第050話 シークレットエリア
車に揺られること十時間以上。
途中でサービスエリアなどで休憩や仮眠を挟んだ後、俺たちは人気のない山の中を進んでいた。
「あれ? 行き止まりですか?」
ただ、この先には道がなく、森が鬱蒼としていてこれ以上進めそうになかった。しかし、すみれさんは車のスピードを落とす気配がない。
「ちょ、ちょちょちょちょっと!? すみれさん!! ぶつかっちゃいますよ!!」
「……」
もう木々は目と鼻の先。
全くブレーキを踏む気配のないすみれさんに慌てて叫ぶが、彼女は俺の言葉を無視してさらにアクセルを踏んだ。
「うわぁ!?」
「きゃぁああああっ!!」
「きゃっ」
俺と來羽と蛍の三人は目の前に迫りくる木々に、ぶつかると思い叫び声をあげ、目を瞑る。
「「「……」」」
しかし、いつまでたっても衝突の衝撃が俺達を襲うことはなかった。
どうなったんだ?
俺は恐る恐る目を開いた。
「あれ?」
視界の先には普通に道が続いていて、全く何事もなかったように車が走っている。しかも、周りの風景もガラリと変わり、かなりきちんと整備された道と、手入れの行き届いている森が目に入った。
「え? え? どうなってるの?」
「まさか……結界?」
蛍と來羽も目を開けたようで外の様子に戸惑っている。
「うふふふふふっ。來羽は分かったようね」
俺たちの様子をおかしそうに笑いながらようやく言葉を発したすみれさん。
「どういうことですか?」
「ふふふふっ。ごめんなさいね。ちょっといじわるしちゃった。ここは私たちみたいな仕事を引き受けている人間だけが入ることができる土地なの。それで、その入り口には結界が張ってあって資格のある人間がいると、中に入ることができるようになっているわ。つまりぶつかりそうになったあの森の景色は幻ってことね。まぁ普通の人間ならまず近づくこともできないけど」
まだ笑いが止まらないすみれさんが俺の問いに答えてくれた。
なるほど、そういうことか。
「それでも酷いじゃないですか。事前に言ってくださいよ」
「結界? 幻?」
俺は不満げにすみれさんに抗議する。
いきなりそんなことをするもんだから蛍が混乱してしまったじゃないか。
「そういえば、そうだったわね、ごめんなさいね」
「ホント勘弁してくださいよ」
バックミラー越しに若干笑いながら申し訳なさげに謝るすみれさん。妹は俺の仕事のことを知らないんだからうっかりさんが過ぎる。
「やっぱりお兄ちゃんは騙されて? いやでもお姉ちゃんは悪い人じゃないし……」
何を言っているのかまでは分からないが、蛍が俯いてブツブツとうわごとのように独り言を呟きだしている。
その顔からは表情が消え、瞳から光が失われていた。
「蛍?」
「なーに? お兄ちゃん?」
「あ、ああ、いや、なんでもない」
俺はなんだかいつもの蛍と違う気がして思わず声を掛けたら、顔を上げていつも通りの顔で不思議そうに尋ねてくる。
しかし、いつも通りの表情のはずなのに、何かが決定的に違う気がしてこれ以上ツッコむのはマズいと思い、適当にごまかして話を終わらせた。
「着いたわよ」
それから、数十分程車を走らせたところで車が止まる。
「なんだか、滅茶苦茶綺麗な場所ですね」
「すっごーい。湖がキラキラしてて綺麗」
「空気が美味しい」
車から降りて辺りを見回すと、俺たちがやってきた場所は綺麗な湖の畔で、近くにコテージが建っていて、少々日本離れした風景が広がっていて空気がとても澄んでいた。
皆が景色や空気に感嘆の息を漏らす。
「気に入ってもらえたようで何よりだわ」
すみれさんは俺たちの反応を見て満足そうな笑みを浮かべた。
ただ、一点だけ疑問に思うことがある。それは修行と言っていた割にそれらしい施設とか場所が見当たらないことだ。
周りにあるのは自然溢れる森と湖とコテージ。
これではアウトドア旅行をしにきたみたいだ。
「どんな修行をするんですか?」
「それは後でのお・楽・し・み♪ まずは荷物を運びこみましょ」
「……分かりました」
だから気になってすみれさんに尋ねてみたが、はぐらかされてしまった。
これ以上聞いても何も答えてくれなさそうなので、すみれさんの言葉に従い、俺たちは荷物をもってコテージに向かった。
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