第十一話:バッチリっすね
「これでバッチリっすね」
「そうだな」
何とか俺の携帯の連絡帳にも、詩音の連絡先を登録できた。
まあ、ほぼほぼ彼女のお陰だし、頭が上がらないけど。
「何かごめん。色々手間ばっかりかけて」
「いいっすよ。その分、お詫びは奮発させてもらいますんで」
「お、おいおい! それとこれとは別だからな! じゃないと、俺が颯斗にどやされるだろ!?」
「あははっ。大丈夫っすよ。兄貴はそこまで心狭くないですから。もしそんな事言ってきたら、僕がガツンと言っときますよ。『そんな事言うから、彼女できないんだぞ』って」
俺の素のリアクションに、楽しげに笑う詩音。
本気でお詫びを奮発しないか心配になる俺の顔を見て、少し優しい顔になる。
「大丈夫っすよ。先輩に変に気を遣わせたくないんで。そこは約束します」
「本当に?」
「本当ですって。出会ったばかりでこんな事言うのも変ですけど、信じてください」
「まあ、颯斗の妹さんだもんな。信じとくよ」
なんて言ったものの、俺はまだ颯斗とはそこまでの信頼関係は持ってないし、実際のキュンメモでも、そこまであいつに世話になる展開はない。
何より、同じクラスになってまだ一週間。
純粋な日数だとたった二日しか会ってないし、そんな言い方をする間柄でもないけれど、少しは兄貴の株を上げておいてやるか。
「ワンワン!」
と。柵に括り付けていたワン吉が吠える声が聞こえて、詩音がしまったって顔をする。
「あいつもそろそろじっとできなくなってるし、そろそろ行かないと」
「そっか。先に俺が離れてもいいか? またさっきみたいな事になってもだし」
「あー。そうっすね。その方がいいと思います」
平然と返したように見えるけど、実際の彼女の心底がっかりした顔を見逃さない。
正直申し訳なくも感じるけど、だからってこんな汚れた格好でずっと一緒ってのもどうかと思うしな。
「それじゃ。颯斗にもよろしく」
「はい。来週忘れないでくださいね! 金曜に電話しますから!」
「ああ。じゃあ、また」
「はい!」
彼女に小さく手を振ると、俺は振り返らずにそのまま公園を歩き出す。
そして、そのまま公園を出た後、詩音の姿が見えなくなったのを確認すると、一度足を止め、ほっと一息
まるで、どこぞの狩りゲーの大連続狩猟クエストばりの、連続したヒロインとの遭遇。
女子とこういう経験がなかったとはいえ、ゲームの知識があったから何とかなった。
けど、フラグがおかしいせいで困る事も多いし、ワン吉のせいもあったとはいえ、本気でもうヘトヘト。
今日はこれ以上は勘弁って感じだ。
まあ、エリーナと沙友理の時よりリラックスできた詩音との会話は、ちょっと気持ちが楽だった。でも、これで来週は彼女とのイベントなんだよな。
正直それはそれでまた大変そうだけど、何とか乗り切るかか。
一応、明日は日曜。
まだ残りの出会いイベントを消化できなくもないけど、ここまできたらすぐに出会えるのはあと一人だけだし、急ぐ意味もあんまりないんだよな。
どうせ彼女もフラグがおかしそうだし。
まあ明日の事は明日考えるとして。服も汚れてるんだし、今日はもう家に帰るとするか。
俺はやっと得た独りの時間に安堵しながら、ゆっくりと家路に着いた。
◆ ◇ ◆
家に帰った俺が、さっさと服を着替えて風呂と晩飯を済ませてベッドに横になると、一気に眠気が襲ってきて、気づけばあっさりと翌日の朝になった。
土曜日同様、各種ステータス強化のアイテムが机に乗っているけど、一旦それらには手を付けず、ベットに寝転がり考え事をする。
理由は単純。少し昨日の検証結果を振り返りたかったからだ。
ゲーム開始から一度も強化していなかった文系ステータス。だけど、エリーナとの出会いイベントは起きた。
また、詩音のオーラがあるって発言なんかを鑑みると、やっぱり俺のステータスは既にある程度上がっているはず。
そして、ゲームのシステムながら、やっぱりリアル寄りで自由に動ける関係からか。休日イベントを重ねる事もできた。
まあ、とはいえデートを同じ日に二つ消化するようなテクニックなんて俺にはないから、ここは参考までって感じかな。
そして、同じ理由で会話の自由度が高過ぎるし、フラグがおかしいのもあって、予想外の会話がちょこちょこ起こる。
これはもうある程度覚悟しなきゃいけないけど、逆を返せばイベント自体の流れはまあまあゲーム寄り。
だから、意図してスチルイベントなんかを起こす事もできそうではある。
とはいえ、流石に全員の全イベントを覚えているかというと、発生条件以前に、一部キャラのイベントなんてさっぱり抜け落ちてるのが困り物。
個人的にイベントを起こしたいからってより、避けたいのに誤って発生させるかもってのが嫌なんだ。
実際そういうイベントほど、やっぱり恥ずかしくなるような展開や台詞も増えるから、俺が困るってのが理由なんだけど。
あと、何かを選択すると、本来のキュンメモ同様、他の一部の選択肢は取れないってのも、ちょっと分かってきた。
実は昨日、家路に戻る最中や寝る前にも、綾乃に電話をかけてみた。
だけど、結局留守電や話し中になるだけで、彼女と直接話せる機会は得られなかった。
リアルで考えると、好感度があれだけ上がっている綾乃が、俺の電話の着信履歴を見逃すはずはないんだけど、だからといって折り返しもなかったし、何より電話に出ずに終わっている。
多分これは、俺がステータス強化を選択した事で、ゲームでいう他の選択は選べない状態にされたんだと思う。
多分、今日綾乃をデートに誘い、更にエリーナをデートに誘おうとすれば、きっとエリーナにも、他のヒロインにも電話は繋がらないはずだ。
実際もゲームでも、休みに誰かをデートに誘えるのは一人だけだし、それをしたら休みは終了だったし。
あ。ちなみにやっぱりというか、エリーナの連絡先も既に携帯に登録されていた。
詩音だけあれだけ手間取ったのは何だったんだって気持ちにもなるけど、まあこれはイベント上仕方ないんだろう。
……こう整理してみると、本当にこの世界は変だ。
ゲームらしいルールと、リアル故の融通が効く展開。
それらが融合した感じが奇妙っていうか、揺らぎがあるっていうか。
もしかすると、この世界を創った人は、知っているシステムだけしっかり組み込んで、それ以外はなぁなぁに済ませたりしてないか?
知らない部分はとりあえずリアルに寄せとこう、みたいな。
もし自分が神様なら、これだけリアル寄りなんだし、キャラだけ用意して後は完全リアルな日常に任せちゃうけどなぁ。
その方がどんな行動を取るか、見てて面白そうだし。
……なんて、考えても始まらないか。
そもそもそんな創造神みたいな人がいるのかすらわからないし、今は今日の事だけ考えよう。
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