第十八話:これ、ヤバいな……
これ、ヤバいな……。
語彙力皆無な言葉を朧気ながら頭の中で呟いていると、握られた手がゆっくりと誘導されるように一緒に降ろされ、沙友理が俺の脇に並ぶ。
その動きにはっと我に返った俺は、彼女をじっと見た。
「さ、沙友理先輩。嫌な気持ちは、なさそうですか?」
「は、はい……」
慌てて口にした一言に、またも羞恥心の込もった一言を返され、脳が蕩けそうになるのを必死に堪える。
沙友理は相変わらず恥ずかしげ。だけど、それでも、そこまで嫌悪感はなさそうか。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか」
「は、はい……」
まるでループしたかのような返事に、彼女がぼんやりしているんじゃないかと不安になるけれど、こっちが変にブレたら沙友理も困るだろうしな……。
何となく年上の意地を見せながら、俺は彼女の手を取ったまま歩き出した。
……確かに柔らかな手の感触なんかもあったにはあったけど、気持ちがふわふわしたのは間違いなく沙友理の反応のせい。
こんな反応が続いたら、俺も気恥ずかしさで耐えられなくなりそうだけど。本気で大丈夫だろうか?
顔を真っ赤にしたままそんな事を考えつつ、俺達は黙々と歩き続けた。
◆ ◇ ◆
駅前に戻り、バスに乗り。そのまま俺達は遊園地に向かったわけなんだけど。まるで錆びた玩具かっていうくらい、沙友理はずっと、手を繋いだまま離そうとしなかった。
お陰でちょっとバスの乗り降りは大変だったし、ある意味いちゃいちゃしてると思われないか心配だったけど、運転手さんも気にしてなかったし、他の客も俺達に奇異の目を向けてくる事もなかったのだけは助かった。
流石にキュンメモの世界じゃなかったら、流石に目を引いててより羞恥心を煽ったに違いない。
ただ、バスに乗っている間も、お互い何も会話ができなかったのは心配の種だ。
実際、沙友理もずっと恥ずかしげに俯いたままだったし、俺もそんな彼女に声を掛けにくかったんだよ。
もしかしたら、頭の中で手を繋ぐって行為が不純か否か、必死に整理しているのかもしれないしさ。
◆ ◇ ◆
バスはそのまま無事目的地まで到着し、俺達は手を繋いだままバスを降り、チケットを買って遊園地の中に入った。
流石は休日。
家族連れやカップルも多いのは、綾乃との水族館や、エリーナとの動物園と同様か。
ちなみに沙友理はといえば、こっちの呼びかけには応じるものの、そのほとんどが「は、はい……」という、未だループしているかのような反応。
あまりにも代わり映えしない返事に、こっちもちょっと戸惑いはある。ただ、会話的にはそれで成立する流れだったし、これまでは下手なツッコミはしなかった。
とはいえ、目的地に着いたんだし、ここからは流石にそうもいかないけど。
「先輩。どのアトラクションに行きますか?」
遊園地に行きたいと口にしたのは彼女だしと、敢えて選択を委ねた問いかけ。
はっとした沙友理は、繋いでいない左手で眼鏡を直すと、未だ真っ赤な顔で、俺の顔を見た。
「あ、あの……どのような選択をしても、笑わないでいただけますか?」
へ? 笑われる選択ってあるの?
そう思ったけど、子供っぽいアトラクションを選ぶとか、そういったのを気にしてるのかも。
「大丈夫ですよ。遊園地なんですから。羽目を外すくらいが丁度いいでしょうし」
そう伝えて安心してもらえるよう微笑むと、また恥ずかしそうに俯いた沙友理は、こう申し出てきた。
「でしたら……その……もう少し、園内を散歩しても、良いですか?」
「え? 遊園地を散歩、ですか?」
「は、はい……」
えっと、そうくるのか。
普通に考えれば、散歩だったら公園で済む話。わざわざ遊園地に来て、アトラクションに乗らない選択肢はないと思う。
もしかして、この場所特有の空気を味わいたかっただけなんだろうか?
