第十三話:これすらフラグがおかしいってのか?

 ……まさか、これすらフラグがおかしいってのか?


 俺は完全に虚を突かれ、動く事ができずにいると、対する人影がゆっくりこっちに歩み寄ってくる。


 そして、俺とあいつの間にある街灯の下に身を晒したのは、黒いゴスロリっぽい衣装を纏った、見覚えのある銀髪の小柄な少女。


 光の下で足を止め、俯いていた彼女がゆっくりと顔を上げる。

 普段はほとんど見せない真顔。それは普段の愛らしさとはかけ離れた、だけど別な意味で神秘的な美少女らしさがある。


「まさか……」


 どう見ても少女にそうぽそりと声を掛けると、ふっと彼女の口角が上がり、嬉々として目を細め。


 そして。 


「トリック、オア、トリートォッ! と言うには、流石に早いか」


 と、エリーナらしからぬ台詞を口にした。


 ……やっぱり、そういう事かよ。


「…………」


 俺がそこにいる少女の真の名を口にすると、いたずらっぽい笑みを浮かべていた彼女の眉がピクリと動いた後、怪訝な顔つきになる。


「……何故、わらわの名を知っておる?」


 そりゃ知ってるさ。

 彼女も一応なんだから。


 リーゼロッテ・ヴェセリー。

 彼女の存在を話すには、エリーナの設定を話さないと始まらない。

 

 実はエリーナは、吸血鬼の血族と人間が結ばれて生まれた、いわゆる半吸血鬼ハーフヴァンパイアの家系なんだ。

 だからこそ、体の成長は人に追いついていないし、体が弱いって話だったかな。


 とはいえ、流石にそこはゲームらしい設定もあって、直系の血族じゃないから血も薄く、その関係で吸血鬼らしい特徴も影を潜めている。

 例えば、彼女は血を吸わなきゃ生きていけないわけでもないし、日の光を浴びたり十字架を向けられて苦しんだりなんてこともない。

 ただ、そんな吸血鬼の血には先代のある吸血鬼の魂が宿っていて、今はエリーナにその魂が宿っている。それがこのリーゼロッテの設定だったはずだ。


 吸血鬼の魂が表に出るには、本来の吸血鬼としての体じゃないと、宿っている肉体が持たずに死んでしまう。

 ただ、満月の日だけは吸血鬼の血の力が高まるから、彼女はエリーナの体を借りて姿を見せられる……って、こうやって整理すると、やっぱりご都合主義満載な気もするけど、そこは気にしたら負けだと思っておこう。


 ゲーム内じゃ、本来の条件を満たしていた場合、ハロウィン時期に満月の日に姿を見せる事になるんだけど、理由は主人公を驚かせようと思ったからというのと、エリーナがここまで興味を持った主人公が気になったから。


 ちなみに一応リーゼロッテにも好感度はあって、高くなると満月の日に通常イベントで登場したり、満月の夜が重なる特定の休みにエリーナとのデートを入れれば、ちゃんとスチルイベントとしても登場してくれるんだ。


 っと。まあそんな話はいい。

 問題は、ここでどう返事をするかだ。


 あまりに予想外だったから、既に俺はひとつ悪手を踏んでいる。

 それは、彼女の名前を口にしてしまったこと。


 当たり前だけど、エリーナの中にリーゼロッテがいるなんて、誰も知りようがない。

 彼女がこうやって姿を見せたうえで、自己紹介でもしない限りは。


 つまり、この時点で俺はもう彼女にとって、イレギュラーな存在なんだ。


「……何も語らぬか。まさかとは思うが、吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターではあるまいな?」


 流石に業を煮やしたのか。こっちを牽制するようなキツい言葉を投げかけてくる彼女の瞳に、鋭さが増す。


 確か、リーゼロッテはエリーナの一部始終を見ていて知っているけど、エリーナはリーゼロッテが憑依している間は眠っているかのように記憶がないって設定があったはず。


 殺意すら感じる瞳。

 この時点で、好感度が最高になっていた他のヒロイン達とは違う。

 これ、生半可な理由じゃ納得してもらえなさそうだよな……。


 まあいい。

 どうせ疑われてるんだし、こうなったら破れかぶれだ。


「えっと。信じてもらえるか分からないけど、それはないよ」

「何故そう言い切る?」

「いや、だって。酷い言い方だけど、それならエリーナの時点で殺しておいたほうが楽じゃないか。こうやって襲われるかもしれない、危険な状況で放置してるより」

「……ふむ。確かに一理あるのう。では、貴様はどうしてわらわの名を知っておる? 貴様とリーゼロッテとして会ったのは、今日が初めてのはずじゃが……」

「うーん……。まあ、知ってるっちゃ知ってるよ。ずっと昔の吸血鬼だってのも、今まで血族の血に魂として宿っていて、今はエリーナの中いるってのも」

「なぬ!? そこまで知っておるというのか!?」

「うん。まあ、一応」


 とりあえず馬鹿正直に設定を口にしていると、流石のリーゼロッテも驚きを見せた。


 とはいえ、ここからどう話を進める?

 お前は俺がしていたゲームのヒロインだから、なんて話をした所で、信用してもらえるのか?


 大体俺だって、リーゼロッテの過去はスチルイベントで話題になった内容くらいしか知らない。確かそこまで深く昔について語られてもいなかったはず──って事は?


 と、瞬間。

 天啓のように俺の頭にある閃きが走った。


 そうだ。俺は知らない。

 ゲームであったことしか。

 じゃあ、リーゼロッテ自身はどうなんだ?


 他のヒロインは、生まれてからこの年までの記憶を持っているかもしれない。

 実際綾乃は俺といた過去の話をしていたくらいだし、これはゲームでも語られていたからな。


 だけど、より古くから魂として様々な血族を見てきた彼女はどうだ?

 このゲームでをどこまで知っている?


「……貴様、一体何者じゃ」


 再び強い警戒を見せるリーゼロッテ。


 今まで感じてきたこの、キュンメモという世界の微妙な曖昧さ。

 彼女に信じてもらう為、俺はそこに賭けてみる事にした。

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