第十六話:ふ、不純過ぎる?

「ふ、不純過ぎる?」


 は? どういうことだ?

 ある意味沙友理らしい、だけど言われる筋合いのない言葉を掛けられ、俺はさっきまでの混乱から一変。思わずぽかーんとしてしまう。

 そんな俺の反応に、彼女は少し怒りを顔に出しながら話を続ける。


「はい。いくらお嬢様のためとはいえ、不用意に頭を撫でておられましたよね? 挙句の果てに肩車までなされ、間近で太腿を見るなどという不逞まで。それらはもう、不純以外の何物でもございません!」


 少し語気を強めた沙友理。

 その言葉に、昨日の事を思い出しはっとした。


 た、確かに。エリーナのためを思ってしたとはいえ、頭を撫でたのはまだしも、肩車で生足間近で見たのは、自分でも正直しまったなぁと思ってる。

 そりゃ、沙友理からすれば、それが不純と思われても仕方ない──って、あれ? ちょっと待った。


 昨日、陣内さんと沙友理は、車で待ってるって言ってたよな?

 それなのに、何で俺が取った行動を知ってるんだ?

 わざわざエリーナが話したのか? それとも……。


「沙友理先輩」

「はい」

「何故先輩は、それを知ってるんですか?」


 何となく、思いつく理由はひとつだけ。

 そうわかっていながらも、俺は敢えて疑問を口にした。


 幾らブランクがあるからといって、キュンメモでの高嶺花沙友理というキャラは、ある程度理解している。

 だけど、細かい人間性──例えば、よく嘘をつくのか、正直者なのか。そういうゲームじゃ見えない部分は、まだまだ理解できていないんだ。


 ここまでの雰囲気から、彼女は隠し事ができないタイプ気はしてるけど、どうだ?

 様子を伺っていると、沙友理は動揺したのか目を泳がせ、ばつの悪そうな顔をする。


「あ、あの……陣内様より、二人の様子を伺うよう、命じられまして。そ、それで……」

「俺達をけてたんですか」

「は、はい……」


 目を伏せた彼女の言葉に、多分嘘はない。

 もしエリーナから話を聞いたのだとしても、普通に考えて肩車というワードだけで、生足なんて考えるはずがないからな。


 しかし、あのメイドの格好のまま、俺達をけてたのか……。

 あれだけ目立つ格好なのに、まったく気づかなかったぞ?

 そういう意味じゃ、やっぱりここはキュンメモというって事なんだろう。


 っと。そんな話は今はどうでもいい。

 大事なお嬢様を、知り合って間もない俺に全て任せるのは難しいのくらい、こっちだってわかる。別にけられたのを責める気もないし、事情が分かっただけでよしだ。


 さて。今回の論点は、俺が不純って事だ。

 俺には俺なりの持論があるけれど、そのまま話したら、沙友理の好感度を下げそうな気もする。


 とはいえ、彼女の不純に対する嫌悪感が残っている状態じゃ、こっちも協力のしようがない。

 だったら、話せる事はちゃんと話しておいた方がいいかもな。


「先輩」

「は、はい」


 こっそり後を尾行していた罪悪感のせいか。沙友理の表情がちょっと硬い。


けて来たのはエリーナのためだったんですし、そんなに後ろめたい気持ちにならなくてもいいですよ」


 そう話してやると、彼女は無言のまま、少し驚いた顔をする。

 でも。


「ただ、俺がエリーナのためにした行動が不純だって思ってるなら、今日のデートはこれで終わりにしましょう」

「……えっ! 何故なのですか!?」


 流石に俺が続けた言葉には、彼女も声を出さずにはいられなかった。


「先輩の口にする不純って言葉には、ふたつの視点があると思ってます」

「二つの視点、ですか?」

「はい。それは本人と他人、それぞれの視点です。さっき先輩が話されていた不純な行動ですけど。先輩も口にしていたように、俺はエリーナのためを思ってしていました。頭を撫でたのだって彼女を安心させるためだったし。肩車だって、パンダを見たいっていう彼女の事を思って、ちゃんと話をしてエリーナ自身が望んだからこそしてあげたんです」


 一旦そこで言葉を切った俺は、紅茶を口にする。

 多分、この後の話をしたら、沙友理は気落ちするかもしれない。

 そんな表情にさせる後ろめたさを紅茶と一緒に飲み干し、俺は話を続ける。


「でも、沙友理先輩から見たら、それは不純に見えたんですよね?」

「は、はい……」

「確かに、考えなしだったなと反省する部分もあります。でも、俺はやましい気持ちじゃなく、彼女のためにああしたんです。それでも先輩からしたら、今の俺はでしかない。これが二つの視点であり、お互いの想いの違いなんです」


