第八話:お待たせ致しました
妙に気恥ずかしく、気まずい雰囲気が漂う中。
「お待たせ致しました」
というウェイトレスさんの声に、びくっとした俺達は、思わず背筋を正した。
「ホットの紅茶の方は?」
「あ、は、はい」
ウェイトレスさんに綾乃が小さく手を挙げると、相手はそのまま接客業らしい笑顔で飲み物を俺達の前に起き始めた。
さ、流石に今の変な空気はヤバかった。
ウェイトレスさん、ナイスタイミング!
心で感謝をしている内に、静かに互いの前に飲み物とデザートが並び、
「ごゆっくりお過ごしください」
という笑顔と決め台詞を残し、救世主は颯爽と去って行った。
「そ、それじゃ、食べよっか?」
「あ、ああ。そうだな」
俺達は互いに頷きあうと、迷わず飲み物を口にした。
ちなみに、綾乃の前に並んでいるのは紅茶とバスクチーズケーキ。
俺の前にはコーヒーといちごパフェ。
うわっ! 苦っ!
動揺が抜けてなかったから、砂糖もミルクも入れずブラックのまま飲んだから、予想外の苦味で俺は渋い顔をする。
そして、何故か綾乃もまた、向かい側で同じ顔をした。
「あれ? 綾乃って紅茶苦手なのか?」
「ううん。ただ、普段って砂糖を入れて飲むから、思ったより渋くってびっくりしちゃったの。翔君もっさき、随分苦そうな顔をしてたよね?」
「あははは……。俺も同じ。何か勢いでコーヒー飲んだけど、普段甘くしてるから」
「そうだったんだ。何か二人しておかしかったよね」
「そうだな。まあ、幼馴染だけに似てるのかも」
俺も彼女も失態のせいで苦笑い。
だけど、さっきまでのちょっと変な空気が祓えて、俺はちょっと安心する。
流石にあの空気は、どうしていいかわからなかったし。
「さて。じゃあデザートも頂いてみるとするか」
「そうだね」
気を取り直し、お互いフォークやスプーンでそれぞれのデザートを口に運ぶ。
……うん。このいちごパフェ、いちごがちゃんと甘いし、かなり美味しいな。
綾乃のチーズケーキもよっぽど美味しかったんだろう。口に入れた瞬間目を丸くした後、そのままずっと至福感じる笑顔を見せている。
「これ、本当に美味しい」
「こっちも中々良かったよ。水族館の中にこれだけの喫茶店があるって、本当に凄いな」
「本当だね」
お互い笑顔でそんな感想を語っていると、ふと綾乃がこんな問いかけをしてきた。
「翔君って、チーズケーキは好き?」
「ん? 案外好きだけど」
「じゃあ、一口食べてみる?」
「え? ああ。貰えるなら」
「うん。いいよ」
そこまで言うと、また少し顔を赤らめた綾乃。
ん? どうしたんだろう……って、えっ!?
綾乃の様子を伺っていた俺は、次の瞬間。彼女のまさかの行動に目を丸くした。
「は、はい。あ、あーん」
そう。あいつはフォークでケーキを切り取ると、溢れないよう下に手を添えつつ、少しだけ身を乗り出し、そのまま俺の顔にそれを近づけたんだ。
顔は真っ赤。でも、表情は真剣。
こ、これって、そういう事だよな?
こんなイベントはキュンメモじゃなかったはず。だけどこれ、なまじスチルイベントよりやばいイベントだろ!?
お、俺達ってただの幼馴染だよな?
これは流石にやばくないか!?
だけど、ここから断るのも、流石に気まずいよな……。
理性と気遣いの狭間で揺れる俺。
頭の中でぐらぐらと揺れる天秤。
そして。それはかたんと一方に傾く。
……こ、ここは、覚悟を決めるか……。
一度生唾を飲み込んだ後、俺も少し前のめりになってケーキに顔を近づけると、かぷりと口に咥える。
少し近い綾乃が、緊張した顔でゆっくりとフォークを引き抜くのを見届けた後、俺は口に咥えていたケーキをゆっくりと頬張った。
濃厚……だよな?
味は……多分、美味しいと思う。
だけど、もう頭がそれどころじゃない。
顔が既に火照ってて、そっちの熱でふわふわしてる。
だって、綾乃にこんなのをされたんだぞ!? そりゃこうもなるって!
