第七話:勘違いしそうにもなるよなぁ……

「うわぁ。綺麗……」


 勘違いしないようにって思ってたって、この状況じゃ勘違いしそうにもなるよなぁ……。

 水族館の中に入った俺達は、薄暗い館内で照らし出される水槽を泳ぐ熱帯魚を見ながら、二人寄り添うくらいの距離で立っていた。


 っていうか、何で今日の水族館はこんなに混んでるんだよ。

 お陰で、俺達は今、バスの時くらい肩を寄せ合って歩く羽目になり。


「ごめんね。はぐれると怖いから、その……腕を組んでも、いいかな?」


 なんて、綾乃に恥ずかしそうに、だけど申し訳無さそうにお願いされたら、断れるわけもなく。

 結局俺達は、まるでカップルのように腕を組みながら、ゆっくりと館内を進んでいる。


 もうずっと、心臓のドキドキが収まらないし、顔もずっと火照ったまま。

 しかも、時折こっちに顔を向けてくる綾乃もはにかみ笑い。

 その恥ずかしそうな笑みが、より俺の心を揺さぶってくる。


 正直気持ちがふわふわしっぱなしで、足が地につかない。

 いや、だって。あの綾乃と腕を組んで歩いてるんだぞ!?

 あの伝説のゲーム、胸キュンメモリアルのヒロインとだぞ!?


 これまでは話をしながら、並んで歩いていただけだから、まだどうにでもなったけど。

 今、俺は腕を組んでるんだぞ!? 初めて彼女に触れているんだぞ!?


 渚とも手を繋いだりした事はある。

 だけど、やっぱり相手が相手

 渚には悪いけど、そこには彼女との時とは絶対的に違う、喜びと緊張があった。


 こんな薄暗い場所だから顔を見られずに済んでるけど、多分顔がにやけそうなのを必死に堪えてるから、今絶対変な顔してる。

 今日ばかりは、本気で水族館を選んで良かったな。良い意味でも、悪い意味でも……。


「ねえ。あの黒いエンゼルフィッシュみたいなお魚、見たことある?」


 やばっ。今は動揺してる場合じゃない。

 何とか大人の経験でごまかないと……。


「ああ。確か、まんま見た目通り、ブラックエンゼルフィッシュって名前だったかな」

「へー。詳しいんだね」

「そんな事ないって。こいつはインパクトがあって、たまたま覚えてただけだし」

「ううん。やっぱり翔君って凄いよ」


 たかだか熱帯魚の名前を一匹答えただけで、そこまで褒められるのもまた恥ずかしくって、俺は思わず目を泳がせる。

 隣からくすくすっという小さな笑い声が聞こえた後、


「それじゃ、次の水槽に行こう」


 楽しげな声で綾乃はそう言うと、優しく俺の腕を引いた。

 その感触が、改めて俺に綾乃とデートしてるっていう現実を与えてくる。


 と、とりあえず、歩幅は注意しないとな。

 俺は、彼女が歩く邪魔にならないよう気をつけながら、ゆっくりと歩を進めたんだ。


   ◆  ◇  ◆


 色々な水槽に、ペンギンショーやイルカショーなんかも堪能した俺と綾乃は、そのまま彼女が言っていた、水族館内にある喫茶店に入った。

 もっと混んでいるかなと思ったけど、意外にスムーズに店に入れて、しかも運がいいことに、席は噂の水槽の隣。


 水族館とはいえ、水槽ってもっと小さいかと思ったら、この水族館で最も大きな水槽に隣接していて見応えがある。


「最近できたって聞いたんだけど、こんなに凄いんだね」

「そうだな。正直ここまでとは思わなかったよ」


 既に注文を終えた俺達は、飲み物とデザートが来る間、水槽に目を向けていた。


 ちらりと横目に綾乃を見ると、彼女は感激したような恍惚の表情で、じっと水槽を泳ぐ魚を目で追っている。


 なんか、こういう表情も絵になるくらい可愛いよな。

 もう何度目かの感想を頭に思いながら、俺はずっとドキドキしたままの胸の内をごまかすように、視線を水槽に戻した。


「そういえば」


 ふと何かを思い出したのか。

 こっちを向いた彼女に、俺も顔を彼女に向ける。


「翔君。今度、学校帰りにうちに遊びに来ない?」

「え? 綾乃の家に?」

「うん。お母さんも久々に会いたいから、夕食でも一緒にって。どうかな?」


 中々に突然な申し出だけど、まあ綾乃からすれば普通のお誘いか。

 設定上は幼馴染だし、家族ぐるみで付き合いがあった事もある。

 そういう話であれば、彼女の両親だってきっと俺を知ってるわけだし。


 まあ、俺の家で二人っきりってわけじゃなきゃ、そこまで緊張もしないか。

 それに、ゲーム内じゃ設定はあっても登場はしていない綾乃のお母さん。この美少女の親がどんな人かもちょっと気になるしな。


「ああ、いいよ。久々にご挨拶もしたいし」

「ほんと? 良かったぁ。断られたら、お母さんに何て話せばいいかなって困ってたの」

「なんかごめん。気を遣わせちゃって」

「ううん。大丈夫だよ。それより、こっちこそ急でごめんね」

「いいよ。日付は後で教えてくれる? 平日なら大体大丈夫──」


 ……あ。

 そういえばダメな日もあるじゃないか。


「どうしたの?」

「ん? あ、ああ。ごめん、満月の日以外なら大丈夫だから」

「え?」


 急にきょとんとした綾乃。

 あれ? 何でこんな反応……って、ば、馬鹿! どんな説明してるんだって!


「あ、ご、ごめん! その、その日は友達と遊ぶ約束があるんだけど、手帳にメモした時に満月って書いてあったから、それで覚えちゃってて」


 慌てて、俺にとっては正しい、だけど他人に説明するには苦しい言い訳をすると、綾乃はしばらく唖然とした後、クスクスッと笑う。


「そうだったんだ。てっきり、満月になると翔君が狼になって、私を襲っちゃうからかな? なんて思っちゃった」


 その推測はハズレだけど、あながち間違ってる気がしないのが困り物。

 満月に吸血鬼の真祖に会うのだって、ある意味怪物絡みだし。


 でも、今の例えは……。

 頭に想像してしまったある光景に、俺はちょっと苦笑してしまった。


「綾乃」

「何?」

「その例えは、あんまり良くないかも」

「え? 何で?」

「いや。だってそれを笑顔で言ってたら、その……まるで、俺に襲われたい、みたいに聞こえるだろ?」


 流石に後半は口にするのも恥ずかしくなり、周囲に聞こえないよう警戒しつつ、口に手を当て小声で伝えたんだけど。それを聞いた瞬間、彼女はポンッと顔を赤くすると、そのままもじもじとする。


「ご、ごめんね。そ、そういうつもりはなかったんだけど……翔君、傷ついた?」

「あ、いや。その……そ、そんな事はないよ。ただ、他の人が聞いたら、変に勘違いしそうかなーって」

「そ、そうだよね……」


 今日一顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに俯く綾乃。

 それもまた可愛いんだけど、それ以上この反応を見て、彼女が内心それでもいいと思ってるんじゃないかと変に邪推してしまい、俺も釣られてその場で真っ赤になり、あらぬ方向を見ながら頬を掻く事しかできなくなっていた。

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