第十五話:酷い目にあった……

「まったく。酷い目にあった。うっぷ……」


 自分の家に戻った俺は、気持ち悪さが限界に達し、リーゼロッテがいるのもお構いなしに、いきなりベッドの上に寝転がると、仰向けのまま大の字になった。


「すまんすまん。ちとはしゃぎすぎたわい」

「すまんじゃないって。話を聞きたいって言った奴が、話をできないようにしてどうするってんだよ。いってて……」


 気持ち悪さと頭痛のダブルパンチに、思わす頭に手を当て顔を歪めた後、げんなりとした顔で横を向く。

 予想以上にしょんぼりとしている、ベッドの側の床に座っているリーゼロッテ。

 軽口とは裏腹に、相当落ち込んでいるように見える。


「……おい。何で、そんな顔をしてるんだよ」

「……わからん。が、貴様の苦しむ姿を見て、急に胸が痛んだ。それだけじゃ」


 ……唇を噛むリーゼロッテ。

 多分、これは本音か。


 キュンメモの世界で、主人公の家で起こるイベントは一切ない。

 さっきのスチルイベントの後もこんな展開はないし、こんな事を発する機会も記憶にはない。

 つまり、これは彼女本人が発した言葉。


 一応、彼女もまたサブヒロイン。

 だから多分、心の痛みの裏にあるのは、最初から上がってしまっている好感、か。


 ……ここにきてふと思う。

 彼女達はみんな、俺に好感を持っているけど、それも偽りなのかもしれないって。

 まあ、俺という人間を徐々に知って、好きになってもらったわけじゃないんだ。

 それは当たり前っちゃ当たり前なんだろうけど、ちょっと虚しいな。


 って、ここで落ち込んでどうするんだって。

 俺はずっとゲームの世界って思ってるんだ。そんなの当たり前なんだ。

 こいつをこんな顔にさせてても仕方ないだろ。


「まったく。感傷的になりすぎだぞ。悪戯したらこういう事にもなる。落ち込むくらいなら、反省してそう覚えとけ」

「……フン。小生意気な。だが、気をつけはする。すまんな」

「もういいって。よっと」


 俺は重い体を起こすと、そのままベッドの脇に足だけ出して座る。


「さて。そろそろ本題に入るとするか」

「辛くはないか?」

「まだ気持ち悪いし軽く頭痛もあるけど、あまり遅くなってもいけないからな。エリーナは明日だって学校なんだし」

「確かにな。では、聞くとしよう」

「ああ」


 ふぅっと大きく深呼吸した俺は、ゆっくりとこれまでの事を話し始めた。


 俺が二十六歳の社会人で、この世界とは関係ない生活を送っていたこと。

 そんな俺が、何故か目が覚めるとこの世界に来ていたけど、その直前の現実世界の記憶がさっぱりないこと。

 この世界が俺が昔遊んだことのある『胸キュンメモリアル』というゲームと同じ世界観であること。

 だけど、ゲーム開始からこのゲームのヒロイン達の好感度が高すぎて、色々ゲームのフラグがおかしくなっていること。

 知っているゲームともやや違うこの世界で、俺はゲームのシステムに則った生活をさせられていること。

 そして、俺がこの世界でどうすればいいか、さっぱりわかっていないこと。


 半分自分の整理も兼ねて、やや詳細に話をしたけれど、リーゼロッテはそれを煙たがるような反応もせず、神妙な顔でその話を聞いてくれていた。


「……ざっと、こんな感じかな」

「ふーむ。中々に不可思議な話じゃな」


 この言葉を半吸血鬼ハーフヴァンパイアという不可思議な存在に言われるのって、何とも皮肉な話だな。


「そういや、リーゼロッテは日付が飛ぶ、みたいな経験はしているのか?」

「いや。エリーナの目でわらわもずっと日常を見ておるが、そういう経験はないのう」

「ってことは、俺だけゲームシステムっぽい制約を受けてるって事か……」


 となると、じゃあスキップしている日の俺って、どういう扱いになってるんだろうか?

 エリーナとかじゃわからなそうだけど、例えば同じクラスメイトである綾乃だったら、その辺はわかるはずだよな。


 とはいえ、リーゼロッテはたまたま偶然機会が生まれてこういう話題ができたけど、他のヒロイン達にまでこんなのを聞くのは変だし、好感度が高いからって、信じてくれるかは別。

 突然こんな話をして、キモがられるのもちょっとなぁ……。


「……これだけ話を聞いておいてなんじゃが、今、わらわが貴様に言ってやれる事はあまりなさそうじゃのう」

「だろうな」

「が。少しだけ助言はしておくとするか」


 突然の申し出に思わず首を傾げる。

 ただ、リーゼロットの表情は至って真剣。

 ……まあ、聞くだけならただか。


「どんな助言だ?」

「貴様は、このゲームのヒロイン達に、嫌われぬよう暮らせ」

「嫌われないように? 何でだ?」

わらわが言うのも変な話じゃが、その者達が貴様にとっての未来に関わるからじゃ」

「未来に?」


 どういう事だ?

