第052話 訓練?
結局俺の抗議が受け入れられることはなく、そのままの部屋割りとなってしまった。
その後どのベッドを使うかを決め、荷物を置いて一息つく。
「それでは早速始めましょうか」
「え? マジですか?」
休憩をとることもなく放たれたすみれさんの言葉にギョッとしてしまう。
着いてすぐ訓練が始まるとは思わなかった。それに訓練によっては非常に胡散臭い内容だったり、オカルトじみた内容になる可能性が高い。
そんな訓練を妹に見られるわけにはいかない。
「マジもマジ。大マジよ」
「それで、どんな訓練を行うんですか?」
そのため念のため内容を確認してみた。
「それはね……寝ることよ!!」
「は?」
その答えは思いがけないもので俺は目が点になった。
一体どういうことだ?
「途中で仮眠を取ったとはいえ、私も運転しっぱなしで眠気が取れないからね。それに睡眠不足は美容の天敵だから。まずは寝るという以外の選択肢はないのよ」
「なるほど……そういうことですか」
説明を聞いて納得する。
すみれさん以外は誰一人として運転免許証を持っていない。俺と來羽は高校生二年生で蛍は小学生なのだから当然だ。
だからここに来るまですみれさんがずっと運転していた。仮眠を取っていたとしても疲れは取り切れていないだろう。
俺たちも運転してくれているすみれさんに悪いと思って極力起きていたが、まだ小さな蛍は言うに及ばず、俺と來羽も何もせずにじっとしている状態では、いつまでも眠気に勝つことはできずに眠ってしまったからな。
俺は申し訳ない気持ちになって頭を下げて謝罪する。
「すみません、俺達ばかり眠ってしまって」
「これから寝るんだから気にしなくていいわ。それに、さっきも言ったけど、これは訓練よ。君たちも一緒に寝てもらうからね」
「まぁ、俺たちも寝たわけじゃないので寝れないことはないと思いますけど……いいんですか?」
蛍も夜更かししたせいかまだ眠そうにしているのですみれさんの提案は実にありがたいものだ。
俺達も当然布団で横になって寝たわけじゃないので体の芯に眠気が残っている。寝ようと思えばいくらでも寝れる。
俺としては否やはないけど、合宿の初日としてこれでいいんだろうか。
「いいのよ。言ったでしょ、何度も言うけど、これは訓練なの」
「まぁ分かりました。それじゃあお言葉に甘えて寝させてもらいますね」
「ええ」
すみれさんからも許可をもらったので俺は蛍をベッドに連れて行く。
「お兄ちゃん……むにゃむにゃ……」
半分眠りながら俺に手を引かれて歩く蛍。
可愛い。
ベッドの傍にやってきたら妹を抱き上げてベッドに寝かせてやった。俺は妹のあどけない寝顔を見て頭を撫でた後、自分のベッドに移動して横になる。
残っている眠気のせいで急速に意識が遠のいていく。
―フニョン
しかし、このまま眠りに付くというところで両側に何やら柔らかな感触を感じると共に、嗅いだことがある柑橘系の爽やかな匂いとミルクのような甘い匂いが漂ってきた。
「ん?」
その二つの刺激は眠りから意識を浮上させるには十分だった。
「な、何をしているんですか!?」
目を開けた先にあったのは案の定見知った顔。
それはすみれさんと來羽だった。二人の顔が目と鼻の先にあり、何かの拍子にキスしてしまいそうなほどだ。いつも以上に近いせいで顔の造形がよりはっきりと見える上に、息遣いまでが聞こえてくる。
あまりに近すぎて声を荒げてしまった。
「しぃ~。そんな大きな声を出したら蛍ちゃんが起きちゃうわよ?」
「静かにしたほうが良い」
二人は俺に体をまとわりつかせて耳元で囁く。
―ゾクゾクゾクゾクッ
その声が脳内を突き抜け、全身が身震いした。
「(一体何のつもりですか!?)」
俺は小声で二人を問い詰める。
「言ったでしょ? これは訓練だって」
俺の質問に答えたのは、あざといウィンクをするすみれさんだった。
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