第十六話:今日は引き上げるとするかのう
「さて。綺麗な月夜。デートと洒落込みたかったが、その体調ではそうもいくまい。今日は引き上げるとするかのう」
床に座っていたリーゼロッテがすっと立ち上がると、ベッドに座る俺に改めて向かい合う。
「貴様に好意もあるし、中々に興味深い話。やれる事はやってやろう。一番は、ずっと側にいる事なんじゃがな」
「まあ、それは流石に、エリーナじゃなきゃ無理だもんな」
「うむ。じゃからこそ、
「……まあ、努力はするよ」
中のリーゼロッテも見ているって分かっていながら一緒にいるってのは、冷静に考えると気恥ずかしい。
とはいえ、まったく交流しないなんて無理なんだし、さっきの助言もある。
エリーナとの好感度の話もあるし、多少は覚悟するか。
「あ、最後にひとついいか?」
「何じゃ?」
「エリーナは、お前が見聞きした事を覚えていないし、お前が中に存在する事も知らない。それで合ってるか?」
「うむ。間違いない。じゃからこそ、突然こやつに
「ああ、わかった」
そこは設定通りか。
彼女の回答を聞いて、俺はちょっとホッとする。
流石に造り物云々の話とか、ゲームキャラだなんて話を突然聞かされても困るだろうと思ってさ。
「では、そろそろ行くとしよう」
そのまま踵を返し玄関へと歩き出したリーゼロッテに続き、俺もまだ少し気持ち悪いのを我慢し立ち上がると、玄関まで見送りに行く。
「急に悪かったな。変な話を聞かせて」
「いや。
玄関で靴を履いた彼女が振り返り、言葉とは裏腹に、にこっと笑う。
不意を突かれたその表情が思ったより可愛くって、一瞬ドキリとさせられる。
「よいか。助言はしたが、行動するのは貴様自身。まだ何もわからぬ中じゃ。迷いも苦しみもあるやもしれん。己に無理のない行動を選べ」
「……ああ。ありがとう。リーゼロッテ」
じーんと心に沁みた言葉に、俺が微笑み素直に感謝の言葉を掛けると、目を合わせていた彼女が急に赤くなり、視線を逸らす。
「……ほう。中々に破壊力があるわ。エリーナもこれにやられたのかもしれん」
顔の火照りを冷ますように、パタパタと手で顔を仰ぐリーゼロッテの予想外のリアクション。
……うーん。
俺はただ微笑んだだけなんだけど。
やっぱりこれも、雑学ステータスの賜物なんだろうか?
「で、では。また次の満月の晩にな」
「ああ。気をつけて帰るんだぞ」
「心配するでない。
「そうだな」
「では、またな」
「ああ」
名残惜しそうな素振りなく、リーゼロッテは再び俺に背を向けると振り返りもせず玄関を出て行き、いつものように部屋には俺一人になった。
さっきまで思ったより話していたからか。急に訪れた孤独に少し胸が切なくなる。
「ったく」
そんなに弱気でどうする。
元の世界でだって、会社に行ったりしてなきゃ、家じゃ一人だっただろって。
そんな事を思うものの、あの時はネットとかSNSなんかで人との間接的な繋がりもあったし、自分が思う形で生活し、気ままにいられたからこそ一人が寂しいなんて思わなかったんだよな。
そういう意味じゃ、ほんとにバランスの悪い世界だ。
しかし、リーゼロッテも好感度は高そうだったけど、さっきはさらりと去って行ったよな。
やっぱりそういう所は、大人って感じなんだろうか。
俺は玄関に背を向け、再び居間に歩き出しながらそんな事を考えていたんだけど。
ふっと、顔を上げた時。窓に掛かるカーテンの隙間から覗き込む何かにはっとした。
「リーゼロッテ!?」
思わずベッドに駆け上り、ばっとカーテンを開けると、にっしっしっと笑った彼女が、手を振りそのまま夜空に飛び立って行った。
闇夜に溶けて、その姿が見えなくなった後、戻ってくる様子はない。
そこまで確認し、ほっとした俺は一度カーテンを閉めた。
……おいおい。やっぱり子供みたいじゃないか。
本当にあいつを信用して良かったのか?
俺は、もう一度カーテンに隙間を作ると、彼女のいなくなった窓の外を見ながら、頭を掻いた。
◆ ◇ ◆
「……ふぅ。これで全部か?」
あの後、いつも通り風呂なんかを済ませた後、俺は机に手帳を広げ、ボールペンで予定表の満月の日に丸を付け、そこに『リ』と書き込んでいった。
ちなみに、五月三日には勿論、丸と共に『エ』の文字が書いてある。
っていうか、こんなに早く手帳が活躍するとは思わなかったな。
しかも、今までの人生で手帳に新月、満月なんかが書かれてても活躍した機会はなかったんだけど、これがまさかこんな所で役に立つとは。世の中わからないもんだ。
今年リーゼロッテと話ができるのはあと八回。単純に月一ペースか。
何か進展があればいいけど、流石に早々うまくはいかないだろうな。
……でも、ヒロイン達に嫌われないように過ごせ、か。
片手で頬杖をつきながら、鼻と唇の間にペンを挟め、俺はリーゼロッテが残した助言を思い返す。
まあ、元々嫌われるのは嫌だと思っている所はあったけど、好感度が最高のままってのは気後れする。
とはいえ、確かに彼女達ヒロインは数少ない話せる相手で、ある意味で情報源でもあるんだよな。
……例えば、彼女達の誰かがこの世界を用意したとか、そんな話はあり得るんだろうか?