 要領を得ない俺が困惑していると、彼女は真剣な顔のまま小さく頷く。


「そうじゃ。今の貴様はどうすればよいかも、未来もわからないと言っていたであろう?」

「まあ、そうだな」

「もし貴様がゲームのエンディングを迎えた時、その先で普通に日常を暮らせるようになったとする。であれば、誰かと結ばれて過ごすほうが、男として幸せじゃろう?」


 あー。そういう考え方もあるか。

 とはいえ、それに助言としての説得力があるかと言われると微妙だけど。


「まあわからなくもないけど、理由はそれだけか?」

「いや。もうひとつある」


 リーゼロッテは正座したたま指を立てる。


「よいか。わらわを始め、ヒロインたる者達は皆、貴様に心惹かれておるからこそ色々と話ができる。が、嫌われ距離を置かれれば、いざという時に話一つできまい。この先も世界の謎を追うのであれば、話せる相手は多いに越したことはない」

「そう言われてみれば……」


 確かに、いざという時に何か探りをいれるとか、情報を聞きたい時に、話ができないほど嫌われてたら面倒だな。

 ……って、あれ?


「リーゼロッテ。お前、俺に好意がある自覚があるのか?」


 そう。今の会話で気になったのはそれだ。

 何となくそう感じてはいたけど、それを今の会話にさらっと忍ばせてくるとは思わなかったから。


 思わず問いかけた俺に、彼女は少し意味深な笑みを浮かべる。


「エリーナもそうじゃったが、わらわも出会い、話してすぐに胸の高鳴りを覚えおった。理由はわからぬが、そういう事になるじゃろうな」

「そうなのか。でも、理由もわからず突然ってことは、一目惚れとかってわけでもないのか?」

「うむ。じゃからこそ、貴様の話を聞き納得できる所も多いのじゃ。わらわを始め、ゲームでヒロインであった者達が、この世界でもヒロインたる存在であろう事もな」

「ヒロインたる存在……」


 そうか。言われてみればそうだ。

 俺はステータスも高いし、このゲームのヒロイン達の好感度も高い。

 だけど、

 他の女子の好感度が上がり、女子に囲まれるような事は起きていない。


 勿論このゲームはキュンメモ。

 だからこそ当たり前だと思っていたけど、その当たり前もまた、リアルじゃおかしいってことだ。


 そういう意味じゃ、俺が何かを話し聞き出せるとしたら、颯斗と望を除けば彼女達だけな気もするし、それだけ彼女達が特別な存在でもあるって事か……。


「というわけで、わらわやエリーナの事も大事にせい。折角じゃし、わらわもできる範囲で力になろう」


 考え込んでいた俺に、リーゼロッテがにドヤ顔になる。

 まあ、確かに彼女もヒロイン候補ではあるけど。


「そんな事言ったって、お前は満月にしか俺と話せないし、行動もできないんだろ?」


 そう。結局彼女の大本はエリーナ。

 リーゼロッテとして意思を持てるのは、月に一度の満月の日だけ。それで何ができるっていうんだ?


「言ったであろう? わらわもエリーナが見てきた事は覚えておると。それに、これでも吸血鬼の一族の真祖。色々とのでな」


 ん?

 手があるって、何かできるのか?


「例えば?」

「今話しては面白味もあるまい。後々のお楽しみじゃ」


 お楽しみねえ。

 随分と自信はありそうだし、まあそこは深追いせずにおくか。


「何か気になる事や異変が知らせてやる。じゃから、満月の日の夜は空けておけ」

「こっちは構わないけど、本気でいいのか? 俺に協力するなんて面倒だろ?」

「ただエリーナの中におり過ごすのも退屈じゃからのう。それに、わらわも貴様に興味があるのは変わらん。どうじゃ? 悪い話ではあるまい?」

「まあ、確かにな……」


 今の時点でちゃんと俺の事情や状況を理解し、納得してくれる唯一の相手。

 それでいて他のヒロインと違い、精神年齢も高い。


 まあ、ちょっと無邪気な感じなのはゲーム内でもそうだったけど、こういう年齢相応? の頼もしい部分はリアルで接したから感じられた事だし、この先の事を考えれば、何かあった時に相談役がいるのは頼もしいもんな。


「……わかった。できる限り空けておくよ」

「うむ。良い心掛けじゃ。無論、デートもするでな。夜のデートスポットも、ちゃんと考えておくのじゃぞ?」

「……は?」


 思わず眉間に皺を寄せ、白い目を向けた俺に、リーゼロッテはエリーナじゃ絶対しないであろう、フフンと胸を張る仕草を見せた。


「は? ではないわ。既に約束は取り付けておる。キャンセルなぞできんぞ」


 はい。前言撤回。

 こいつ、全然頼もしくないじゃないか。

 結局俺は玩具で、あいつはそれで遊びたいという欲に忠実なだけだろ、これ。

 何で気を許したんだよ、俺は……。


「何でこうなるんだって」


 はぁっと頭を抱え大きなため息をいた俺に、


「手を貸す分、良い思いはせんとな」


 リーゼロッテは悪びれずに笑って見せた。

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