第十九話:正直、随分浮ついてたと思う
正直、随分浮ついてたと思う。
人生で今までないくらいの、予想外のお誘いが続いたわけだから。
お陰であまり授業内容が頭に入らないまま、放課後の沙友理と帰る時間になった。
彼女はエリーナのお屋敷で、住み込みで働いている。で、行き帰りは駅前からバスを使うらしくって、エリーナの時同様、駅まで付き添うって話になった。
昇降口で待ち合わせて、二人で並んで歩き始めた……までは良かったんだけど。
こっちは誘われた側で話すネタがないし、沙友理先輩も緊張した顔のまま、まったく何も話してくれない。
そのせいで、しばらく本気で気まずい時間を過ごす事になったんだけど、流石にそれじゃ悪いからと、話のネタを探すべく頭をフル回転させていた時。
……そういや、誘ってきたのは単純に好感度が高いからなんだろうか?
ふとそんな疑問が浮かび、俺は彼女に尋ねてみる事にした。
「あの、沙友理先輩」
「は、はい。何でしょうか?」
「今日お誘いいただいたのって、何か理由があったんですか?」
瞬間、びくっとした沙友理が立ち止まると、顔を一気に真っ赤にする。
何度か深呼吸を繰り返し始めた彼女から漂う緊張感。っていうか、そんな
こっちにまで伝わるただならぬ気配に、俺の方も一気に喉が渇いてくる。
そんな中。決意が固まったのか。
眼鏡をカチャッと直した沙友理は、意を決してこっちに真剣な顔を向けた。
「あの……
「……風紀委員に、あるまじき?」
「は、はい」
緊張しすぎて様付けをされた事より、その妙な言葉が気になり、俺はきょとんとする。
「あの……ゴールデンウィークに、
恥じらい過ぎて声が小さいながらも、必死に口にされたその言葉。
今になって思えば、朝の綾乃や昼の件もそうだけど、登校や帰宅時のイベントでデートのお誘いなんてない。
つまり、ここまでめちゃくちゃおかしい展開だったのに、もう今日は誘いを受けるイベントが起こり過ぎてて、もうそこに気づく余裕なんてなかったな……。
「へ? デート? な、何で?」
あまりに突然過ぎて、ちょっと上擦った素っ頓狂な声を出した俺。
彼女は一度また俯くと、
「あの……笑わずにお聞きください」
そんな弱々しい前置きをすると、ゆっくりと歩き出した。
「あ、あの。
「えっと、一応、理由を聞いてもいいですか?」
「そ、そんなもの、不純だからに決まっております!」
……少しムキになって否定する沙友理の反応が、年上キャラらしからぬ感じでちょっと可愛かった。
うん。可愛かったって今も思う。
「ですから
そう言いながら、横目でちらちらと俺を確認する仕草もやっぱり可愛い。
真面目な彼女とのギャップっていうんだろうか。
「ただ、その……先日、お友達と話していた時、流石にその程度で不純などと言っていたら、恋のひとつもできない。流石に潔癖過ぎると、苦言を呈されまして……」
少ししゅんっとする沙友理の話を聞いて、俺は思い出した。
こういう理由でデートに誘われたわけじゃないけど、何時だかのスチルイベントの前段で、自分が真面目過ぎるのかって質問を受けるシーンがあった気がするって。
「あの……それで、
「へ? 確認って、何を?」
彼女なりに真剣なんだろう。
でも、今の会話を総合すると、デートで手を繋いで、抱きしめてあって、キスをする?
……いやいやいやいや。それは流石に飛躍し過ぎ──。
「その……手を、繋いだり、抱きしめあったり、キ、キ──」
「まままままま、待った!」
この先輩ポンコツか? ポンコツなのか!?
ゲームでもこうやって取り乱したりはしてた気がするし、風紀委員として自身を抑制していた反動で、たまにおかしい事を言い出していた記憶もある。
実際そのギャップが当時も人気だったんだって、親父からも聞いた。
だけど、ここまでポンコツだったのか!?
「さ、流石にそれは、恋人同士がすることでしょ!?」
「そ、それは、その……重々、承知しております」
ちょっと声が大きくなってしまった俺に、そう弱々しく返してくる沙友理。
って。わかってて言ってるって、どういう事?
