第二十話:最後はついさっきだ

 そして、最後はついさっきだ。

 家で夕食や風呂を済ませ、ぼんやりしながら手帳のカレンダーに予定を記入している最中、携帯に電話がかかってきた。


 相手は詩音。

 朝からの流れがあったからこそ、それを見て白い目を向けた後、自然にため息が漏れる。

 とはいえ、出ないという選択肢は頭に浮かばず、半分無意識に電話を取った。


「もしもし。朝倉ですが」

『あ、えっと。夜分にすいません。葛城ですけど……先輩。お疲れですか?』


 抑揚なく電話に出てしまった俺のせいだろう。詩音は様子を伺う感じで問いかけてくる。


 まあ、昨日から寝不足な中、気を遣うイベントが絶え間なく続いたんだ。絶対に疲れている。

 とはいえ、流石にちょっと電話に出る態度じゃなかったな。


「ああ、ごめん。ちょっとだけ。で? 何かあったんだ?」


 頑張って気持ちを切り替え、何とか声を普段通りのトーンに戻す。


『あ、その。出直しましょうか?』

「いや、大丈夫だよ。それで?」

『あ、はい。その……翔先輩は、連休ってお暇ですか?』

「えっと、五月五日か六日なら」

『本当ですか? それなら五日に、僕と一緒に

ライブに行きませんか?』


 目の前の手帳カレンダーに目をやりながら返事をすると、彼女は少し明るい声になりそう問いかけてくる。

 だけど、俺はライブって言葉に反応して、思わずこう問いかけ直していた。


「え? チケットとか予約しないと厳しくないか?」

『それなんですが、一緒に行こうとしていた友達に予定が入っちゃって、一枚余ってるんです。それで……』


 リアルだからチケットがいると思っての質問だったけど、渚の時同様に何とも都合良く聞こえる回答をされた。


 まあ、ゲームをリアルにすると、やっぱりこんな感じになるか。

 っていうか、映画館はまだいいとして、自分がライブなんかに誘う時ってどうなるんだろうか? それは後日試してみるか。


「ちなみに、誰のライブなんだ?」

『ミスターオールドメンってバンドなんですけど、知ってますか?』


 ……うーん。

 残念ながら、リアルで聞いた記憶のないバンドだな。

 一応キュンメモのゲーム内でも、毎月のイベント案内でライブ開催時にオリジナルのアーティストやバンドの名前が出てたはずだけど、流石にそんな細かい所まで覚えてない。

 

 まあ、流石にリアルとはいえ、現代のアーティストご本人が登場なんて展開はないか。

 ANKエーエヌケー24に会えるのか? なんて、ちょっと期待したのは内緒だ。


『あの、どうっすか?』


 おっと。

 返事をしないで考え込んじゃってたけど、流石に沈黙は不安にさせるよな。


「あ、ごめん。俺の分のチケット代を払わせてくれるなら構わないけど」

『え? ですけど、僕から誘ってるんすよ?』

「関係ないって。この間だってカラオケ代出してもらってるけど、流石に自分の分くらいの自分で出したいし」

『でも、結構しますよ』

「だからだよ。中学生だって大変だろ?」

『まあ、そうっすけど……』


 相変わらず責任感が強そうな発言をする詩音。

 兄である颯斗がどっちかというと軽い印象だから、そのギャップにちょっと笑ってしまう。


「どうする? それ以外に条件は付けないけど」


 敢えて俺はそう釘を差しながら答えを待つ。

 まあ、これで止めるっていうならそれはそれであいつの気遣いだし、と思ったけど。


『……わかりました』


 渋々、というわけじゃないんだろうけど。

 ちょっとだけ不満げにも感じる、少し低い返事が耳に届く。


 まったく。何のためにデートに誘ったんだよ。

 お金を出したいからじゃないだろって。


 そんな呆れた気持ちになりながら、俺は空いた片手で手帳に印を入れる。


「ちなみに、ライブの開始時間は?」

『えっと、十六時からっすね』

「そうか。場所は?」

『夢乃スタジアムです』

「じゃあ、一時間前くらいにスタジアム前に集合でいいか?」

『あ、えっと……』


 ん?

