第十七話:考えたって始まらないか……
どうせ未来はわからないし、フラグ通りに進まない可能性も高い。大体まだ一年目の四月なんだ。考えたって始まらないか……。
諦めの境地に到達したのは、日付も変わった頃。
流石に眠気が出てきてベッドに横になったのに、頭がモヤモヤして中々寝付けなくって、何かちょっと投げやりにそう思ったんだ。
それでも、流石に眠気に負けて、何時の間にか寝落ちしていたんだけど……。
◆ ◇ ◆
「ふわぁ……」
何でこんな日に限って、次のイベント日が翌日なんだよ。
流石に何日かスキップされれば、眠気もマシになると思ってたのに……。
こっちのぼんやりした頭なんて関係ないと言わんばかりに、すっきりと晴れた青空の下、俺は気だるげに通学路を歩いていた。
今考えたら、学校を休んで寝る事もできたんじゃなんて思ったけど、たった数日なのに起床して登校する動きが染み付いてるのは、社会人として揉まれたからかもしれない。
まあ、何かこれくらいで会社を休むなんて言ってられなかったしなぁ。
「おはよう」
「ん。お、ふわぁー」
少しは聞き慣れてきた心地良い挨拶に、俺は生欠伸で応えてしまう。
その声の主は綾乃。ちらりと横目で見ると、今日も綺麗な紺色の髪を揺らし、俺の隣を歩いている。
「翔君、今日は随分眠そうだね」
「ん? ああ。ちょっと昨日寝付けなくって」
「そうなんだ。何か、不安な事でもあったの?」
なんて優しい気遣いを見せてくれる彼女だけど、むしろ俺を心配する表情が不安げじゃないか。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
まだどこかぼんやりする頭で、俺がさらりとそう返すと。
「そっか。もし誰かに相談したくなったら、私が話を聞いてあげるね」
なんて、優しい笑顔で言ってくれた。
……ほんと。
綾乃がこうやって微笑んでくれるのは目の保養になるし、優しさも身に沁みるな。
じわっと胸に広がる喜び。お陰で少し心が温かくなる。
「……ほんと。ありがたいな」
「え? 何が?」
「いや。こんな可愛い子に、朝から心配してもらえるなんてさ。ありがとう」
自然と笑顔になり、さらっと口にした感謝の言葉。それを聞いた瞬間、彼女はぽんっと一気に真っ赤になった。
……ん? あれ? 俺何か変な事──。
「か、可愛い、かな?」
──口走ってたぁぁっ!!
身じろぐようにもじもじと、上目遣いに恥じらいを見せる綾乃。
その可愛らしさのせいで、恥ずかしさが一気に込み上げて、思わず足を止めた。
「ご、ごめん! 変な事言った!」
「え? じゃあ、可愛くは、ない?」
うわっ!
ここでそんな切ない顔をするなって!
「そそそ、そうじゃない! 可愛い! 綾乃は絶対可愛いけど! 可愛いって言いたかったわけじゃないっていうか! いや、その可愛いけど! 面と向かって言うのは恥ずかしいっていうか! だから、その、可愛いは、可愛いから!」
もう頭がパニックになって、俺は意味不明に可愛いを連呼してしまった。
っていうか、こんな反応は流石にキモすぎだろって!
流石の綾乃も──。
「そ、そっか。嬉しい……」
……ぷしゅー。
俺は瞬間固まると、頭から湯気が出たような気がした。
そりゃ、目の前で向かい合う美少女に、照れくさそうに囁かれてもみろ。
誰だってその可愛さに撃沈するに決まってるって……。
しばらく互いに向き合って、その場でもじもじとする俺達。
って、今は登校中だろ! ずっとぼんやりなんてしてられないだろって!
「ご、ごめん。行こっか」
「う、うん」
俺と綾乃はお互いぎこちなく歩き出す。
けど、未だに俺の顔は真っ赤だし、恥ずかしすぎて隣を見られやしない。
これ、どうするんだよ……。
眼鏡を直しながら困り果てていると。
「ね、ねえ。翔君」
綾乃が少し強い口調で俺の名を呼んだ。
何となく勇気を振り絞った。そんな感じを受けて、思わず彼女に顔を向けると、未だ顔は真っ赤だけど、真剣な顔で彼女がこっちを見ていた。
「あ、あのね。ゴールデンウィークなんだけど……予定って、あるかな?」
「え? あ、えっと、その……五月三日以外なら」
突然の質問に、その意図を理解してはいたけど、頭が未だふわふわっとしてたせいもあって、俺は考えもなく素直に予定を話してしまう。
「じゃ、じゃあ。その……四月二十九日なんだけど、一緒にお出かけ、しない?」
「お、お出かけ?」
「うん。あの、私達ね。高校で再会してから、まだ落ち着いて話せてないでしょ?」
「ま、まあ、そうだな」
「だから、折角の連休だし、何処かにお出かけしながら、色々話したいなって。どうかな?」
言葉は柔らかいけど、綾乃の表情は至って真剣。
まるで、ドラマや漫画とかで見た、告白を待つ女子みたいな顔をしてる。
正直、こんなに早くお誘いがあると思っていなかったから、心臓がかなりバクバクいってる。
──「貴様は、このゲームのヒロイン達に、嫌われぬよう暮らせ」
そんな中、ふと頭に過ったのは、リーゼロッテの言葉。
理由は、俺自身の未来のため。
それはその通りだとも思ったけど、同時に思っていた。
自分にとって都合よく彼女達を扱う言い訳じゃないかって。
昨日だって、色々彼女達の事を考えもしたけど、寝る前に思ったのは『彼女達の好意を利用していいのか?』っていう気持ちだった。
自分が好きなら良いと思う。
だけど自分がそういう気持ちじゃない時に、デートとかをしていいのかどうか。
その辺のモラルが、どうしても自分にとって重くのしかかってるから。
……でも、結局俺も人。
だから、彼女達に嫌われたいわけじゃないんだよ。
……そうだな。
好感度が上がりすぎてる今、それに意味があるのかはわからないけど。
自分も彼女達に向き合って、彼女達に改めて今の俺を見てもらって、それでどうするか決めてもいいかもしれない。
交流を持っていく中で、お互いに心境の変化が生まれるかもしれないし。
「えっと、わかった」
「本当に?」
「ああ」
「良かったぁ」
俺が短くそう返すと、綾乃が頬を染めたまま、はっきり嬉しさを笑顔で表現してくれる。
ほんと、やっぱり可愛い。これを見せられたら、俺だってそう口走っちゃうだろって。
「ちなみに場所は? 話をしたいだけなら、落ち着いた場所がいいのか?」
「あ、えっと。だったら、水族館にしない?」
「水族館?」
「うん。久々にペンギンショーも見たいし、魚が泳ぐのを見ながらくつろげる喫茶店もあるみたいだよ」
「へー。そんなのもあるんだ」
小洒落たお店のある水族館って、キュンメモが出来た時代にもあったんだろうか?
それがちょっとわからなかったけど、ゲーム内では水槽が見える水族館らしい館内と、入口の外観。そしてスチルイベントで見られるアングルの違う館内くらいで、そんな施設は話題に上がった記憶がない。
でも、素直にそれはちょっと興味もあるな。
「わかった。じゃあそこで」
「うん。楽しみにしてるね」
にこっと笑う綾乃を見て、俺はやっぱり思った。
やっぱりこのゲーム内なら、綾乃が一番好みなんだなぁって。
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