第十話:やっぱダメです

「……やっぱダメです。せめてお詫びに、ご飯くらい奢らせてください」


 考え抜いた詩音の出した答えを聞き、俺は自然と肩を竦める。

 やっぱりそっち寄りに転ぶのか。流石に連絡先を教えず、その後の関係を持たないってのは無理っぽそうだ。


 まあ、今日はちょっと色々あって疲れてるし、詩音には悪いけど、後はささっと流して終わるとするか。


「うーん……。わかった。じゃあ、連絡先を交換しよっか」

「本当ですか?」

「その代わり、間違ってもお高い店なんて選ばないこと」

「は、はい!」


 さっきまでの不安そうな顔から一点、まるで向日葵ひまわりのような笑顔を咲かせる彼女を見て、この子もやっぱりヒロインなんだなって再認識する。

 とりあえずスマホ……って、そうか。今はガラケーだけなんだよな。

 使い方は何とかなる、か?


 ポケットに閉まっていた携帯電話を取り出すと、俺はメニューを一生懸命弄ってみた。

 電話の発信、着信こそ直感的にできたけど、連絡帳の登録の仕方とか、メニューの出し方とかもあんまり覚えてない。


 こっちでメニュー選択して……って、これ戻るボタンかよ!?

 えっと、じゃあこっちから……って、何でメールを開いてるんだって!


 なにげにショートカットキーが多くて、さっきから望んだ物が中々開かない。

 っていうかこいつの操作、癖ありすぎだろって。


 俺が携帯電話とにらめっこしていると。


「お兄さん、顔が変な事になってますよ」


 なんて、くすくす笑われる始末。

 これでもここに来る前はIT関係の仕事をしてるし機械音痴ってことはないんだけど、流石に古いやつはな……。

 思わず頭を掻くと。


「僕が教えますね」


 なんて言って、詩音が俺と同じようにガラケーを構えた。


「まずは着信させて履歴を残しちゃいましょっか。お兄さんの電話番号ってわかります?」

「ああ。多分、これ?」

「ですね。ちょっと待ってください」


 画面に出した電話番号を見ると、彼女は手慣れた動きで携帯電話の画面を切り替え、ささっと電話したり、連絡帳に登録する準備をしたりしてる。

 へー。流石に手慣れてるな。流石は現役か。


「あの、名前いいですか?」

「あ、そうだった。俺、朝倉翔。君は?」

「葛城詩音です、けど……朝倉、翔?」


 俺の名前に首を傾げる詩音。

 確かこんな会話の流れじゃなかったはずだけど、どうせ颯斗から聞いたって展開になるんだろうし、だったら話が早い。


「葛城……って事は、もしかしてお兄さん、颯斗って名前だったりする?」


 颯斗の名前を出して、さらっとこの出会いイベントを終わらせる方向で考えてたんだけど、詩音が続けた言葉は、俺の首を傾げさせるのに十分だった。


「あ、はい。ってことはもしかして、あなたが朝倉翔先輩ですか!?」

「……ん? 噂の?」 


 あれ? 詩音との休日イベントで、主人公が噂される話なんてあったっけ?

 俺が忘れてるだけ……あ。

 そういや、周囲の好感度が上がってくると、颯斗が羨ましがるイベントがあった気がする。


 例えば、エリーナと好感度が上がると。


  ──「お前、最近あのお嬢様と仲いいよな? いいよなー。俺も誰かとお近づきになりたいぜー」


 沙友理と好感度が上がると。


  ──「お前、最近あの風紀委員の先輩と仲いいよな? いいよなー。俺も誰かとお近づきになりたいぜー」


 といった具合に、女子を示す例え以外は全く同じ台詞を言うあれだ。

 確か綾乃の時には『学校一の美少女』って謳い文句でイベントがあったけど、あれに関係するのか?


 頭で考えても、勿論正解なんてない。

 そして、そんな疑問なんて関係なしに、詩音はこんな事を口にする。


「はい。兄貴が言ってたんですよ。『学校一の美少女と幼馴染』だって話題になってるって」

「へ? 本当に?」

「ええ。でも、こんなイケメンだったんすね!」


 にっこにっこと俺を見る詩音。

 っていうか、急に馴れ馴れしくなったけど、今の会話で好感度が上がる要素なんて何もないよな?

