第二話:ポップコーン買おっ!

「ね! ね! ポップコーン買おっ!」


 あのままショッピングモール内の映画館にやってきた俺達。

 渚といえば、俺の腕に抱きついたまま、さっきから色々と指示している。


 正直、腕に感じる刺激を気にしないよう、平常心を維持するのに必死で、俺はもう言われるがまま、飲み物とポップコーンを買ってしまい。映画が始まるまでの待ち時間を潰すため、待合コーナーの席に座る時になって、やっと俺は渚からの柔らかな刺激から解放された。


 いや、マジでヤバかった。

 よく頑張ったよ、俺……。


 胸を撫で下ろしほっとしていると飲み物を軽く口にした彼女が、辺りをきょろきょろと見回しだした。

 待合コーナーには、休みらしく結構な人がいる。


「ここにいる人達も、『恋青』観に来た人なのかなー?」

「どうだろう? 他の映画もやってるみたいだし、流石に試写会の人だけって事はないんじゃないか?」

「そっかー。あ、でもでもー。あの辺のカップルなんかはきっと、『恋青』狙いだと思うなー」


 同志がいるのが嬉しいのか。終始にこにこしている渚。

 まあ、ゲーム内のイベントはうろ覚えなものの、何となく彼女が落ち込むのは正直想像できない。

 だからこそ笑顔なのは安心できるけど、やっぱり積極的過ぎるのは困り物。

 ほんと、彼女と付き合うってなったら、誰だって苦労するんじゃないだろうか。


 何となくぼんやりと渚を見ていると、それに気づいた彼女がにんまりとする。


「あれー? もしかして翔っち、あたしに見惚れてる?」


 半分からかい気味な態度。

 ったく。こっちの気も知らないで……。

 少しうんざりしていた俺は。


「うん」


 と、真面目な顔で言ってやった。

 正直な所は気持ちが疲れてて、言い訳を考える気になれなかっただけなんだけど。

 ただ、それでも渚は図に乗って、


「そっかー。やっぱ渚ちゃんの魅力は隠せないかー」


 なんて、さらりと返してくる。そう思ってた。

 でも、実際の彼女の反応は、予想とは違っていたんだ。


「ちょ、ちょっ! 翔っちー。そ、そういうのは真顔で言っちゃだめっしょ!」


 さっきまでと比較にならないくらい、顔を真っ赤にして反論する渚。


 それが演技だったら迫真すぎる。

 それくらいの反応に、俺は一瞬でパニクった。


 なんでお前がそんなの真に受けてるんだって!

 そこは軽快に乗ってくるキャラじゃないのか!?


 ゲーム内の記憶が一番薄い相手だからこそ、今までの印象でそう理解しちゃってて、完全に不意を突かれた。

 しかも、予想外の反応が思ったより可愛かったし……。


「わ、悪い! ま、まあでも、こういう方がその、カップルに見えないか? きょ、今日は俺達、そういう設定ないんだろ?」


 慌てて俺は、やや小声になり下手過ぎるフォローをする。


 い、いや。

 一番いけないのは、俺が渚を好きだって勘違いされること。

 それだけはやっぱり避けないといけないし。


「あ、そ、そそ、そうだよねー。あたし達は今日、カップルだもんねー。ご、ごめーん。忘れてた。あはははっ」


 頭を掻きながら、渚は未だ恥ずかしさを残しつつも笑ってくる。


 普段と違う彼女の反応に、妙に緊張してきた。

 と、とりあえず、この流れを変えよう。

 そうだ。そうしよう。


「そ、そういや、その服装なんだね」

「あ、うん。けっこーお気になんだよねー。ね? これ、あたしに似合ってる?」

「う、うん。凄く似合ってるよ」

「ほんと? 良かったー」


 俺が口にした褒め言葉にほっとしてるけど、渚の格好は出会い時のイベントと変わっていない。


 キャミソールの上にデニムジャケットを羽織り、下は同じくデニム生地のミニスカートという、ある意味渚らしい、ちょっと刺激的なギャルっぽいファッション。

 とはいえ、雑学ステータス担当であり、こういう所にこだわりそうな彼女が二度同じ服装か、なんて思ったけど。よくよく考えたら、これは『胸キュンメモリアル』だからこそか。


