第十三話:これって……まさか……
むにっ
こ、これって……まさか……。
俺が恐る恐る目を開くと、目の前にあったのは、俺に覆いかぶさったまま顔を真っ赤にしてわなわなと震える、セミロングの茶髪をした美少女がいた。
同時に目に留まった物。それは、デニムジャケットの下のキャミソール越しに、大きめの胸を鷲掴みにしちゃっている俺の手。
「……こ、こここ……この、変態!」
パシーン!
「いってーっ!」
さっきとは別の、より強い痛みが頬に走り、一気に彼女から視線を逸らされる。
すぐに手にあった感触が消えた直後、
「この馬鹿! 変態! エロ男!」
俺に馬乗りになったままの彼女から、様々な罵声が浴びせられた。
ちらりと横目に見ると、顔を真っ赤にして激昂する美少女……って、この髪型にこの顔、まさか綺羅澤渚か!?
た、確かにスタイルがいい設定だったし、胸も大きかった……じゃなくって!
混乱する頭の中、ジンジンとする頬を手で擦った瞬間、ふと過ぎった記憶があった。
……思い出した。
こいつとの休日の出会いイベントって、ゲーム内で最も理不尽な強制イベントだったじゃないか。
出会い方は今俺が経験した通り。
だけど、当たり前だけどこんな事をされて、好感度が高まる女子なんていない。
そのせいで、このゲーム開始時の好感度『普通』より下、一番低い『嫌い』からゲームを始めさせられるという、恐ろしい出会いを経験させられるんだ。
つまりこの瞬間、俺は渚にさいっこうに嫌われたはず……。
「な、何とか言いなさいよ! この変態!」
……あれ?
確かに彼女は怒っているし、顔だって真っ赤。
だけど、記憶に蘇ったイベントは、さっきの罵声を残して渚が去って行って終わり、後日学校で再会した瞬間、『変質者』というあだ名を頂戴するはず……って、ほんと酷いな。
だけど、彼女は馬乗りになったまま背筋を延ばし、両腕を組んでこっちにちらちらと目を向けてくる。まるで様子を伺ってるように。
腕組みのせいでより胸が強調されてる……って話は今は置いておくとして。もうこの時点で展開がイレギュラー過ぎて、何か考えも浮かばない。
……ったく。もういいや。
どうせそんなに興味のないサブヒロイン。なるようになれだ!
俺は仰向けのまま、馬乗りしたままの渚に向き直る。
「ご、ごめん! でも、今のは好きでやったわけじゃ──」
「ごめんで済むわけ無いじゃん! 勝手に私の胸を揉んでおいてさー!」
「不可抗力だって! だいたいエレベーターから出てきた奴が、急にこっちに飛び込んでくるなんて思ってないし! 偶然俺が下敷きにならなきゃ、お前そのまま顔とか打ってたかもしれないんだぞ!?」
「しょ、しょうがないじゃん! あたしだって押し出されちゃっただけだしー? あたしを助けられたんじゃん。むしろ感謝してほしいっていうかー?」
「あのなぁ! 何でこの状況で俺が感謝しなきゃいけないんだよ!? 普通は逆だろって!」
「ゔ……あ、あんただって、む、胸触れたじゃん?」
「だから不可抗力だって言ったろ! そもそもこっちは別に、あんたが嫌がることして楽しむ趣味なんてないんだよ! それでなくたって、偶然とはいえ庇う形になって、背中まで打ってるのに! それで頬まで叩かれて罵られてるとか、最悪だっての!」
怒りに任せてバカ正直に本音を叩きつけると、流石にぐうの音も出なくなったのか。渚が口を尖らせたまま目を泳がせる。
ちょっとその仕草が可愛く見えたけど、だからって俺のムカムカが消えるわけじゃ──。
「た、確かに、そうかも。その……ご、ごめん……」
──消えた。
っていうか、まだ表情はツンツンしてるけど、恥ずかしそうな反応に、こっちも内心ドキッとさせられる。
「あ、うん。その、ごめん。こっちも、ちょっと言い過ぎた」
「えっと、いいよ。その……お互い、様だし……」
急にしおらしくなった渚の困ったような表情は、思ったより破壊力がある。
……これを見てるだけで、気恥ずかしさが一気に加速する。って、今考えたら、この体勢なのも相当にヤバイ。
何故かまたここには俺達しかいないし、周囲の目もまったく集まってない。
どれだけ都合がいいんだよって気持ちもそうだけど、そもそも二人っきりでこの状況ってのは理性が削られる。
「あ、あの。そ、そろそろ、どいてもらっていいか? 流石にずっとこの体勢は、ちょっと……」
「……あっ! ご、ごめんっ!」
はっとして口に手を当てた渚が、慌てて俺の体からどいてくれる。