 それに、颯斗が妹にそんな話をするイベントまではなかった気がする。

 つまり、これも既にからこその会話──いや。それも関係するけど、確か彼女のエンディングで、主人公に一目惚れなんて口にしてた気がするから、その影響かもしれない。


 とはいえ、イケメンねぇ……。

 今の外見は、前髪を上げて眼鏡を外しているとはいえ、リアルな高校時代の俺。

 当時、女子にイケメンやらかっこいいなんて、口にされた事まったくないんだけど。


「あのさ。俺のどこがイケメンなんだ?」


 思わず素でそう返すと、「えっ?」という顔をした詩音が、思わず肩を竦める。


「先輩わかってないんすか? が全然違いますよ?」

「オーラ……」

「ええ。僕が見ても先輩、めちゃめちゃ格好いいオーラが出てますよ。だからきっと、ワン吉にも好かれたんですね」

「い、いや。流石にそれはないと思うけど……」


 オーラって言葉だけで犬に好かれるっていう、そこまでのトンデモ理論を提唱されても困る。

 ただ、この表現って事は、雑学ステータスが高いのはまず間違いないか……。


 今思い出したんだけど、この『オーラが違う』発言は、雑学ステータスが一定を超えると、各ヒロインのちょっとした通常イベントがあるんだけど、詩音の場合には、今回のに似た台詞があったはずだ。


  ──『先輩、何か最近オーラが変わりました?』


 確か、こんなだったかな?


 今回の詩音の会話でそれが出たのも、ある意味システム的な台詞のはず。

 だけど、リアルで女子に褒められた記憶がないからこそ、そうさらりと割り切れないし、正直気恥ずかしさがヤバイ。


「ちなみ、翔先輩って彼女はいるんですか?」

「え? いや、特に」

「噂の幼馴染の先輩とは?」

「いや。幼馴染なだけだし、高校で再会したばかりだから」

「ふーん。そうっすか……」


 突然の質問に、思わず自然に事実を返すと、詩音の俺を見る目が変わった気がする。若干頬も赤らめてるし……。


「先輩。今度の土曜日、お詫びにご飯を奢らせてくれませんか?」

「え? 来週?」

「はい。その日なら部活もないんで」


 彼女らしい笑みは鳴りを潜め、ちょっと様子見するように上目遣いになる詩音。

 俺の中じゃ、キュンメモ時代にそこまで惹かれなかった子。

 だからこそ、もう少し平静でいられるかと思ったけど、流石にこれにはドキっとさせられる。リアルのヒロイン、恐るべし……。


「うーん……」


 ちょっと顎に手を当て考える。

 確かこの食事イベントは、一応通常デートイベント扱いだった記憶がある。スチルなしのイベントだからこそ、ゲームだとさらっと終わるはずだけど、リアルだとそうもいかないんだよなぁ……。


 よくよく考えると、彼女を始め、他のヒロインともこれからこんなイベントをこなしていかなきゃいけないんだろ?

 正直経験のない俺がどうにか機嫌を損ねず乗り切れるかもわからないし、そもそもデートなんて経験もない。


 ちらりと詩音を見ると、少し不安そうな顔をしてる。

 断られるんじゃないかって顔か……。断って落ち込んだ顔を見る事になると、ちょっと罪悪感があるかも……。


 ……よし。考え方を変えよう。

 正直他のヒロインに比べれば、詩音と接するのにそこまで緊張はしてない。

 好感度が上がってるとはいえ、まだ自然に振る舞えそうだし、悪いけど彼女にはデートの練習台になってもらおう。

 うん。そうだ。そうしよう。


「……わかった。その代わり、場所はまかせてもいい? 勿論最初に言った通り、やすいお店で」

「ほんとですか!? わかりました! 前日には待ち合わせ場所をメールしますね!」


 凄く嬉しそうな笑顔を見せる詩音。

 これはこれで彼女の魅力。そして、やっぱりヒロインなんだなって感じさせる。

 っと。忘れてた。


「っていうか、まだ連絡先の交換、終わってないよな?」

「あっ! そうっすね! ちゃちゃっと続きをやっちゃいましょう」


 俺の指摘にはっとした詩音が、慌てて俺の情報を携帯に登録した後、さっきの続きを進めていく。

 そして、手際の良い彼女のお陰で無事、連絡先の交換が済んだんだ。

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