第三章:ヒロイン達も色々おかしい

第一話:もう初日かよ……

「もう初日かよ……」


 鏡に映る最近見慣れてきた昔の自分を見ながら、俺はそう独りごちた。


 リーゼロッテ以外のヒロイン全員とのデート予定が入った後。ゴールデンウィークまでは、思ったよりさらりと時間が過ぎていった。

 平日イベントがなかったわけじゃない。

 でも、あったのは綾乃との自然な帰宅イベントくらいで、他のヒロインのイベントもないまま、四月二十八日の日曜。渚とのデートの日を迎えてしまった。


 俺は部屋の洗面所で、鏡を見ながら寝癖なんかがないかを確認する。

 一旦みんなとの好感度を維持するって考えた時、今の好感度ならきっと笑って許してくれそうだけど、一応男として少しはこういうのも気にしないといけないと。


 ただ、外見についてはもう、眼鏡の冴えない俺のままでいく事に決めた。

 渚までこっちがいいって話をしてきたんだ。今更変える必要もないかと思ってさ。


 ……しかし。

 今考えると、やっぱりこの日付がスキップするシステムって、地味にきついな。

 今回は前日が土曜だったからいいけど、そうじゃなかったら何時デートの気構えをするかに困る。

 平日イベントがあるかも? なんて淡い期待をしてたら、裏切られていきなり土曜や祝日、なんて事もあるわけだろ?

 そういう意味でも、気持ちの整理は何時でもできるようにしとかないとな……。


 顔をぱんっと叩いた俺は、そのまま洗面所を出る。


 さて。

 一応アイテムを手にしても行動はできるのは検証しているけど、万が一のこともある。間違って机の上のステータスアップを手にして、デートをすっぽかすような事がないようにしてっと。


 俺は携帯や財布、ハンカチなんかをを手にすると、チラッと時計を見る。

 確か集合時間は十四時。

 相手が相手だけに、もっと早くにされて、色々連れ回されるんじゃって思ったけど、少し遅めの集合だったのは助かったな。


 とはいえ、約束をOKした後。


  ──「勿論、映画見終わったら感想戦をするから、ちゃんと時間空けといてね!」


 なんて釘を刺されているから、まあ一筋縄ではいかないんだろうけど。


 ……渚かぁ。開幕から振り回されなきゃいいんだけど。

 相手が相手。そこまで好きになる要素はないとはいえ、友達付き合いくらいは慣れないといけないか、なんて思ってはいるものの……。

 憂鬱になりそうな気持ちをため息とともに吐き捨てると、俺はそのまま家を出て行った。


   ◆  ◇  ◆


 初夏が近づいているとはいえ、未だうららかな春を感じながら、ショッピングモールまでの道を歩く。

 待ち合わせまでは随分早いけど、遅刻しないは社会人の鉄則。

 そんな考えは、自分のモットーのひとつだ。


 そういや、デートという括りでいえば、渚とも初めて。

 ただ、何気にあいつとは既に二度、一緒にそれっぽい事を経験してたりする。


 頬を叩かれたお詫びの食事に、放課後のゲーセン。

 会っている回数だとダントツで綾乃ではあるけど、渚は一番俺に積極的にアクションを掛けてきてるんだよな。


「やっほー」


 ただ、未だ好感度がどの辺なのか、ちゃんと見えていないキャラでもある。

 その理由の半分は、あいつのイベントが記憶にほとんどないからで、残り半分はとにかく積極性の塊だから、勇気を持ってアクション掛けた、みたいな事があっても気づけない事。


「ねー。翔っちー」


 まあ、低い事だけはないってわかってるし、それ以上知る意味もあまりないけど、下がって来たかも? って察する為にも、少しは敏感でいないとな。

 あと、あいつのボディタッチには気をつけよう。

 とにかく理性を維持して、変に手を出したりしないと。


  むにゅ


 そうそう。こういう柔らかさは俺の精神を揺らがせ──え?


 背中から記憶にある柔らかさを感じた直後。俺の視界が、何者かの手によって塞がれた。


「だーれだっ?」


 聞き覚えのある、快活で明るい声。

 って、はぁっ!?


「な、渚!?」

「ピンポンピンポーン!」


 俺がはっとした瞬間。背中の柔らかな感触が離れ、再び視界が開ける。

 そして、柔らかな感触が腕に移ったかと思うと──。


「正解はー、翔っちのアイドル、渚ちゃんでーっす!」


 なんて、ひょこっと脇から茶髪をなびかせ眩しい笑顔を見せる渚が顔を出した。 って、何で? ここで!? この時間に!?


「は? 何でここにいるんだ!?」

「なんでーって、歩いてたら翔っち見つけただけだよ?」


 俺を見上げ、嬉しそうな顔をしてる彼女だけど、正直ショッピングモールに着く前に出会うと思ってなかったし、早くも胸が色々アピールしてきてるから、流石に心臓がバクバクしてる。


「でもさー、見つけたーって思って声掛けたのに、翔っち全然反応してくれないんだもーん」

「へ? そうだったのか?」

「うん。あたし、もしかして無視されてる? 嫌われてる? なんて、不安になったじゃん」


 俺のとぼけたような回答が不満だったのか。口を尖らせ不満をアピールしてくる渚。


 いやいやいやいや。

 確かにぼーっとしてた俺も悪いけど、どう考えたって、さっきのは不安になった奴の行動じゃないだろって……。


「わ、悪い」


 白い目を向けたくなるのをぐっと堪え、俺が彼女に謝ると、じーっとこっちを見ていたあいつは、


「ちゃんと謝ってくれたんでー、許しちゃいまーす!」


 なんて、コロッと笑顔を見せた。

 渚の笑顔にほっとするものの、未だに腕には蠱惑的な刺激がある。


「そ、それより、そろそろ解放してくれないか?」

「え? 何が?」

「い、いや。その、腕組む必要ないだろ? 前にも言ったけど、む、胸も当たってるし……」


 説明しているうちに恥ずかしさが増し、顔を真っ赤にしながらしどろもどろになる俺。

 流石にあいつも顔を赤らめたし、流石に解放──。


「だーめっ。今日の試写会はカップル限定なんだよ? あたし達も疑われないように、いちゃいちゃしないとだし……」


 ──しないのかよ!

 しかも自分で言いながら、何恥じらい見せてるんだって!


 心には沢山の不満とツッコミが浮かぶ。

 だけど。


「……ダメ?」


 腕に巻きつかれたまま。上目遣いにおずおずと問いかけてくる渚の反応を見て。


「……ったく。その、映画館に入るまでだからな」


 なんて、思わず妥協してしまった。

 瞬間。


「やっぴー! 翔っち、ありがと!」


 なんてすぐ笑顔になったのを見て、こいつのあざとさに舌を巻く。

 けど、やっぱりどこか恥ずかしさが残る頬の赤みと照れ笑いに、俺はツッコミたくなる気持ちを失い、あいつの思うがままにされる事になったんだ。

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