第十四話:このゲームを知っているから

「だって俺、このゲームを知っているから」

「……は? ゲームじゃと? 頭がおかしくなったか?」

「いや。正常だよ」


 あまりに俺が平然と返したからか。最初は白い目を向けてきていたリーゼロッテも、少し考え込む。


 ……って、外見はエリーナなのに、普段の愛らしさからは程遠い、大人の表情をしているのはちょっと新鮮だな。


「それは、わらわやエリーナがゲームのキャラだと言いたいのか?」

「まあ、そういう事」

「どうやってそれを証明できる?」


 その問いかけに、一旦間を置き深呼吸して心を落ち着ける。

 何となく、ここからの会話の選択を間違ったら、俺が殺されるなんて話もあるんじゃないかって気がしたから。


「……ひとつはさっき言った通り、俺がこのゲームを知っているからこそ、知らないはずのあんたの名前を知っているって事実」

「それだけか?」

「いや。ただ、これは推測になって悪いんだけど。リーゼロッテ。悪いがひとつ答えてくれ」「ん? 何じゃ?」

「おまえ、自分の過去を何処まで覚えてるんだ?」


 突然の問いに、彼女は顎に手をやり少し考え込む。

 これは多分、俺の予想してなかった問いかけに、答えを思案している顔か。


「……まあ、わらわも人に宿って随分と経つ。忘れておる事も多々あるが、エリーナの目で見てきた事は、よく覚えておるぞ」

「じゃあ、お前の生前の事は?」

わらわの生前、じゃと?」

「ああ。あんたって、死んだ時に血族に魂が宿ったんだろ? 血族がいるのであれば、それは誰かを愛し、子を産み、育てていなきゃおかしい。じゃあその相手の名は? あんたの子の名前は? どうして命を落とし、血族に宿った?」


 俺の矢継ぎ早の質問に、リーゼロッテが黙り込む。だけど、それは話さないって意思を見せてる顔じゃない。戸惑い言葉が出てこないって顔。


「……俺の推測じゃ、あんたは多分覚えてない。だけど、もし今のあんたの存在が言葉通りだとすれば、その時の事が大事な人との記憶だとしても、辛い記憶だったとしても。それは長く生きても消えない、楔のように刺さる記憶だと思ってる。つまり、あんたはそんな大事な記憶を忘れたんじゃなく、知らないんだ」

「……つまり貴様はこう言いたいのか? わらわやエリーナは、何者かに生み出されたじゃと」


 ……造り物。

 俺はその、決して軽くない言葉にはっとし、思わず唇を噛む。

 確かに解釈としては、そういう事になるのかもしれない。

 だけど、リーゼロッテとエリーナも。綾乃や沙友理、詩音や渚にも、そんな雰囲気は微塵も感じなかった。


 彼女達はここに生きている。

 それは間違いない。

 だからこそ、心に浮かんだ罪悪感を無視し、首を横に振った。


「違うのか?」

「正しくは、わからない、かな。実際俺だって、元々この世界の住人じゃない」

「は!? どういうことじゃ?」


 目を皿のようにしたリーゼロッテに、俺は思わず苦笑する。

 突然こんな事言われたら、そりゃあ驚くしかないよな。


「それは俺が聞きたいくらいだ。社会人の俺が、目が覚めたら高校時代の姿でこの世界に来ていたけど、実際ここにいる理由も、どうすればいいかすらもわかってないからな。だけどリーゼロッテやエリーナは違う。確かにここは俺が知っているゲームの世界。だけど、ちゃんとここで暮らしてる。確かに記憶にない部分もあるだろうけど、ちゃんとこの世界で生きてる。だから、造り物なんかじゃないさ」