 この煮えきらない反応、もしかして……。


「どうした?」

『あ、あの。僕のわがままで悪いんすけど、お昼くらいから会えませんか?』

「どうしてだ?」

『あ、えっと。昼食でも一緒にどうかなって……』


 ……まあ、リアルでデートともなればこういう展開になるか。


「わかった。じゃあ十二時集合でいいな?」

『は、はい! ありがとうございます!』


 その時聞いた詩音の嬉しそうな声に、俺はちょっとほっとした。

 いや、なんかこう、相手が元気がないっていうのは、やっぱり何か嫌だしさ。


   ◆  ◇  ◆


 まあ、断るって選択をできなかったのは自業自得。だけどなぁ……。


「はー。何だよこの、大連続狩猟クエスト……」


 とある狩りゲーで、大型モンスターを連続で狩るクエスト。

 このゴールデンウィークは、まるでそんな気持ちになる連続デートだ。


 ったく。

 これだけゴールデンウィークに予定が入った経験だって、今までの人生でなかったってのに。それが全部デート……。

 改めてこうやって予定を見ると、流石に変な笑いが出そうになる。


「……ふわぁー」


 っと。流石に今日はもう限界だな。

 急に襲ってきた眠気に、大きく伸びをしながら欠伸をした俺は、手帳をテーブルで畳むと、椅子から立ち上がり、そのままベッドの上に身を投げた。


 やっぱり美少女達と接し続ける現状は、正直気持ちが休まらないし、まだまだ知り合って日数も浅いから全然慣れない。

 本気で社会人経験だけで乗り切ってきた感じはあるけど、それだってうまくやれたかは怪しいんだよなぁ。


 とはいえ、どうすればいいかもわからず、ずっとモヤモヤし続けてるよりマシか。

 本気で気を遣うし大変だけど、この世界で孤独でいるよりは、寂しさも紛れるしな。


 ……そう。それなんだよな。

 好感度が本来のゲーム通りだったら、多分無難に生活し一人でぼんやり過ごそうとしていた。


 でも、今は何となくわかる。

 そんな生活をしている内に、きっと現代世界が恋しくなって、寂しさが募るだけだったろうって。


 彼女達と接しているからこそ、あまり寂しさを感じていないっていうのは間違いなくある。

 そういう意味じゃ、ある意味今の俺は、彼女達に救われてるのかもしれない。

 まあ、好感度が下がるとこうもいかなそうだけどさ。


 ……好感度を下げずにいけば、告白されるのか……。

 ふっと出会ったヒロイン達の恥じらう姿を思い出し、俺は顔が火照るのを強く感じる。


 い、いや。

 そんなの考えてどうするんだって!

 まだ何が起こるかわからないんだ! 考え過ぎだ考え過ぎ!

 大体彼女達が俺を好きだったとして、俺は──。


 そこまで考えた時、ある疑問に囚われ、思考が一瞬止まる。


 ……もし俺が、万が一彼女達の誰かに恋したら、一体どうすればいいんだ?


 『胸キュンメモリアル』の主人公は、相手に好かれる為に努力する。けど、結果好きになって告白しにくるのは相手からで、主人公から匂わせなんて一切していない。


 だけど、ここは中途半端ではあるものの、キュンメモという現実リアルだ。


 もし俺が彼女達を好きになった時、告白していいものなんだろうか?

 いや、そもそもフラグがおかしいんだ。彼女達が二年経つ前に、フラグを無視して突然告白してきたりしないのか?


 なまじリアルであるが故に生まれた疑問。

 それらはあくまでの話。


 だけど。

 本当に俺がそんな気持ちを抱いてしまったら……。

 彼女達がそんな行動をしてきたら……。


 フラグがおかしいこの世界で、俺はどんな恋をすればいいんだろう?


 そんな疑問が浮かんだ直後。

 高校時代、片思いをしていた頃の想い出がふっと蘇り、胸がキュッと苦しくなる。


 あの感覚をまた味わうのはちょっと辛い。

 でも、今ならそんな恋心が生まれても、うまくすれば叶うんじゃ……。


「って、なしなし!」


 独りごちると、俺は掛け布団を捲り、その中に潜り込むと、リモコンで部屋の電気を消した。


 こんな事、今考える必要なんてない。

 その時が来たら、考えればいいんだよ。

 そういう事になりなんてしない。なりなんてしないんだ。


 社会人になってからは、あまりそんな風に考えなくなっていたのに。


 学生に戻ったからか。

 はたまた、慣れない恋の話だからなのか。


 まるで夏休みの宿題を終わらせるのを引き延ばすような言い訳を理由にしながら、俺はそのまま布団に包まり寝る事にした。


 ──これが、俺の恋物語の始まりだとも知らずに。

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