「先輩がいいなら、それでいいですけど。列に並ぶのが嫌とかですか?」
何となく理由が知りたくなって、OKしながらそんな質問を付け加えてみる。
答えにくそうだったら無理強いはしない。そう決めての言葉だったのだけど、沙友理はそれを聞いた瞬間、目を泳がせた後。
「あ、あの……もう少し……を……いで……」
必死に答えようとした声があっさり消え去るほど、小さな声で何かを伝えようとしてくれた。
でも、最後の方は全然聞き取れないくらいの声。
「えっと、もう少し、何ですか?」
思わずそう問い返すと。
「……も、もう少し……その……手を……は、恥ずかしい……」
……そっちかぁ……。
何かもう、完全に手繋ぎの虜になってるじゃないか。
でもまあ、相手からすれば、好きな人と手を繋いでいるっていう喜びもあるのかも。不純な行為をしている背徳感を感じている可能性もあるけど……。
正直、ずっと手を握られ続けて少しは慣れてきたとはいえ、こっちにだって気恥ずかしさはある。
だけど、不純か見定めるために協力するって理由がある以上、これを無碍にはできないもんな……。
「わかりました。じゃあ、適当に歩きましょうか」
「は、はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
「いいですよ。今日は沙友理先輩が好きにしてくれれば」
「す、好きに……」
気を遣いそう言葉を掛けたんだけど、何故か彼女はそこだけをピックアップしポツリと独りごちると、何かを振り払うかのようにポニーテールを振り回し、ブンブンと首を振る。
……本当に大丈夫か?
流石にちょっと心配になるくらい、先輩らしさ皆無のリアクション。
見知らぬ人に、彼女が厳格な風紀委員だとか、しっかりとしたメイドさんなんだって伝えたら、何人が信じるだろう……。
「それじゃ、どの辺に行きますか?」
「で、では、あちらの方に」
沙友理が指を差した方には、随分先に花が咲き誇る丘がある。
どうせ散歩なんだ。周囲の雰囲気を味わいつつ、どんなアトラクションがあるか見ながら、あそこを目指すとするか。
「わかりました。じゃあ行きましょう」
未だ慣れない手の感触を感じつつも、俺が先導するように歩き出すと、手を引かれて恥ずかしそうに、沙友理が付いてくる。
彼女を見ていると、こっちまで恥ずかしくなりそうで、俺は周囲の景色に目をやりながら、自分の気持ちをごまかした。
◆ ◇ ◆
向かった方面は、どちらかといえばファンシーで可愛らしいエリア。
アトラクションも、昔ながらのコーヒーカップだったり、メリーゴーランドだったりと、女子や子供達が喜びそうな物が多く、実際多くのカップルや子供連れがアトラクションやお店に列をなし、中々に混みあっている。
エリアを彩る建物類なんかも、淡いピンクや水色といった配色の可愛らしいくてポップな感じで、女の子が好みそうだ。
正直カップルや家族連れならいいけれど、男友達だけで来るって話になれば、絶対避けたいエリアだ。
しかし、ここもやっぱりゲーム内とはいえ、本当によくできてるな。
この世界を生み出した相手は、相当想像力に長けた人なんだろうか?
そもそも人なのか、神なのかも怪しいけど。とにかく、リアル世界のこういう場所と遜色ない世界なのは、相変わらず感心してしまう。
大通りを歩きながら、きょろきょろと周囲を見回しつつ、より奥にある花畑の方に向かっていると、ふっと俺の手を掴んでいた感触が消えた。
あれ?
思わず足を止め、隣の彼女を見た瞬間。
「少々お待ちを」
何時のまにか、普段の真面目な顔に変わった沙友理が、俺を見ることもなく一人で先に歩き始めた。
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