流石に混乱に拍車がかかり、言葉がでなくなっていると、彼女はそのままおずおずと語りだした。
「わ、
……まあ、裏には絶対好感度という存在があるのは理解してる。
そう考えると、ちょっと言い訳にも聞こえなくはない。
でも、ゲームになぞり行動しただけとはいえ、俺を評価もしてはくれてるのか。
いきなり高かった好感度。
でもそれは、俺、朝倉翔という本来の存在を理解してのものじゃない。
だからこそ、みんなの好意にもやっぱり抵抗があるし、俺自身がこんなにヒロイン達に好かれている、現実とは違う違和感にも繋がっている。
勿論、現実で不誠実に生きてきたわけじゃない。
一応、よくいい人だって言われたほうだから。
ただ、異性との関係でそれ以上に思われた事はなかったし、俺にも積極性がなかったからこそ、こういう恋愛とは無縁の二十六年間を過ごす事になったんだ。
……まあ、流石に沙友理の申し出は度が過ぎてる。
でも、彼女なりに考え方を変えようとしているようにも感じたし、同情もできなくはないなって、その時思ったんだよね。
「沙友理先輩」
「は、はい」
少し真面目になった俺に、緊張して上擦った返事をする沙友理。
「あの、幾つか条件を付けてもいいですか?」
「条件……」
「はい。流石に先輩相手でも、受け入れられない事もあるので」
落ち着いた口調で話すと、戸惑っていた彼女の表情も引き締まる。
断られるわけじゃないにしろ、それを聞かないと始まらないと覚悟を決めたのかもしれない。
「……わかりました。それで、どのような物になりますか?」
「はい。まず、様付けはやめてください」
「……はい?」
俺が出した最初の条件を聞き、沙友理は思わず首を傾げる。
まあ、その反応は想定通りだけど。
「だから、俺に様付けは止めてください。前にもお願いしましたけど、俺に仕えてるメイドさんってわけじゃないですし、俺達は同じ学校の先輩後輩です。堅苦しいのはやっぱり、ちょっと嫌なんで」
「わ、わかりました」
安心させるように笑ってあげると、沙友理先輩も少しだけ緊張がほぐれたのか。戸惑いはありながらも、素直に返事をしてくれる。
「それから、流石にその、抱きしめるとかキスとかは、俺も不純ってわけじゃないけど、恋人でもないのにっていう抵抗もあります。それに手を繋ぐのだって、先輩が俺を信頼してくれているとしても、俺は先輩と知り合って間もない中で、簡単にして良いものじゃないと思ってます」
「そ、そうですか……。いえ、当たり前、ですよね……」
自分の申し出にそんな反応をされ、ちょっとしゅんっとした彼女に、俺はそのまま言葉を続ける。
「だから、一緒に出かけたりしながら親しくなって、その中で互いに心許せるなら手を繋いでみる、っていうのはどうでしょう?」
「……え? よろしいのですか?」
「まあ、その、手を繋ぐくらいなら。実際、先輩も俺と色々話したり、一緒にいる時の態度を見て、やっぱり触れられたくないとか、手を繋ぐのが不純って思うかもしれないですから。だから、様子見しながらって事でどうでしょう?」
……今思い返しても、甘すぎだって思う。
でもまあ、やっぱり彼女を傷つけたいわけじゃないし、ただ駄目って門前払いするよりはいいんじゃないかって思ったんだよ。
「あの。翔様がよろしいというのであれば、
……何でそこで嬉しそうな顔をしながら、目を潤ませ声をつまらせそうになってるんだって。
言ったこっちの羞恥心が爆上がりする表情に、俺は思わず目を泳がせ、頭を掻いてしまう。
「えっと、わかりました。ただ、様付けはここまでにしてくださいね」
「あ……その、失礼しました……」
俺の指摘でやっとミスに気づき、恥ずかしそうに小さくなる沙友理。
……あーもう! いちいち可愛いなぁこの子も!
この時、俺は改めて、キュンメモのヒロイン達は魅力がありすぎて困るって強く感じたんだ。
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