……ほっ。
流石にあのままだったら、色々と我慢が大変だったし。
体を起こして確認してみると、この間ワン吉に倒された時同様、体の痛みはない。
さっきは結構痛みがあった気がするんだけど、それだけやっぱり頑丈って事か。
まあ、頬だけは未だヒリヒリしてるけど……痛た……。
「だ、大丈夫? やっぱ痛む?」
まだ痛む頬を自然に摩っていると、俺の前でしゃがみ込んだ渚が心配そうにこっちを覗き込んでくる。
って、キャミソールから胸の谷間が見えてるし、デニムのミニスカートの方も、下着は見えてはいないけど生足に目がいっちゃってやばい。
と、とにかく、渚の顔だけ見てごまかさないと。
「あ、まあ少しヒリヒリするけど、大丈夫」
「そっか。ほんとごめん……」
「い、いや。まあ、不可抗力とはいえ、触る物触っちゃったし。やっぱり、そういうのは普通に嫌だろ? 仕方ないって」
「まー、そりゃ嫌だけどさー。でも、思わず手加減なしでいっちゃったしさー」
「いいよ。互いに予想外だったんだし、嫌な思いをしたかもしれないけど、それは、その、さっきのこれでチャラにしてくれれば」
その場で立ち上がった俺が頬を指差し笑いかけると、釣られて渚もばっと立ち上がり。
「そんなんダメっしょ!」
と、俺の前にぐぐっと前のめりに迫ってきた。
って、何で!?
「は? どうして?」
「決まってんじゃん! お礼とかしたいしさー」
「そんなのいいって」
「ダメダメ! ね? 名前は?」
「え、えっと、翔。朝倉翔」
「翔かー。じゃー、
陽キャらしい笑顔と圧に押され、思わず名前を名乗ったら、あっさり自己紹介が終わってた。
しかも、『翔っち』って……。
確かゲームだと好感度が上がればあだ名の呼び方を変えてもらえた気がするけど。最初に選択肢で、どう呼んでもらうか決めるってのがあった気がするんだよなぁ。
選択肢は流石に飛ばされたって事なのか?
ただ、訂正するのもちょっと面倒だし、もうこれでいいや。
後は彼女の事をどう呼ぶかだけど……まあ、無難にいくか。
「わかった。じゃあ綺羅澤さんって──」
「ぶっぶー! そんなのダメに決まってんじゃん! いーい? あたしは渚。本名で呼ぶならそう呼ぶ事! さん付けなんて余所余所しいからダメだかんね!」
さっきまでの笑顔から、両手を腰に当てまた不満そうな顔をする渚。
っていうかさ。
自分で好きに呼んでいいって言ったじゃないか。
そんな不満はあったんだけど、さっきまであった怒りが収まったせいで、言い返すだけの気持ちが生まれない。
人差し指を立て、俺に言い聞かせるように話す彼女の圧は、やっぱりちょっと苦手で、思わずひきつった笑いを見せる事しかできない。
まあ、仕方ない。
「わかったよ。渚でいい?」
「おっけー!」
諦めて俺が言われた通りに名前を呼ぶと、ころっと笑顔に変わった彼女が──へ?
「じゃ、翔っち。行こ?」
「ちょ、ちょっと!」
突然俺の片手に絡まると、そのまま引っ張って行こうとする。
って、柔らかいのが腕に当たってる! 当たってるって!
「ど、何処に行く気!?」
「あたしまだお昼食べてないからさー。お礼するから一緒に行こ?」
「い、いや! だ、大丈夫だから!」
「だめでーす! あたしの胸触っといて、逃げるなんて言わせないよー?」
「にしても、何で腕組んでるんだって! む、胸当たってるんだぞ!?」
思わず真実を突きつけて牽制すると、彼女はそれに気づいて顔を真っ赤にして──にんまりとした?
「もー。翔っちのエッチー」
「ち、違うって! そっちが当ててきてるだろ!」
「でもー、気になっちゃうんでしょ?」
「馬鹿! そっちの事を気づかって、教えてやっただけだって!」
「あははっ。やっさしー。まーでもー、また襲われたらいけないしー、これで我慢したげる。じゃ、行こっ!」
ケラケラと笑った渚は、腕から離れると、俺の手に自分の手を絡め、ぎゅっと握ってきた。
って、これって俗に言う、伝説の恋人繋ぎってやつじゃないのか!?
「ちょ! 待っ!」
「待ちませーん! あたしお腹ペッコペコだもーん」
チーン
頬を赤らめたまま、悪戯っぽい笑みを浮かべる渚に困惑する中、俺はなすがまま、空気を読んだかのようにタイミングよく到着したエレベーターに引っ張り込まれたんだ。
……やっぱ俺、この子が苦手だわ……。
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