第十四話:早々答えがわかるものじゃない

 気になったからって、早々答えがわかるものじゃない。


 もしまた誰かのスチルイベントで同じような経験をするようであれば、きっとそういう物なのかってわかるかもしれないし、慌てなくってもいいか、なんて思ったからなのか。

 結局あれ以降、さっきのように見えないはずのエリーナの表情が見れることはなかった。


 ただ、前に経験した、スチルイベントっぽかったリーゼロッテとの空の旅じゃ、こんな感覚にならなかったよな。

 まさか、あれはただのイベント扱いだったんだろうか?

 だとすると、またあんな曲芸飛行を体験するのは勘弁なんだけど……。


 そんな事を考えていると、やっと満足したと思われるエリーナが、


「もう、下ろしてもらって大丈夫なのです」


 と言ってきたので、彼女を下ろしてやった。

 そこでも生脚を意識する羽目になったけど、まあこればかりは必要経費ってことで……。


「それじゃ、また色々見て回ろうか?」

「はいです!」


 十分笑顔になっているエリーナにほっとした俺は、再び彼女と園内を色々と歩いて回る事にした。


 色々と他の動物を見ては笑顔を見せるエリーナも可愛かったし、移動の合間に興奮しながら、それぞれの動物の可愛らしさを熱心に話す彼女が嬉しそうにしてて、こっちもちょっと嬉しくなる。

 それらも印象深かったけど、一番印象に残ったのは、小動物の触れ合いコーナーでの出来事だ。


   ◆  ◇  ◆


 っていうか。

 何なんだよこれ……。


 野外にある丸太で組まれた、小動物との触れ合いコーナー。

 兎やフェレットなんかもいるここには、勿論猫や犬もいる。

 いや、いるんだけど……。


「す、凄いのです……」


 一緒にベンチに座っているエリーナが、目を丸くするだけならまだマシ。


「あの人、動物に好かれ過ぎじゃない?」

「流石にちょっとびっくりだな」


 なんて、珍しく周囲の視線を一身に浴びる俺は、白い目をしながら何とも言えない顔をする事しかできない。


 いや、だって。

 頭の上に猫。首に巻きつくフェレット。

 膝の上に兎。太腿の脇にも猫や兎。足元には犬まで。


 みんながみんな俺に身体を寄せ合い、俺を小動物まみれにしているんだぞ!?

 遠慮気味に距離を置いたり、他の人に撫でられてる動物達も、何故か隙あらば乗っかってやろうっていう、強い意思を感じる目を向けてきてるし……。


 まさかとは思うけど、雑学ステータスって動物の好感度にまで影響したりしないだろうな?

 いや、好かれないより好かれたほうがいいのはわかる。わかるけど、世の中には限度ってものがある。

 リアルじゃ絶対味わえない、晒し者にも近いこの状況。


「いいなー。羨ましいなー」


 ……少年よ。

 はっきり言って、バランス取るの大変なんだぞ。

 今だって、背中側をもぞもぞと登ろうと張り付いている何かがいるし、それだけでちょっとこそばゆい。

 体育ステータスのお陰か。重いとか感じることはないけど、何事もほどほどがいい。ほんとに。


「この子達、撫でても、怒られないですか?」


 ちょっと心配そうな顔をしているエリーナも、半分は羨望の眼差し。

 動物好きなら憧れるシチュエーション……なのか?

 正直俺自身は、何とも言えない気持ちだけど。


 さて、気持ちを切り替えよう。

 この子達に触れるのに関しては、そういうコーナーの動物なんだし、慣れてはいると思う。

 けど、俺を休憩場所代わりに使ってて、邪魔をするなって牽制しだす奴等もないとは限らないか。


 ……うーん。

 効果があるかわからないけど。


「お前ら。人を休憩所代わりに使ってるんだ。みんなに大人しく撫でられてやってくれよ」


 動物に話しかける、変な人確定かな。

 そう覚悟をしながらそう口にしてみると。


「みゃー」

「ワン!」

「ギュー」


 それぞれがそう鳴いて答えて──くるのかよ!?

 兎は鳴かないけど、鼻を鳴らしながらコクコクと頷いてるし。

 うーん…一こういう所はある意味でゲーム的、なんだろうか?

 ま、まあ、意思が確認できないよりはいいけど……。


「エリーナ。良いみたい」

「ほ、ほんとですか!」

「お、お兄ちゃん。私達もいい?」

「僕も!」


 俺がエリーナに話しかけているのを見て、他の子供達も集まってくる。

 って、まるで俺が施設の飼育員さんみたいになってるじゃないか。


「大丈夫だけど、驚かさないよう、優しく撫でてあげてね」

「はーい!」


 素直に返事をした子供達は、エリーナ共々恐る恐る目的とする動物に触れ、ゆっくりと毛並みを確認するように撫でていく。

 見えている範囲では、撫でられて嫌がる動物達はいなさそう。それはちょっとほっとするものの。

 動物だけじゃなく、子供達にまで囲まれているこの状況は、本気で落ち着かなかったな……。


   ◆  ◇  ◆


 こうして、俺とエリーナは日が暮れ始めるまで、動物園を存分に堪能すると、陣内さんと沙友理が待つ駐車場に戻る事にした。


 エリーナの方から家まで送るって言ってくれたので、お言葉に甘えてお願いしたんだけど。車が走り出してすぐ、エリーナがうつらうつらし始めて、結局そのまますやすやと寝息を立て始めた。