 基本このゲームの通常イベントの立ち絵は、夏冬の制服に体操服や水着など色々あったりはする。

 で、私服も春夏秋冬に合わせた四種類あるんだけど、逆を言えばどんなにファッションセンスがある渚でも、春の私服は一種類なんだ。

 一応、沙友理のメイド服を始め、スチルイベント発生時だけ特別な服を着る子もいるけど、今回の渚はそんな事はない。

 

 まあ、正直春からちょっと薄着で刺激的なのは困るっちゃ困るけど、まあこれは仕方ないよな。


「ちなみにー、翔っちのその服装も、すっごく似合ってるよ。流石、あたしの彼氏候補」


 彼女がこっちに少し顔を近づけ頬杖を突くと、赤い顔はそのままに、にこーっと楽しそうに微笑む。

 ……ちょっとギャルっぽいけど、やっぱりそれでも素で可愛いのは卑怯だって。


「そ、そっか。似合ってるなら良か──ん?」


 あれ?

 渚は今なんて言った?


「渚」

「なーに?」

「今、何て言った?」

「……さて。何て言ったのかなー?」


 逆に質問で返しながら、にやにやしてくる渚。


 いや。

 俺の耳が腐ってなきゃ、今間違いなくって言ったよな?

 これって確か……。


 冗談とも本気とも取れる反応を見て、ふっと記憶に蘇ったのは、渚の帰宅イベントでの反応だった。

 確か好感度が最高の時って、こうやって彼氏彼女の関係を期待するような言葉を匂わせてきたような気がする。

 って事は、やっぱり渚も好感度が最高って事か……。

 推測でしかないけど、その事実は改めて俺を緊張させた。


 だって、彼女は積極性の塊だぞ?

 まさかとは思うけど、いきなり告白してくるまでのフラグブレイクはないよな!?


 もしそれをされたら、心の準備ができてない俺にとっては致命的だ。

 まだ何も心の準備もできてないし、受け入れなかったとしたらどうなるかもわからないし……。


 多分、ここまでめっちゃ脳内でざっと頭に思い浮かんだと思う。

 そして、そんな困惑が気づけば顔に出ていたのかもしれない。


「……もー。そんな困った顔されたら、冗談言ったこっちが困るじゃん」


 ふと漏れた彼女の声にはっとすると、渚は少しだけ淋しげな笑顔を見せていた。


 しまった!

 俺が、はっとした瞬間。


『間もなく、『恋する青空』先行試写会の上映時間となります。チケットをお持ちの方は、順番に一番ゲート前にお並びください』


 待ち合わせコーナーに流れたアナウンスを聞いて、彼女はいつもの笑顔に戻る。


「やっとだー! ね! ね! 翔っち! 早く行こ?」

「え? あ、ああ。そうだな」


 俺は食べかけのポップコーンと飲み物を改めて専用トレイに載せると、それを手にして立ち上がる。

 すると、渚は隣までやってきて、笑顔のまま俺の腕に腕を絡めてきた。


「お、おい! 危ないだろ?」

「だって今はカップルでしょ? こうしてないと、そう見えないじゃん」


 悪びれない笑顔。

 だけど、さっきのを見たせいで、彼女らしい表情が見れてほっとしてしまう。


「……ったく。まあ、今だけだからな。あとトレイ持ってるから、変に引っ張るなよ?」

「うん! じゃ、レッツゴー!」


 元気にゲートを指差す渚に釣られ、俺はゆっくりと歩き出す。

 とはいえ、さっきあんな顔をさせた罪悪感もあって、内心ちょっとモヤモヤとしていた。

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