第十五話:気になる話は幾つかあった

 結局、その日の夜はあまり考え事をせず、すぐ寝る事にした。


 勿論、気になる話は幾つかあった。

 例えば、スチルイベントの件は色々気になるけれど、こういうゲームらしさは朝のステータス強化の選択なんかでも味わってる。

 だったらそういう物って割り切る方が、気持ち的にも楽だしな。


 ただ、リアルじゃ絶対見られない、ヒロインの表情が見られるあの感覚は、中々に新鮮。

 エリーナの嬉しそうな笑顔を見て、デートに誘って本当に良かったと思えたし、可愛らしさにドキッともさせられた。


 もっと、こういうスチルイベントが見られないか? なんて、まるで昔のようにゲーム攻略熱が盛り上がりかけたけど。流石に全てのイベントが起こる時期や条件なんて、覚えてないからなぁ。

 そこは過度な期待はせず、流れで見れたらラッキーくらいに思っておくか。


 あと、もうひとつ気になったのは、沙友理の予想外の反応。

 だけど、そっちもどうせ明日会って話すんだし、今考えたって仕方ない。

 明日理由を聞いて、何かやらかしてたら反省するだけだ。


 そんな訳で、ベッドに入り目を閉じると、いつものようにさらっと寝つけて、気づけば翌朝になっていた。


 毎日ヒロイン達と長時間会う気疲れもあって、流石にちょっと疲弊感がある。

 一応ゲームでもデートでも体力は消費するし、そういう理由もあるだろうけど、ゴールデンウィーク中のデートも後二日。何とか乗り切らないとな。


   ◆  ◇  ◆


 ということで、今日もいつものように準備を済ませ家を出ると、待ち合わせの三十分前に夢乃駅に着くよう向かったんだけど。駅前に着いた時には、既に沙友理の姿が見えた。


 駅入り口付近にある案内板の前で、遠くを見つめている彼女。

 白いシャツに、紺のサロペットスカート。メイドの時とは違う、普段のようになびかせている綺麗な黒髪のポニーテール。

 眼鏡をした立ち姿はやっぱり大人びた感じがするし、先輩らしく落ち着いている。


 しかし……渚なんかもそうだったけど、時間より早く来られてるのが好感度の表れとはいえ、それはそれで申し訳ないんだよなぁ。

 だからって、俺が気まずいって理由だけで、彼女達に遅く来なよなんて言えないんだけど……。


 まあ、仕方ない。

 俺ができることなんて、それに応えて早めに顔を出す事くらいか。

 沙友理の下に行く前に、心にある不満をため息と一緒に吐き捨てた俺は、改めて気合を入れ、ゆっくりと彼女の方に歩いて行った。


 途中、たまたまこっちを向いた沙友理が俺に気づき、柔らかな笑みと共に、丁寧に会釈をしてくる。

 釣られて軽く頭を下げた俺は、そのまま彼女の側に歩み寄った。


「おはようございます。沙友理先輩」

「おはようございます。翔君」

「先輩、随分早くないですか?」

「はい。人をお待たせするなど、メイドにあるまじき行為ですから」


 そう返しつつ平然を装う沙友理だけど、既にもうほんのり顔を赤らめてる。

 この世界に来てから毎度のように見る反応とはいえ、こうやって好意を感じるのは内心気恥ずかしい。

 とはいえ、それをできる限り表には出さず、普段通りに話を進めることにした。


 ちなみに、待ち合わせの時間についてはこれ以上触れない。

 っていうか、こっちだって相当早くに来ているし、藪蛇になりそうだしさ。


「そうですか。それで、今日はどこに行きますか?」

「はい。まず、喫茶店に入りませんか?」


 喫茶店? この時間に?

 まだ時間は九時半。お昼にしてもまだ早過ぎな気がするけど。


「構いませんけど。朝食がまだだったりするんですか?」

「いえ。その……まずは、少し落ち着いてお話をしたく」


 顔はまだ赤いけれど、さっきまでの笑みが消え、何処か真剣な顔になる沙友理。

 この感じからすると、いきなり本題を話したいってことか……。


 どんな話をされるんだろう?

 少し緊張するけど、話を後に回したところで、結局いいことなんてない気がする。

 だったら、最初に聞くだけ聞いて、色々払拭したほうがいいかもな。


「はい。いいですよ」

「ありがとうございます。わたくしがよく通っているお店があるのですが、そちらでもよろしいですか?」

「わかりました。案内をお願いできますか?」

「承知しました。では、こちらへ」


 学校の先輩のはずだけど、雰囲気的にはやっぱりメイド色が強い沙由里。

 そんな彼女に促されるように、俺は一緒に店を目指すことにした。


   ◆  ◇  ◆


 沙友理に案内されたのは、駅前の大通りを少し外れた、どこか歴史を感じる古い喫茶店だった。


 まだ時間も早いせいか。狭い店内には初老のマスターっぽい人以外、俺達しかいない。

 とはいえ、マスターっぽい人も寡黙な感じだし、色々話すならこの方が落ち着くのは間違いない。


 互いに頼んでおいた温かい紅茶を口にすると、ほっと息を吐く。

 とはいえ、ここに来るまで沙友理はほとんど何も話してくれなかったし、今もティーカップをじっと見つめたまま、何も口にしない。


 まるで生殺しのような展開。

 お陰で、手汗を掻くくらいには緊張してる。


 ……いや、そりゃ緊張するだろって。

 これまでにヒロインの好感度下がってる時の雰囲気があったやり取りなんて、渚やリーゼロッテとの出会いイベントくらい。

 ここでもし急に沙友理にキツい事を言われたら、俺だってどう返せばいいか困るし、何よりどれだけのショックを受けるかもわからない。

 歳を取ってるからって、別に俺だって心が強いわけじゃないからな……。


 とはいえ、何も話が進まないんじゃ不安ばかり募る。

 ここは、いくしかないか。


「それで。話したい事って何ですか?」

「そ、それは……」


 意を決して尋ねると、それまで俯いていた沙友理がびくっと震えると、おずおずと上目遣いに俺を見る。

 何か言いにくい話なのか? って、この空気……まさかと思うけど……。


 俺の脳裏に浮かんだのは、の二文字。

 い、いや、流石にそれはないと思いたいけど、このキュンメモ世界は色々フラグがおかしいんだ。

 もしかしたらって可能性も……いやいやいやいや。

 ない。それは流石にないだろ……ないよな!?


 頭で思ってしまった可能性に翻弄され、心臓がバクバク言い出した、その時。

 沙友理もまた覚悟を決めたのか。真剣な顔で、俺にこう言ってきたんだ。


「翔君は、不純過ぎます」

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