第十二話:正直、苦手なんだよなぁ……

 しかし、残ったヒロインはあの子か……。

 正直、苦手なんだよなぁ……。


 ベッドに横になったまま、俺は無意識にため息を漏らす。


 綺羅澤きらさわなぎさ

 俺や綾乃、エリーナの同級生である彼女を一言で表すなら、間違いなくギャルだ。


 ギャルと言えば陽キャの代名詞。

 とはいえ、昔のゲーム故か。そこまで言葉遣いがギャルかというと控えめ。

 だけど、行動力と積極性の塊な所はやっぱりギャルだったし、好感度が低い内は言葉も中々に辛辣でさ。


 好感度が上がるとベタ惚れってくらい変貌するんだけど、そういう展開も含めて何か苦手なんだ。キャラ的に可愛げはあるんだけどね……。


 個人的には避けたいキャラ。

 だけど、フラグがおかしい現状、雑学ステータスも上がってるっぽいし、こうなると避けようがない。


 ……避けようがないのかぁ。

 俺はまた自然とため息を漏らす。


 いや、だってさ。

 本来のキュンメモなら、出会いイベントさえ起こさなければ、そのキャラと会わずに済むわけで。一度も雑学を意図して上げなければ、渚に一切関わる事なく、ゲームを進めるって調整も可能。

 だけど出会ってしまえば、ランダムで発生する通常イベントがあるから、結局何らかしか関係する事になるんだよ。


 ……って、待てよ?

 好感度がある程度上がってるなら、あまり辛辣な言葉は掛けられずに済むんじゃないか?

 その分、渚の積極性に翻弄はされそうだけど、そこは何とかスチルイベントだけでもフラグを回避すれば……。


 そんな淡い期待を持つものの、やっぱり好みの壁っていうのは根が深い。

 ベタ惚れ展開だけ味わえるかもしれないけど、この先何があって好感度が下がるかもわからないんだ。そんなに甘いもんじゃないだろ、なんてネガティブに考えてしまう。


 ……今日は休んで、平日の出会いイベントにするか。

 それとも、諦めて今日出会っておくか。


 ……そういや、渚の休日イベントって何処で何が起きたっけ?

 もう十年くらい前だし、できる限り攻略を避けた相手なのもあって、スチルイベントすらまともに覚えてないんだよなぁ。

 って、これじゃスチルイベントの回避すら困難じゃないか!


 ……まあいいや。

 もうそこは割り切るとして。


 適当にぶらつき回ったら出会えるだろうか?

 でもそれも非効率だよなぁ。だったら平日の出会いイベントに回した方が楽か?

 でも、そっちは流石に出会いを覚えてるんだけど、それはそれで微妙なんだよなぁ。

 平日の出会いイベントは至極シンプルなんだけど、変に日数が掛かるから。


 序盤二度くらい、ただ廊下でぶつかって謝られるだけで、三度目の激突でやっと出会いイベントに発展って流れだけど、それぞれは全て別の週で処理される。つまり平日の渚の出会いイベントを終えるには、最速でも三週間は掛かるんだ。


 正直、登場させようとするなら非効率。

 だけど、休日のより広がる選択肢を捨てるよりマシって思ってたから、綾乃狙いの時におまけで渚を出さざるを得ない時は、ほとんどそっちで出会ってた。

 そのせいで、すっかり彼女の休日の出会いイベントの発生場所が思い出せないってわけ。


 ちなみに親父曰く、当時ファンの間でも扱いだったらしい。

 まあ、そりゃあれだけぶつかられたら、そうも呼ばれるだろう。


 ……うーん。

 悩みに悩んだ末、俺はベッドから立ち上がると、雑学ステータスの上がるファッション誌をリュックに詰めた。


 どうせ、このゲームのデートスポットの場所も確認しておきたかったし。

 そのついでに、イベントが発動するならラッキー。何も起こらなきゃ、平日の出会いイベントに任せる。

 何となく、それくらいふわっとした感じでいいかってのが俺の答えだ。


 って事で、俺はそのまま軽く身嗜みだけ整え、パジャマからジャケットとスウェットに着替えると、軽い気持ちで外に出かけたんだ。


   ◆  ◇  ◆


 植物園、動物園。水族館にスタジアム。

 夏なら泳げる海やプール。冬ならではのスケート場にスキー場。

 昨日行った図書館や中央公園。

 さらに、遊園地にショッピングモールに映画館。

 美術館にゲームセンター。ボーリング場にカラオケまで。


 昨日も移動しながら感じたけど、何気にこの夢乃市って交通機関が充実してるし、ある程度の施設を近間に集めてる事もあって、短時間で多くのスポットの入り口や門の前に移動できるんだな。


 デート当日でも遊びに行くには困らないくらい効率化された配置なあたり、恐ろしくゲーム世界を再現してて凄いなと思う。

 お陰で、午後一にはショッピングモール付近の施設を残して、大体回れちゃったんだけど……。


 残すはショッピングモール内のお店と、カラオケ、映画館、ゲーセン、ボーリング場くらいか。

 まあこの辺も大概モール内をふらついていたら、それぞれの店の前まで行ける。

 そういう意味じゃ、今日で場所や移動方法が大体把握できたし良かったかな。


 ちなみに、ここまでで渚との出会いは特にない。

 流石にステータスが足りないって事はないだろうけど、多分ギャル相手ならこういう場所でイベントが起こるような気もするけど。


 とはいえ、流石に休みのショッピングモール。

 辺りには多くの人がいるし、人の流れもある。こんな所でイベントが起きるようにも感じないし、どこかの店とかに入ったらになるんだろうか。


 とりあえず、まずは見て回る前に適当に上のレストラン街で遅い昼食でも取るとするか。

 きょろきょろと周囲を見回しながらショッピングモールの一階を歩いた俺は、そのまま近くにあった小さなエレベーターホールまで行くと、一人のんびりドアの前でエレベーターが下りてくるのを待つ。


 ……あれ? この状況、何か変じゃないか?

 いや、今日は間違いなく人で混雑してる。だからこそ、エレベーター待ちだって結構人がいるかと思ったんだけど、今は俺以外、誰もエレベーター待ちをしていない。


 これって偶然、か?

 ちょっとした違和感と、何となく感じた胸騒ぎ。


  チーン


 それをかき消すエレベーターの到着音にはっとして、自然にドアの前を開けるために横に逸れる。

 そして、エレベーターのドアが空いた瞬間。ぎゅうぎゅう詰めになっていた人達が、一気にどわーっと下りてきた。


「きゃぁっ!」

「うわっ!?」


 と、突然その人の波から、勢いよく弾き出された誰かが俺にぶつかる。


「いってっ!」


 突然のことに受け身も取れず、勢いよく床に背中を叩きつけられた時に走った痛みに、思わず顔をしかめ目を閉じたんだけど。同時に俺が両手に感じたのは、痛みとは真逆の、恐ろしく柔らかな感触だった。

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