ふとそんな思いに駆られるけど、何となくそれはなさそうな気がした。
だって、さっき話していた通り、彼女達はゲームのキャラ。
それが突然一個人相手にこんな世界を生み出す必要なんて無いし、そもそも理由がなさすぎる。
……この世界にある音楽や番組が俺の高校時代のものって事は、その頃が関連してる?
まあ、一応当時のゲーム好きな男友達なら、俺が『胸キュンメモリアル』をやってたって知ってるよな。
だけど、わざわざそいつらが俺を喜ばせるべくこんな世界を作る、みたいな人外な事をできるわけもないし、こっちも理由がなさすぎる。
それこそ今どきなら、VRか何かでゲームをプレイさせてもらうほうが、よっぽど現実味があるからな。
となると、やっぱり人外の力って事になるか……はたまた、夢か?
いや、夢ならほんと、『ラブダブルプラス』の方にしてほしかったんだけど。俺が潜在的にキュンメモを望む何かがあったんだろうか?
でも、夢なら覚めたっていいんだけどそんな雰囲気は微塵もないし、痛みだってあったわけで。
考えたくなくっても考えるのは、答えがわかってない不安から。
本当にゲームの世界なら、せめて何をすればいいとかわかってればいいんだけど。
戻れるかもわからない現状を考えると、ある意味リーゼロッテが言っていた通り、その先の未来も見据えて行動すべきなんだろうか?
まあ、ループしたらそれまでだけど、それならそれで他のヒロインに告白されるのを目指すなんて割り切りもできるか。
……俺は一体、誰に告白されるよう頑張ればいいんだろうか?
取らぬ狸の皮算用。そんな気持ちはあったけど、ふとそんな自身への問いかけをしてみた。
俺が一番苦手なのは、押せ押せギャルの渚。
リアルになった事により、こっちに気を遣ってくれる側面も見れたから、キュンメモをプレイしていた時より嫌悪感は減ったとはいえ、やっぱり積極的過ぎる所もあるし、あの豊満な肉体で迫られるのは、リアルじゃ刺激が強過ぎだ。
沙友理は先輩でもあるし風紀委員でもあって厳しそうに思ってたけど、何気に乙女っぷりは群を抜いている気がする。
ただ、好感度上がりすぎてる結果、感情ダダ漏れすぎるのはちょっと困りもの。
あのメイド服姿は、正直かなり魅力的だったけど、って何考えてんだか……。
エリーナはどこか幼さがある思考と大人しさのせいで、色々こっちが気を遣わないといけないのが少し大変。
まあ子供と接する感覚でいけば何とかなりそうだけど、あの外見もあって、リアルで付き合うってなるとちょっと抵抗感が強いんだよな。
エリーナの対極であるリーゼロッテ。
ある意味大人なのもあって、今の俺と話がしやすいのは助かった。
けど、こっちはこっちで悪戯やら無邪気さがちらちら垣間見えてるのが玉に瑕。
まあ、エリーナと付き合うと、必然的に彼女も付いてくるって事になるんだけど。
そういう意味じゃ、詩音は今の所一番落ち着いて接する事ができる相手。
まあ、ただ颯斗って兄貴の存在があるし、結構運動関係のイベントも多いんだよなぁ。
体育ステータスをちゃんと検証してないけど、実際運動させられるってなると、元々そっち系じゃない俺にはキツいかもしれない。
素直に憧れの相手っていうと、やっぱり綾乃かな……。
俺が胸キュンメモリアルで好きになった、当時の推しキャラ。
本来なら序盤は他人行儀に振る舞われるけど、好感度が上がっていくと、幼馴染としての思い出とかを色々話してくれて、最後には好きをちらつかせながらも、いい距離感でいてくれるんだよ。
いきなり好感度が高いから、その段階を味わえていないけど、やっぱり隣にあれだけの美少女がいたら、俺も嬉しいと思う。
けど……やっぱり、釣り合ってる気がしないんだよなぁ。俺自身が。
ま、まあ、そもそもみんなの好感度を維持できるのかもまだわからないし。
これこそ下手に期待し過ぎて、こんな事を考えてるのすら無駄になる可能性だってあるだろ。
でも将来を考えるなら、誰と一緒にいたいかとかは、考えておいたほうがいいのか?
「って、何でこんな事で悩まなきゃいけないんだよ……」
思わず机に突っ伏した俺は、あまりの難題に暫く頭を抱える事しかできなかった。
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