 ふぅっと一息ついた後、俺はじっと沙友理を見た。


「どちらの視点が間違っているなんて事はありません。お互いの感じ方ですから。ただ、もし先輩が、本当に不純かどうかを判断するため、色々と経験したいっていうなら、先輩が不純な事をすると思っている、信用できない俺にお願いしちゃ駄目だと思います」


 彼女から目を逸らさず真剣にそう伝えると、はっとした彼女が唇を噛み、落胆し俯いてしまう。

 もしかすると、不純というたった一言から、ここまで言われるとは思ってなかったのかもしれない。


 だけど、実際人間の視点っていうのはこういうものだし、言葉ひとつが信頼関係に影響したりもする。

 好感度の高い沙友理ですら、思わず苦言を呈した。

 つまりそれは、彼女が強く不純だって感じた証拠。

 俺への好感度があっても、その考えは覆せなかった。って事は、不純に対する嫌悪感も相当なはずだ。


 そこを根底から変えないと、彼女は結局不純という見方を変えられない。

 それじゃ、不純か確認したいと望んだデートだって、ただ辛くなるだけで意味を為さないんだ。


 口惜しげに俯き無言だった彼女が、膝の上でぎゅっとスカートを握る。


「……確かに。初めてメイドとしてお会いした時から、貴方様はエリーナ様を思って行動されていました。それを不純と言われてしまえば、気分も害しますよね……」


 沙友理から漏れ出た、震える小さな声。

 あ。そっちを気にしてたのか。そこまで頭が回ってなかった自分に苦笑いしながら、俺は首を横に振る。


「いえ。別に」

「……え?」


 何故? と言わんばかりに彼女が顔を上げる。

 けど、それが真実なんだから仕方ない。


「いや、こっちも言ったじゃないですか。考えなしだって反省もしてるって。俺だって、他人から見たらそういう事をしちゃってたんだなって納得してますし、沙友理先輩が俺をそういう目で見たのも、当然かなって思ってます」

「そんな。気を遣わなくても──」

「遣ってませんよ。俺にとっては事実なんで」


 ふーん。彼女はちょっと心配性なのか。

 普段は風紀委員として堂々としてるし、容赦なく指摘をビシッとする立場だと思っていたから、そのギャップに驚かされるな。


「先輩が今回俺をデートに誘う時、こう言ってくれましたよね。俺はだって」

「は、はい……」

「もし今回の一件で、俺を信頼できなくなったなら、こういう事を頼むのは止めましょう。あと、それでも俺にお願いしたいっていうなら、覚悟はしてください。俺が先輩の事を思って、先輩に不純と感じさせてしまうような気遣いをしてしまうかもしれない。そんな時がくるかもしれないので」


 言葉がきつくならないよう、必死に言葉を選びながら、俺は笑顔を崩さないように心がけた。沙友理はそんな俺を見ながら、眼鏡の下の瞳を潤ませている。

 なんかこの感覚。新人を教育しながら、一緒に仕事した時の感覚に近いかも。

 当時は結構気を遣ったっけなぁ。相手が理解力ある新人だったから助かったけど、うまくやれたかは未だに自信がないし。


 まあでも、俺なりに冷静に分析できたし、伝えたい事もきちっと伝えた。

 だから後は沙友理の反応を待つだけ──。


「う……ううう……」


 はっ!?

 ちょ、ちょっと待った! 何で急に!?


 俺が驚いた理由。

 それは、目の前に座る沙友理が、突然顔を両手で覆い号泣し始めたから。


 完全に虚を突かれ、おろおろする俺。

 どうする!? どうする!?

 ……そ、そうだ!


「せ、先輩! こ、これ!」


 慌てて俺が差し出したのはハンカチ。

 まともな声がけもできなかったけど、俺の動きに気づいた沙友理は、涙したまま無言でそれを手に取ると、涙を拭い始めた。


 と、とりあえず、後は落ち着くまで待つしかないよな?

 これ以上どうしていいかわからなくって、俺はただ泣き止むまで沙友理を見守るしかできなかったんだけど。暫くして、沙友理の嗚咽が落ち着いてくると、彼女は大きなため息を漏らし、心を落ち着けるように紅茶を一口飲む。


「取り乱してしまい、大変失礼致しました」

「えっと、それはいいんですけど。何で泣いたんですか?」


 本当は聞いちゃいけないのかもしれないけれど、どうしても理由が気になってしまい、俺の口からそんな疑問が衝いて出てしまう。

 それを聞いた沙友理は、眼鏡の下の少し赤くなった目でこっちをちらりと見ると、ゆっくり、少しずつ話しだした。

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