第002話 6年ぶりの愛すべき家族との再会

 公園からの帰り道。


 田園風景、点々としている家、流れる川、空気……この世界のすべてに懐かしさを感じる。その郷愁を全身で感じながら家までの道のりを急ぎつつも堪能した。


 そして俺は今、目の前にある建物を見上げて感慨に耽っている。


 その建物は俺の実家。


 田舎の大きな一軒家でそれなりに古くて歴史を感じさせる日本家屋。


 6年ぶりに見た我が家は何も変わっていなかった。こちらの世界の時間は過ぎていないのだから当然だが、俺の中では6年経っているので違和感を感じる。


「ただいま」

「あ、お兄ちゃんおかえり」


 玄関の扉を開けて靴を脱いで家に上がる。


 帰宅を察知して玄関までやって来た妹と、俺は6年ぶりの再会を果たした。


 その姿は転移前に見たものと何も変わっていない。いつも優しく微笑んでくれる妹そのものだった。


 妹は俺の5つ下の小学6年生。


 小柄で若干パーマ気味にウェーブのかかった少し茶色っぽいロングヘアーの持ち主で、贔屓目ありなら勿論のこと、贔屓目無しで見てもとても可愛くてよく出来た妹だ。


 エプロンを付けていて夕飯の支度途中だったことが分かる。


 出迎えてくれたその姿に感極まって思わず抱きしめそうになるが、妹にとっては何の変哲もない一日だったはずなので、不審に思われるのを避けるため、俺はぐっと堪えた。


 変態不審者さんだと思われてはたまらんしな。


「……なんだか朝と雰囲気が違うような?」

「気のせいだろ?」


 俺の顔を見るなり腕を組んで思いきり首を傾げる妹。


 流石に俺と何年もしていただけあって中々鋭い。


 しかし、たとえ妹だとしても、異世界に行ってました、なんて言っても信じてもらえるわけがないので、涙を我慢しつつ肩を竦めて曖昧に返事をした。


「まぁいいけど。でも今日はちょっと遅かったね。確か夕方のバイトはないって言ってたと思ってたけど」

「ちょっと人助けをしていてな」


 少し考え込むような仕草をしながら俺に尋ねる妹に答える。女の子を助けていたのは確かだから嘘にはならないはずだ。


「全くもう。人助けもほどほどにしなよ。お兄ちゃんに何かあったら嫌だからね」

「分かってるよ」


 俺はよく迷子を交番に連れて行っていたり、怪我をした人を救急車を呼んで付き添ったりしていたので、人助けを理由にすれば妹も呆れつつも納得してくれる。


 この時ほどたまに人助けをしていて助かったと思ったことはない。異世界もそうだけど、幽霊を倒してました、なんて言えないしな。


「それよりも今日の夜ご飯はなんだ?」


 俺は話題を変えて今日の夕食の献立を尋ねる。


 ウチは既に親が亡くなっているので、俺達二人だけでこの広い家に住んでいる。俺は生活するためにバイトをしていてあまり家に居ないため、家事は必然的に妹がやってくれているわけだ。


「今日はお兄ちゃんが大好きなモヤシ炒めとモヤシの味噌汁と、モヤシの和え物のモヤシ尽くしだよ!!」

「いや、いつもモヤシじゃないか?」


 テンション高めにさも俺がモヤシ大好き風に言う妹だが、ウチは貧乏なので貧乏の強い味方であるモヤシは大体毎日食卓に出てくる。


 勿論モヤシ自体は美味いが、好物かと言われればそれは疑問だ。


「そうとも言うけどね。でも好きでしょ?」

「まぁ。安いし美味いからな。嫌いじゃない。何より蛍が作ってくれた料理ならなんでも美味しいぞ。いつもありがとな」


 妹の蛍がウィンクをして茶目っ気たっぷりに返事をしたのに対し、俺は6年ぶりということもあって、ありがたみを実感して改めて礼を告げて頭をポンポンと軽く撫でる。


「な、何を言ってるの? こうして私が学校に行けてるのも生活できるのもお兄ちゃんのおかげなんだから当然でしょ」

「それでもだ。いつもありがとう」


 蛍は恥ずかしそうにそっぽを向いて答えるが、俺は再会できた喜びからにっこりと笑って再び感謝を伝えた。


「も、もう!! そんなことよりもうすぐご飯できるから手を洗ってきてよね!!」

「分かったよ」


 照れてしまった妹は俺の手をどけてそそくさと台所に戻っていった。俺は手を洗ってちゃぶ台の前の座布団に腰を下ろす。


 その頃にはある程度料理が並べられていた。


「あともうちょっとだから待っててね」

「手伝おうか?」

「いつも言ってるでしょ。座って待ってて」

「分かった」


 妹が一人で料理を運んでくる姿を見るとついつい手伝いたくなってしまうが、妹は俺の肩を押さえ、立ち上がるのを押し止めるので、そのまま妹の様子を眺める。


 6年ぶりということもあって、自分の家なのにそわそわしてなんだか落ち着かない。


「おまたせ。食べよ」

「ああ、そうだな」

『いただきます』


 料理を並べ終えた蛍に促され、俺は実に6年ぶりの本物の日本の料理を口に運んだ。


「美味い……」

「えへへ、ありがと……」


 俺は久しぶりの妹が作った料理に素直な感想が口をつついて出てしまった。それを聞いていた妹は照れながら嬉しそうに笑う。


「なぁ蛍。聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「何?」


 全ての料理を食べ終えた俺は妹に問いかけた。妹は食べるのがゆっくりなので箸を止めて顔を上げる。


「えっとなぁ、もしもっと贅沢な生活ができるとしたらどう思う?」

「え、何かおかしなところに目を付けられたりしてない?」

「いや、別に何もないよ。もしもの話だよ、もしも」


 突拍子のない問いに蛍は訝し気な様子で俺を見る。


 おかしな所ではないけど、幽霊退治をする組織の話をしたら、絶対に止められるので、若干焦りながらもあくまで仮定の話であることを強調した。


「ん~、別にしなくてもいいかな。私はお兄ちゃんさえいれば他に何もいらないよ。だからパパとママみたいにいなくならないでね」


 妹はそれほど考える間もなくそう答えた。


「そ、そうか。分かってるよ、俺は蛍の傍から離れたりしない。ずっと一緒だ」

「うん、約束だからね」


 両親の死を未だに引きずっていて家族がいなくなること酷く恐れている妹。俺は安心させるようにニコリと笑うと、蛍もはかなげに笑い返してくれた。


 こんな妹だからこそ、俺はもっといい暮らしをさせてやりたいと思う。


 その日、早速來羽にトークアプリで連絡を入れた。

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