第036話 究極の選択

 來羽が差し出してきているのは小さな一口ハンバーグらしき食べ物。


 とても美味そうだ。しかし、そんなことはどうでもいい。それよりもマズいのは今の状況だ。


「い、いや、流石に恥ずかしいだろ!?」

「何が?」


 名も知らぬ同じ学校の生徒ならまだしも、すでに知り合っているすみれさんや妹の蛍もいる中でそんなことをされるのは恥ずかしすぎる。


「あらあら、仲良しさんねぇ!!」


 そんな俺たちを茶化すようにすみれさんがクスクスと笑った。


「あぁ~!! 私の方がお兄ちゃんと仲良しなんだからね!! お兄ちゃんは私の作った唐揚げが大好きなんだから!!」


 そこで妹は俺たちを指さして叫んだ後、プンプンと怒りながら素早い動きで唐揚げの入った重箱を持って俺の許に戻ってくる。


「はい、お兄ちゃん、あーん!!」


 そして、箸で唐揚げをつまんで俺に差し出してきた。


 左からはハンバーグ。右からは唐揚げ。後ろと前じゃないのに、前門の虎後門の狼みたいな状況だ。


「当然私の唐揚げを先に食べるよね!! お兄ちゃん!!」

「私の方が先にやったんだから私の方が先」


 一体どうやったらこの状況を切り抜けられるのか。


「あーん」

「あーん!!」


 さらに二人が俺にあーんを迫る。


 どうすればいいんだ……。


 むっ。二つの料理の感覚はほとんどない。つまりこれが正解だ!!


「はぁっ!!」


 俺は口を大きく開けて被りついた。


 二つの料理を同時に。


「「あっ」」


 二人は二人同時に食べられたことに驚いた声を上げた。


 口の中にハンバーグと唐揚げの両方の美味さが広がる。片方ずつの方が上手いのは間違いないが、それでもどちらの味が混ざり合っても美味いことには変わらず、俺は味を噛みしめながらもぐもぐと咀嚼する。


 やはり二人とも料理が上手い。


「ふふふっ。中々やるわね」


 すみれさんはぐびぐびとチューハイを飲みながら俺たちの様子をおかしそうに見ている。その頬はほんのり赤くなり始めていた。


 どうやらそこまでお酒は強くないらしい。


「むぅ~!! なんで一緒に食べるの!!」

「一緒はダメ」


 しかし、それだけで終わることはなかった。


 蛍と來羽は一緒に食べるのは不満らしい。


 唯一無二の正解だったはずなのに!! 

 まさか不正解だったというのか!!


「今度はこれね!!」

「私はこれ!!」


 第二の試練が俺の前に提示された。今度は二つの料理の間が空いていて両方同時に食べることはできない。


 これではどちらかを選ぶ以外にない。


 くそっ……万事休すか……。


 この場合、どっちを選べばいいんだ。


 天使な妹の料理を選びたいところだが、そんなことをすれば來羽が悲しんでしまうだろう。かといって來羽を選べば、妹は泣いてしまうかもしれない。


 どちらかを立てればどちらかが立たず。


 しかし、妹に悲しい思いをさせるわけにはいかない。


 はぁ……仕方がない。


 俺は嫌われる決意を固めた。


 やはりこういう時は健気で可愛い妹である蛍を優先せざるを得ない。


「それじゃあ、蛍のを……」


 俺は蛍の方に口を運ぶ。


―シュンッ


 しかし、俺が口に入れようとする前に何かが俺の前を右から左に横切った。


「あっ」


 そのあと、箸の先を見たら俺の大好物の一つだし巻き卵が消えていた。俺が先ほど横切った影を追うように左を見ると、そこには猫がいて、その口には卵焼きが加えられている。


 つまり、猫が蛍の差し出した卵焼きを食べた犯人だった。


「あぁ~!! お兄ちゃんのために作った卵焼きが!!」


 妹が猫を見ながら悲し気な声を上げる。


「なくなったから、はい、あーん」

「ぐむぅっ」


 しかし、その隙を見逃さないとでも言いたげに來羽が俺の口に巻き付けられたナポリタンを突っ込まれた。


 懐かしい香りが口の中一杯に広がり、程よいケチャップの味付けが俺の好みにどんぴしゃでとんでもなく美味かった。


「あぁ~!! お兄ちゃんが取られちゃった!! うわーん!!」


 蛍は俺が來羽の料理を食べたことで泣き出してしまった。

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