中々信じられなかった。


 しかし、それまで普通だったのに、何故か來羽が戦闘服に着替えてから彼の様子がおかしい。


 しきりに服をどうにかするように言ってきたけど、あのスーツはとても動きやすいし、霊的な守りがあるので悪霊の攻撃から身を守るのに凄く理に適っているので、変更はない。


 涙目になっているので怖気づいてしまったのかと思ったけど、彼はスーツが変更されないと分かるや、肩を落として來羽と共に中に入っていった。


 短冊形の符を懐から取り出し、虫に擬態させて私は内部の様子を監視し始める。私は陰陽師の家系の人間なので、符と呼ばれる紙を式神として操ることができ、式神が見ているものを私自身も見ることが可能だ。


 來羽が廊下にいる悪霊に見つかる前に、一旦壁を背にして本野君に雑魚悪霊の位置を伝えている。


 このくらいは全く初めてなら当然の範疇だ。


「何をもたもたしているのかしら」


 ただ、その後彼は中々飛び出さず、前かがみになって股間を隠してもたもたしている。一体何を隠しているのか気になって虫を寄せる。


「まぁ!!」


 それは男性の体の一部が凝り固まってしまう生理現象。


 私はまるで少女のように赤面して目を手で覆ってしまった。こっそり指を開いて観察を続ける。そういえば先ほどから來羽が何か行動するたびに前かがみ具合がひどくなっていた。


「なるほど。そういうことね」


 私は気付いてしまった、彼が抱える秘密を。


 さらに観察を続けると、彼は目を瞑って情報を遮断することで生理現象を治め、なんとか悪霊の浄化を完了していた。


 そして、その後の來羽とのやり取りでまた前かがみになっていることからも予想はほぼ間違いないはず。


「浄化力はかなりのものね」


 あの状況でも一切の残りカスも残さずに消し去ることができるというのはかなりの実力者だと分かった。


 そこで私は彼の弱点を探るため、一芝居打つことにした。


「その結果がまさか男性特有の生理現象によって力が不安定になっていたなんてね……」


 彼だけを残して露骨に誘っているように接触を多くしたら案の定彼は身を縮こまらせて下半身を私から隠す。


 彼の力が激しく上下していた理由がそんなことだったとは思わなかったが、さっき測ってみた所、彼が前かがみになると霊力が落ち、治まると霊力が上がるという現象が確認できたので間違いない。


「これは女の子に慣れてもらうしかないわね。あの子を治療に役立ててもらいましょう。一度懐に入れた人との距離が近いあの子ならうってつけでしょう」


 確かに來羽の言う通り彼はウチに必要な人材だった。しかし、一定条件下では力が発揮できないことが分かった。それなら來羽を使って彼の体質を改善に一役買うことにする。


 一度退室していた來羽を呼び出す。


「どうしたの?」

「あなた、転校してくれない?」

「ん? どこに?」


 唐突な質問に來羽はその端正な顔を傾げた。


「本野君の高校によ」

「なんで?」


 來羽は反対側に首を傾ける。


「本野君はどうやらまだまだ力を出し切れていないみたい。あなたが彼と仲良くなれば、もっと力を発揮できると思うわ」

「分かった。確かにもっと凄かった気がする。別にいいよ」

「ありがと」


 やはり來羽も彼が気に入ったらしい。なんとも思っていなかったら梃でも動かないからねこの子は。


 理由を説明したら彼女の転校もあっさりと決まったので万事問題なし。


 そして次の日には国の力を使って強引に転入をさせたわけだ。





「これで彼の体質も改善すれば日本は安泰ね」


 上級怨霊を一瞬で倒し、大怪我も一瞬で癒したという彼の力は是が非でも欲しい。


 一人でやらせればいいのかもしれないけど、これから先複数で仕事をやることも多くなるはず。それにこの世界は圧倒的に女性退魔師が多いので、今のままでは必ず困る時がやってくる。


 それなら多少荒療治ではあるが、身近に來羽を置くことで少しでも慣れてもらうのが一番の筈。


「あら、晴れてきたわね」


 先ほどまで曇っていた空の隙間から光が差し込んできて、徐々に雲が晴れる。


 それはこれからの日本の未来を指し示しているかのようだった。

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