第十話:俺が望んだ世界、か……
俺が望んだ世界、か……。
家に戻り、何時ものようにパジャマになりベッドで横になりながら、俺は頭を整理する。
誰がこの世界を用意したかはわからない。
だけど、核心にも似た気づきのせいで、俺はもう、自分が望んだようにしか思えなくなっていた。
なりたかった主人公として、初恋の人の面影を重ねながら、好意を持ってくれている綾乃と過ごす日々。
最初から俺の理想を叶える為に、綾乃の好感度を上げてくれたけど、ゲームのシステムに逆らえないからこそ、他の子の好感度も上げる事になった結果、この状況が生まれている。
この考えが、俺にとってあまりにしっくりくるからだ。
となると、後は俺が何でこの過去を思い出し、この状況を望んだか、か……。
前にも思い返したけど、俺の最後の記憶は会社帰りの疲れた自分。
だけど、あの時人生に絶望したりはしてなかった。
記憶で覚えている限り、翌日の仕事について考えていたのは間違いない。
だとすれば、その先の失っている記憶の部分で、俺に一体何があったんだろうか?
それに、俺が望んだとしたら、俺がこの世界ですべきは、綾乃との恋って事でいいのか?
ま、まあ、それはある意味で嬉しくもあるっちゃある。
だけど、それはそれで俺にだって心構えもいるし、他のヒロインの事もうまくやらないといけないから何気に大変。
ある意味このゴールデンウィークのデートラッシュだってそうだし……。
もう少し落ち着いて整理したいけど、明日は週頭。どの能力を上げるか選択したら、学校に行かないと、か。
仕方ない。今日は休んで、明日少し頭を整理しつつ、次のエリーナとのデートの心構えもするか。
俺はそんな気持ちでベッドに潜り、そのまま眠りについた。
◆ ◇ ◆
翌日。
全員の好感度を維持する為、俺は理系じゃなく文系のステータスが上がる国語系の教科書を鞄に詰め、そのまま学校に向かったんだけど。
この日は朝からヒロインとの遭遇もなく、拍子抜けするくらい平凡な学園生活だった。
授業中、窓から見える最近見慣れた景色。
それをぼーっと見ながら、色々考えてみたものの。結局、今やれる事って、ヒロインの誰かとエンディングを迎える事くらいしかできないんだよな。
そう考えると、やっぱり俺の動機からすれば、綾乃エンドを目指すのが一番理想に近いはず。
俺の憧れた未来を彼女に重ねていいのか。
そんな迷いはあるけど、こんな機会もまずないんだ。
緊張もあるし、好感度を下げない立ち振舞ができるか自信もないけど、まずはそれを目標に頑張ってみるか。
ちなみにエリーナとのデートについては、そこまで大変じゃないだろうって楽観視してる。
彼女は動物好き。だからこそ、動物園だったら間がもたないなんて事もないだろうし。しっかり動物を堪能させて喜ばせてあげたら、エリーナも満足してくれるだろうからな。
授業中なのに、ヒロイン達とのデートの事ばっかり考えてる不謹慎な自分。
それは流石にどうかと思いつつも、こういう時間じゃないと中々落ち着いて整理もできないしな。
俺は久々の一人の時間に感謝しながら、貴重な何もない一日を過ごしたんだ。
◆ ◇ ◆
そして、次に目覚めたのは、予定通り五月三日。
エリーナとのデートの日を迎えた。
待ち合わせ場所である夢乃駅前。
時間はそろそろ十一時。空は相変わらずの快晴だ。
しっかし、本当に晴れの日しかないのは、ある意味でゲームらしいけど、同時に違和感も凄い。
流石にちょっと太陽も見飽きたし、曇りや雨が恋しくなるな……なんて。
今日雨が降ったら、見て回れるエリアが限られてエリーナが悲しむだろうし、素直に晴れていることを感謝しないと。
で。そろそろ待ち合わせの時間だけど、まだエリーナは来てないよな。
今までのヒロインの服装から考えても、多分出会いの時に着てた黒い服で現れそうだけど、今の所あそこまで目立つ服装の子はいない。
まあ駅前は結構人通りも多いし、何よりエリーナは小さいから、お互い人混みに紛れてて見えてない可能性もあるけど。
そんな事を思いながらキョロキョロしていると、ふと駅前のロータリーに入ってきた、見覚えのある一台の高級そうな黒い車が目に留まる。
もしかして、あれか?
