第十四話:ちょっと、聞いてもいいかな?
あの後、渚に引っ張られて到着した一軒のレストラン。
低価格ながらイタリア料理を味わえるレストラン、サイゼリーアって店らしいんだけど、そこに入ってすぐ渚に注文を促され、なすがままに注文を終えた。
「ちょっと、聞いてもいいかな?」
ドリンクバーからそれぞれの飲み物を持ってきて、一段落ついた所で俺がそう尋ねると、渚はにっこにっこしながらテーブルに頬杖を突く。
「いーよ。どうしたの?」
「あ、いや、その……。さっき、間違って胸触っちゃったろ?」
「うん。あ、もしかしてー。また触らせてなんて──」
「言わない言わない!」
あーもうっ!
完全にペースを握られまくりじゃないか!
お陰でこっちは、恥ずかしさでずっと顔が真っ赤だ。
攻略上、渚を避け続けてたからはっきり思い出せないんだけど、こんなに色仕掛けじみた事ばっかりするキャラだったか!? ったく……。
「そ。そうじゃなくって。あれってビンタするくらい嫌だったんだろ?」
「そりゃーねー」
「じゃあ、何ですぐ逃げなかったんだ?」
敢えてそんな事を確認したのは、純粋に理由が知りたかったからだ。
俺の知っている展開から程遠い現状。
ここまで距離感が近くなってる以上、好感度最悪って事は無いと思う。
だとしても、偶然とはいえ胸を触られたんだ。嫌悪もあったなら、本来のイベントのように怒って去って行くとか、それこそ警察呼ぶとか叫んで人を呼ぶとかしたっておかしくなかったはずだ。
でも実際には、俺に馬乗りになったままこっちの反応を待ってた。
彼女にとってあそこまでの事があったのに、何でそうなったのか。それが妙に気になったんだ。
「あー。あれねー」
頬杖を突いたまま、その時の事を思い出した渚は、さらりとこう言った。
「翔っちが格好良くってー、めちゃめちゃ好みだったから」
「……は?」
「は? じゃないってー。翔っち、めっちゃ格好いいじゃん。だからそのまま離れるの、何か勿体ないなーって」
ちょっとだけ口を尖らせ、顔を赤らめた渚が俺から視線を逸らす。
格好いいって……と呆れそうになったけど、そうだよな。俺が、じゃない。俺の雑学ステータスが高いからだ。
そうだ。
オーラだ。オーラ理論。
「まー、勿論そのまま更に、抱きつかれたり胸揉まれ続けたりとかされてたら、あたしだって人呼んでたと思うけどー。翔っち、めっちゃまともな事言ってたし、あたしの事許してくれたし? しかも、わざとじゃなかったのに、胸触ったのも謝ってくれたじゃん」
「ま、まあ」
「だから結果オーライだし、出会えて大ラッキーって感じ」
と。突然頬杖を止め、テーブル越しにずずいっと顔を寄せる渚。
腕をテーブルに横にしてるせいでまた胸が強調されて、また目のやり場に困る。
ほんと、天然なのか計算づくかはわからないけど、天真爛漫っぽさが色々ヤバイ。
「そういや、翔っちって何歳?」
「年? えっと、十五だけど」
「うっそっ!? あたしと同い年じゃん! 何高?」
「夢乃高校」
「マジでー!? チョーアガるし、めっちゃ運命感じちゃうじゃん!」
運命ねぇ……。
盛り上がる渚と対照的に、内心妙に冷静になる。
いや、だって。結局俺はシステム上いつかは彼女に出会ってたわけだしさ。
偶然出会ったってわけじゃないし、それを運命とか言われると、ねぇ……。
「その、運命かは、わからないけど。あ、ちなみに、できたら今日胸を触っちゃった事、誰にも言わないでほしいんだけど……」
「あったりまえじゃん! 翔っちが変態呼ばわりされるの絶対嫌だし。ちゃんと内緒にしとくから!」
「ありがとう」
「でもー、その代わりー」
と、渚が急に意味深な笑みを浮かべこっちを見る。
な、何だろ。性格的に何か無理強いしてこないか心配だけど……。
「あたしと、友達になろ?」
「と、友達?」
「そ。折角出会ったんだしー、また一緒に遊び行ったりしよ?」
……正直、断りたい気持ちでいっぱい。
だって、絶対振り回されるだけだし。
でも、断って嫌われるならまだしも、またきつい事を言われる勇気も正直ない。
怒って言い返しこそしたけど、辛辣な言葉をかけられるって辛いんだよ。
社会人ともなると、そういう経験も変に増えるし、それでゴリゴリ精神削られる事もあるし……って、今は現実の話はいいから。
まあ、気乗りはしないけど、好感度が下がりすぎないよう、程々に会えばいいか……。
「わかった」
「やっりー! やっぱあたしの思った通り! 翔っちってやっさしー!」
いやいや。雰囲気だけで見惚れただけのくせに。
そんな野暮なツッコミが浮かんだものの。
渚も笑顔だし、それはそれでよしと思っておくか……。
◆ ◇ ◆
食事を済ませた後、渚は別の友達と会う約束があるからって事で、店の前でそのまま解散する事になった。
「いーい? 学校で会ったらちゃんと声かけてね! 無視とかだめだかんね?」
「はいはい。わかったよ」
「何よ、その面倒くさそうって感じー。可愛いあたしといたらー、学校でも注目の的だよ?」
「別に俺、注目を浴びたいわけじゃないから」
「うっわー、冷たっ。そんなつれないんだったら、やっぱみんなに胸触られたって言いふらそっかなー」
「ご、ごめん! 冗談! 冗談だから!」
「あははっ。ほーんと、翔っちってからかい甲斐あるよねー。あたしも嫌われたくないからさー。ちゃーんと約束は守るよ?」
だから、無視はダメだかんね。
そんな言葉が続くのが容易に想像できる意味深な笑みを見て、内心がっくりと肩を下ろす。
「あ、やっばっ! 時間ギリじゃん! じゃ、また学校でね!」
「ああ。それじゃ」
互いに手を振り合った後、笑顔を振りまいた渚が俺に背を向け駆け出すと、器用に人混みを駆け抜け、ささっとエスカレーターに乗り下の階に降りて行った。
……やっと嵐が過ぎ去ったか。
正直、一気に疲労が来てその場に座り込みそうになったけど、それを何とか堪える。
ある意味予想通り、一番苦手なキャラだったけど、何となく彼女が一番フラグを無視した行動を取りそうっていうのはわかった。
あと、彼女は一番好感度がわかりづらい。
嫌われなかった時点で一定以上はあるけど、最高かどうかはさっぱりわからなかったな。
こればかりは、タイミングよく検証できる機会で判断するしかないかも……って、検証したくないなぁ……。
「はぁー……」
思わず大きなため息が漏れる。
渚には相当振り回されそうだし、これは運良く出会わないのを祈るばかりか。
しかし、随分積極的だったよな。
手も恋人繋ぎだったし……って、手汗とか大丈夫だったんだろうか?
思わず自分の手のひらを見た瞬間、ふっとあの柔らかさを思い出す。
……胸って、あんな感じなのか。
下着越しだったと思うんだけど、相当柔らかったよな……って、俺は変態かよ!?
っていうか、これは全部イベントのせいだから! 俺が望んだわけじゃないから!
ぶんぶんっと頭を振えい煩悩を振り払うと、俺は疲れからそのまますぐショッピングモールを離れて家に帰ったんだけど。
しばらくの間、時折あの感触を思い出してしまっては、自己嫌悪に陥るのを繰り返す羽目になったんだ。
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