 かなりはしゃいでたし、それだけ疲れも出たんだろうな。


 今まで女子の寝顔なんて見る機会もなかったけど、こうやって見ると寝顔も恐ろしく可愛いな。

 ゲームじゃなきゃ、こんなの一生見られないかも……。


「申し訳ございません。朝倉様」


 彼女の愛らしい寝顔をじっと見つめていると、運転中の陣内さんからそう声を掛けられた。


「エリーナ様はきっと、普段以上に楽しまれたのでしょうね」

「そうなんですかね? 一緒に出掛けるのなんて初めてなので、ちょっと分かりかねますけど。ただ、終始笑顔だったんで、ほっとはしてます」


 運転席のバックミラー越しに視線が合った陣内さんに笑いかけると、普段真面目な表情を崩さない彼が目を細め少し微笑みを浮かべる。


「……ここまでお嬢様が遊び疲れる事など、今までにありませんでした」

「そうですね……」


 陣内さんの言葉に、相槌を打つ沙友理。

 きっと、彼女がやっとお嬢様としてでなく、一人の女の子として楽しめたって事だよな?

 俺相手とはいえ、そうできたってのは大事な一歩。それに関われたのなら良かったかな。


「朝倉様」

「はい」

「よろしければ、またお嬢様とお出掛けいただけませんでしょうか?」

「構いませんよ。エリーナがそれで楽しめるなら、良いことだと思いますし」


 様子を窺いながら口にされた問いかけに、俺は迷わずそう答えた。

 お嬢様だからって、殻に籠もってただ本を読んだりして過ごすより、こうやって表情を出して、楽しく過ごしたほうが絶対いいに決まってる。


 俺が即答したせいか。

 少しだけ眉を動かした陣内さんは、またにこりと微笑むと、


「ありがとうございます」


 と、短く感謝を口にした。

 

   ◆  ◇  ◆


 結局、駅前に着いてもエリーナが目を覚ます事はなく。そのまま俺の家の前に着いた。


「お嬢様──」

「あ、そのまま寝かせておいてあげてください」


 陣内さんの言葉を遮り、俺はそう口にする。

 未だすやすや寝息を立ててるんだ。別に起こすのも可哀想だしな。


「お気遣い、痛み入ります」


 運転席越しに振り返った彼と笑みを交わしていると、既に助手席から降りた沙友理が、静かに俺の座っていた側のドアを開けた。


「起きたら、エリーナに伝えておいてください。今日は楽しかったよって」

「承知しました」

「では、失礼します」


 陣内さんに頭を下げた俺がそのまま車から降りると、静かにドアを閉めたメイド姿の沙友理が、すっと頭を下げる。


「本日はお疲れ様でした」

「あ、いえ」

「こちらに、翔様はお住みなのですか?」

「あ、はい」

「何号室にでしょうか?」

「えっと……って、沙友理先輩。今この情報、要りますか?」


 メイドの仕事中故の余所余所しさの中に、さらっとそんな質問を混ぜてきて危うく答えそうになったけど、今こんな情報は絶対に必要ない。


 俺の指摘に、急に顔を真っ赤にして俯いた沙友理。

 ……これ、絶対狙ってただろ。

 何気にポンコツなだけじゃなく、こんな策士な一面を見せてくるなんて。ほんと、彼女との会話には気をつけないと……。


「コホン。それより、明日は夢乃駅に十時でよろしいでしょうか?」


 咳払いで仕切り直し、沙友理がそんな提案をしてくる。

 そういや明日は彼女とのデートだったな。


「あ、はい。いいですけど。何処に行く予定ですか?」

「それは明日お話しますが……色々とお話を伺いたい事もございますので、お覚悟ください」

「話、ですか?」

「はい」


 さっきまでの真っ赤だった顔は何処へやら。

 すごく真剣な顔をされたけど……なんだろう? 

 メイドってわけじゃない。だけど、今までの沙友理とも何処か違う感じがしたけど……。


「では、また明日お会いしましょう。ごきげんよう」

「あ、はい。それじゃあ」


 あまりに礼儀正しいお辞儀に釣られ、俺も思わず頭を下げると、彼女は流れる用意に助手席に戻り。そして、そのまま彼女達が乗った車が、家から離れて行った。


 車が見えなくなった所で、俺はやっとほっと一息く。

 ただ、さっきの沙友理の雰囲気が、妙に引っかかっていた。


 何だろう?

 直感でしかないんだけど。あの瞬間だけ、好感度の高さを感じなかった気がする。

 だけど、じゃあそれが何を示すのかはわからなかったんだよな。

 ゴールデンウィークに入ってから、別に彼女の機嫌を損ねるような事もなかったと思うんだけど、何かが変わり始めているのか?


 ……まあ、考えても始まらないか。

 明日になったらわかるんだ。今日は考えないでおくか。


 頭を掻いた俺は、もやもやした気持ちをそう割り切ると、既に日も暮れてくらくなった道を離れ、そのままマンションの自室に帰っていったんだ。

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