って、わざわざ車で!?
確かにエリーナはお嬢様。
だけど、キュンメモじゃデートのするのに車で来る演出もなかった。
ある意味リアルだけど、これってつまり陣内さんも一緒──って、は?
俺の近くで停車した車の助手席に座ってるメイドさん。あれは沙友理じゃないか!
まさか、この二人もデートに同伴するってことか!?
思わず目を丸くし唖然としていると、助手席を降りた沙友理が俺の前まで歩いてきた。
「こんにちは。翔様」
「あ、えっと、こんにちは。沙友理先輩」
最近見せていたポンコツ感なんて皆無の、メイドらしい落ち着いた態度で会釈してくる彼女。
その雰囲気に圧倒されて、思わず様呼びを指摘するのも忘れ、流れで返事をしてしまう。
こうやって見ると、改めて沙友理がしっかりしたメイドなんだってわかる。
ただ、こんなメイドさんがいても周囲が誰も注目しないってのが凄いな。
秋葉原にはメイド喫茶があって、街中にメイドがいるってテレビで見たけど、こんな感じで周囲には当たり前になっていたりするんだろうか?
って、今はそんな事考えている場合じゃない。
「あの、エリーナは?」
「車でお待ちです。こちらにどうぞ」
「あ、はい」
頭を上げ、ちらっとこちらを見た沙友理は、眼鏡をすっと指で直すとそのまま俺を先導し歩き出した。
あんな高級車に乗るのなんて、社会人になってからですら、経験した事ないんだけど。
それをまさか、キュンメモで味わうなんてなぁ……。
感慨に浸りながら後ろに続くと、彼女が静かに車の後部座席のドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
緊張しながら沙友理に頭を下げた後、車に乗るべく身を屈めると、後部座席の奥に座るエリーナと目が合った。
「あ、あの! お待たせ、したのです」
「大丈夫だよ。時間通りだし」
おどおどとするエリーナをなだめるように、俺は笑ってそう返してやる。
別に遅刻していないんだし、もう少し自信を持ったらいいのに。
ちなみに彼女の服装は前回と同じ。
それが似合ってるのは間違いないし、相変わらず可愛らしさがある。
動物園でもこの格好が合うかは判断に迷うところだけど、これも彼女の個性だしな。
そのまま流れで後部座席のシートに腰を下ろしたんだけど。
「うわ……」
座った瞬間、変な声が出た。
いや、タクシーなんかでも座り心地のいいシートの車はある。
だけど、これは段違いに弾力や感触が心地良い。
このままずっと座っていたいくらいだ。
「あ、あの! 何か、変でしたか?」
俺があまりに酷い声を出したからか。エリーナがはっとし、不安そうな声を掛けてくる。
流石に車に乗った途端、こんな声を出したんだ。気にもなるよな……。
「あ、ご、ごめん。あまりに座り心地がよくって、驚いただけ」
「そ、そうなのですか。良かったのです……」
ほっと胸を撫で下ろすエリーナを見て、俺も苦笑していると、背後から「くすっ」という小さな笑い声がした後、
「では、ドアを閉めさせていただきます」
沙友理がそう言ってドアを閉め、そのまま助手席に戻っていく。
でも、こんな車で動物園に行くのか。
なんか違和感が凄いけど、エリーナが気を利かせたんだろうし、ここは何も言わないでおこう。
シートベルトを絞めながら、そう決めたはずの俺。
だけど。
「お嬢様。この後はいかがなされますか?」
「はい。何時ものお店にお願いなのです」
「……え?」
お店?
エリーナから口にされた予想外の言葉に、あっさりそんな決め事は吹き飛んだ。
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