しかも、やり終えた彼女も顔を真っ赤にして俯いているし。
これで恋人じゃないって、流石にもう脳がバグりそうだ……。
「その、美味しい?」
「え? あ、ああ。うん。美味しいよ」
熱にほだされながら、俺は流れでそう答える。
ま、まあ、これで何とかあいつの機嫌は取れただろうから──。
「そっか。あの……できたら、そっちのいちごパフェも、少し貰えないかな?」
「……え?」
えっと、今何て言った?
パフェをあげる? 今?
未だ顔を真っ赤にした綾乃が、ちらちらと困ったように様子を伺ってくる。
これって……俺に、食べさせてくれって事だよな?
え、えっと、い、いいのか?
っていうか、男女って恋人同士じゃなくっても、こういう事するのか?
いや、そもそも普通にパフェを器ごと渡せば済む話じゃ?
俺がそこまでする必要──。
「だ、だめ……かな?」
ゔ……。
不安そうに答えを待つ彼女の目に、俺からでかけた否定や妥協の言葉が喉元で止まる。
……お、落ち着け。
これ。綾乃がいいんだったらいいんじゃないか?
俺が恥ずかしがるのがおかしいんだ。
男なんだし、ここはどっしり構えろ。
「い、いや。いいよ」
いいのか? 本当にいいのか?
いいんだろ? どんといけ!
まるで天使と悪魔が交錯するような疑問符ばかりの頭とは裏腹に、俺はゆっくりパフェの長いスプーンを手にすると、いちごとクリーム、ソフトクリームがバランス良く乗った所にスプーンの先を刺した。
ソフトクリームのせいで、持ち上げる時に少しもったりとする。
よく、突然見えている物がスローに見えるのってこういう時だろうか。
重くなったスプーンを持ち上げるのが、妙にゆっくりに感じる。
何とかスプーンを持ち上げ、さっきの綾乃に倣って構えると、緊張した面持ちの綾乃もまたごくりと唾を飲んだ後、少し顔を前に出す。
……い、いくぞ。
意を決して、俺はゆっくり綾乃の口にスプーンを近づけると、潤んだ唇同士が離れ、口がゆっくり開く。
そこに慎重にスプーンの先を入れると、彼女も 釣られるようにゆっくり口を閉じた。
……あ、綾乃が……パフェを、食べた……。
まるで動物園で動物に餌をあげた時のような、語彙力のない感想を頭に思い浮かべながら、俺は慎重にスプーンを引き抜く。
「……うん。こっちも美味しい」
口からスプーンが抜けたのを見て、少しもぐもぐとした綾乃は、顔を赤くしたまま、はにかみながらそう呟く。
「そ、そっか」
その破壊力がありすぎる可愛い彼女を見ながら、俺は惚けたまま自分でパフェを掬い、自分の口に放り込む。
さっきより冷たさや甘さを感じないのは、この状況のせいだ。
顔は今までになく熱いし、カップルですら勇気のいる行動が、脳を麻痺させてる。
「……ふふ。こういうの、小学生の時以来かな?」
「そ、そうだな」
ぼんやりとしたまま生返事した俺は、その予想外の設定にちょっとだけ冷静さを取り戻す。
っていうか、小学生の時ってそんなに親しかったのかよ。
それで何でそんな疎遠になってるんだって。
大体お前、これって間接キスしちゃう事に──あれ? 間接、キス?
口から出したスプーンの先。
よくよく見ると、少しだけ口紅の跡が付いてる……って、まじかよ!?
俺はそこにある現実に、頭が一気にショートした。
い、いや、こ、これはやばいって!
だ、だけど、綾乃は気にしてないのか!?
だとしたら、変に取り乱したらいけないよな!?
おおおおお、落ち着け!
俺はもう二十六だぞ!?
これ以上、こんな事でパニクってどうするんだよ!
あいつだって普通にケーキ食べ出してるんだ。
気にするな! 平常心! 平常心!
心を落ち着けるべく、俺はぐびっとコーヒーを口に入れたんだけど。
「んぐっ!? げほげほっ!」
「きゃっ! 翔君、大丈夫!?」
瞬間、気管支に飛び込んだコーヒーのせいで、俺はその場でむせてしまい、彼女に心配をかける羽目になったんだ。
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