 ……そうなんだよな。

 気休めかもしれない。でも、ヒロイン達はゲームのキャラだけど、ちゃんとゲームのキャラとして個性があって、この世界に存在すべき人達。

 だからこそ、この世界で自然に暮らしている。


 でも、俺は本来このゲームには無関係。

 今でこそ、俺自身が投影されているけれど、別の人がプレイすればきっと、それは別人になる存在のはず。


「そういう意味じゃ、あんたの言った造り物って言葉が最も相応しいは、俺なのかもしれないな……」


 今までまったく考えもしなかった現実に、俺はちょっと気落ちする。

 それでなくたって、未だここにいる理由がわからないって不安もあったってのに、自分が造り物かもしれないなんて思ったら、そりゃな……。


「……まったく。貴様がそんな顔をしては、エリーナも悲しむじゃろうが」


 ふっと、リーゼロッテが小さく笑うと、俺の前まで歩み寄って来る。


「にわかには信じられんが、貴様がこの世界を知っているのは事実じゃろう。そこは信じてやるわい」

「……そうか」

「但し」


 俺が弱々しく笑うと、急に指をぴしっと立て、リーゼロッテが楽しげな笑みを見せる。


「折角じゃ。貴様の話やゲームじゃというこの世界の話、もう少し詳しく聞かせよ」

「は? 何でだよ? 別にお前に関係ないだろ?」

「フン。そんなもの、面白そうだからに決まっておるであろう」


 ……おいおい。好奇心旺盛じゃないか。

 なんて思ったけど、考えてみたらリーゼロッテって、魂としてずっと存在してるせいで大人びてる割に、妙に明るくって気さくなキャラだったな。


 まあ、こんな話をできる相手なんていないし、別にいいか。


「そんな理由かよ、まったく。まあいいけど」


 彼女の提案に少し心が軽くなった俺は、肩を竦めながらもその提案を飲んだ。


「では、そうと決まれば、貴様の家にでも往くか」

「ん? わざわざ?」

「当たり前じゃ。こんな所で立ち話など寒くて堪らん。それに、折角顔を出してやったのじゃ。少しはもてなせ」

「もてなせって言っても、家にお茶やお菓子くらいしかないぞ?」

「それでも構わん」


 急ににっこにこになるリーゼロッテ。

 エリーナとはまた違う表情だけど、それはそれで可愛いな。

 ただ、愛らしさじゃ彼女に勝ち目はなさそうだけど。


「わかった。じゃあ行くか」

「待て。歩くのも億劫じゃ。空の旅と洒落込もうではないか」

「……ん? 空の旅?」


 そんな事できたっけ?

 ……あ、できるか。

 確かリーゼロッテは、コウモリのような翼を魔法みたいな力で生み出せるんだった。

 あれもゲームじゃ具体的に語らなくって、原理がよくわからなかったけど。


 リーゼロッテが肩にかかった銀髪を後ろに払った瞬間、彼女の背中に言っていたようなコウモリの翼を象ったような黒い翼が生まれ、ばさっと羽音を立てる。

 へー。こうやって見ると、結構大きい翼なんだな。


 ……って、あれ?

 でも、これじゃ彼女しか飛ぶことはできないよな──あああああっ!


 ふっと脳内に鮮明に浮かんだのは、とあるスチルイベントの一枚絵。

 あれって確か、主人公を後ろから両腕で抱え、空を飛ぶってやつじゃなかったか!?


「では、行くとするかのう」


 ニヤッと笑った彼女がふわっと空に舞い上がると、流れるように俺の背後に周り、こっちの脇の下から両手を胴に回す。


「ちょ、ま、待て! 本気か!? エリーナの非力な腕力じゃ、俺なんて持ち上げられない──」

「安心せい。今はわらわの力がある。十分抱えられるわい」

「いやいやいやいや! 安心できるかって!」

「男ならぐちぐち言うでない。往くぞ」

 

 怯える俺なんて関係ない。

 それを楽しげな声で、はっきりと感じさせてきたリーゼロッテ。

 背中に胸を当ててきたけど、そんな感触なんか今は──。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 瞬間。俺は絶叫した。

 そりゃそうだ。あいつ、俺を抱えたまま勢いよく上昇しやがったんだから。


 街灯も街並みも一気に眼下に遠ざかり、一気に俺達を闇が包み、まるで自転車で急な坂を下ってるくらいの風を強く感じる。


 でも、それは一瞬。

 リーゼロッテは俺を抱えたまま、上空で羽ばたいていた。


「た、たっけー……」


 正直浮いている感覚を喜ぶどころか、恐怖心で身が竦む。


「どうじゃ? 中々に絶景じゃろ?」

「ぜ、絶景っちゃ絶景だけど、流石に怖いって!」

「はっはっはっ! まったく。度胸がないのう。で、貴様の家はどっちじゃ?」


 上から見た事ないから悩ましいけど、えっと……。


「あれ、かな?」

「そうか。では、ささっと行くか」

「ま、待った! 飛ばさなくっていいからな?」

「何を言うておる。空とは風を切り飛ぶものじゃぞ」


 顔を横に向けリーゼロッテを横目で見ると、にんまりとした顔。

 ……あー。これ、おもちゃを見つけて、笑顔になる子供と同じ顔だ。


「よいか。下手に喋るでないぞ。舌を噛むやもしれん」

「お、おい! だったら素直にゆっくり飛べって!」

「断る!」


 あいつが強く言い放った直後、俺の体は本当に風を切って、勢いよく空を飛んだ。


「って、ああああ危ねえって! わざわざマンションを掠めて飛ぶなって!」

「おお。もっとしてほしいか。ではもっとサービスしてやろうかのう」

「サービスじゃ、ねぇぇぇぇぇぇっ!」


 真っ直ぐ飛べばすぐのはずなのに、俺はその後しばらく、リーゼロッテにばんばんに振り回されて、人生で初めてお酒以外での酔いを経験する事になった。

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