第十九話:どうなされたのですか?

 沙友理が歩き出した方向。それは大通りの端。丁度店もなく、人の流れもない建物の壁沿いだった。

 後を追うと、彼女は壁際にぽつんと座っている少年の方に歩いていく。


 ぱっと見、幼稚園児くらいの、俯いたまま壁に寄りかかっている私服の男の子。

 その表情は、今にも泣き出しそうなくらい不安げ。


「どうなされたのですか? ご両親は?」


 迷うことなく彼の前でしゃがみ込み、目線を合わせて問いかけた沙友理に、はっと顔を上げた少年は、ぽつりぽつりと話し出す。


「お父さんとお母さん、いなくなっちゃった……」

「いなくなった?」

「うん。それで探し回ったけど、全然いなくて……」

「はぐれた場所は、この辺りなのですか?」

「ううん。ジェットコースターの方」


 沙友理と話しながら、ぐすんと鼻をすする男の子。

 多分、親とはぐれて勝手に探し歩き、結果として迷子になったパターンか。

 そう思いながら二人の会話を眺めていると、沙友理がしゃがんだままこっちに顔を向けてきた。


「翔君。この子の親御さんを、一緒に探してあげませんか?」


 きゅっと眼鏡を直し、真剣な顔を向けた彼女は、風紀委員やメイドの時のようなしっかりとした表情を見せている。


 ほんと、この切り替わりの早さは凄いな。

 そう思いながら、沙友理の優しさを感じる一言に俺も笑顔を返すと、隣にしゃがみ込み少年を見た。


「君の名前は?」

将吾しょうご

「そっか。将吾君。お父さんとお母さん、探しに行こうか?」

「ほんと?」

「うん。お兄ちゃん達が、一緒に探してあげるよ」

「……うん!」


 俺の言葉を聞いた将吾君が、服の袖で涙をぎゅっと吹き、少し嬉しそうな顔をする。それを見た沙友理も、彼に優しく微笑む。


「では、参りましょう」

「お姉ちゃん! 僕、肩車してほしい!」

「え? 肩車、ですか?」

「うん! 高い所からなら、お父さんとお母さんを見つけやすいかも!」


 彼女がすっと立ち上がると、彼がそんな理に適ったお願いを持ちかけてくる。

 少し困った顔をした沙友理が、申し訳無さそうにこっちを見たけど。まあ、そういうのは流石に男の出番だろ。


「じゃあ、お兄ちゃんがしてあげるよ」

「ほんと!?」

「うん。但し、危ないから暴れたりは絶対しない事。約束できる?」

「うん! わかった!」


 こういう時、素直な子は助かるな。

 俺は将吾君に頷くと、その場にしゃがみ込む。

 すると、彼はささっと俺の背後に周ると慣れた動きで背中をよじ登り、俺の肩に乗ってきた。


 流石に、エリーナの時に比べたら緊張もない。

 とはいえ、落としちゃヤバいからな。気をつけて動かないと。


「それじゃ、ちゃんと捕まってるんだぞ」

「う、うん!」


 頭の上から緊張した声を確認し、俺は一旦彼の両足を手で抑えつつ、ゆっくりと立ち上がる。

 あー。やっぱりエリーナより軽いな……って。そんな比較ばっかりするなって。


 思わず心でそんなノリツッコミをしながら沙友理を見ると、将吾君を心配げに見上げている。


「大丈夫? 怖くないか?」

「うん! すっごく遠くも見れるよ!」


 お。思ったより元気そうだな。これだったら安心か。

 そういや、この遊園地って迷子センターとかあるんだろうか?


「沙友理先輩。この遊園地の迷子センターってご存知ですか?」

「あ、いえ。そこまでは……」

「そうですか。だったら、まずは案内板で場所を探して、そっちを目指しましょう」

「はい。承知しました」


 未だ真剣な表情の沙友理は、こくりと頷くと、そのまま俺の脇に立ち……えっ!?

 俺は、予想外のことに目を丸くした。


 いや、そりゃびっくりもするって。

 彼女が突然、俺の腕に手を掛けてきたんだから。

 俺から考えても、その行動は沙友理にとって、不純だと感じるのに十分な行為。

 それなのにこうしてきたって事は、完全に頭が恋愛脳になってる!?


 動揺しながら彼女の様子を窺うと、少し顔を赤らめてるけど、表情は未だ真剣さを維持している。

 でも、そのままぎゅっと身体を寄せられた時、俺はそこに強い違和感を感じた。

 何故かって言うと、沙友理の身体が少し震えていたからだ。


 日も出ているし、別に気温的に肌寒くもない。

 顔を赤くしている理由は何となくわかるけど、もし不純かどうかを確かめようと行動を起こしたんだとしたら、こんな真剣な顔でいられないような気もする。


 何となくもやっとしたものの、今はそれどころじゃない。

 まずは将吾君の両親を探さないと。


「じゃ、みんな。行こうか」

「はい」

「行こう行こう!」


 俺は、腕を組んだ沙友理と肩に乗った将吾君と共に、再び園内を歩き始めた。


   ◆  ◇  ◆


 少し歩いた所にあった案内板で、迷子センターの場所を確認した俺達は、きょろきょろと辺りを見回しながら、迷子センターに向け園内を歩き出した。


 歩きながら、将吾君に両親の特徴を聞いてみた所、


「すごく優しそうな顔をしてて、そこそこ背が高いよ」


 という、何とも当たり障りのない話しか聞き出せなかった。

 まあ、小さい子に詳細を話してもらうのは流石に酷。だから、外見についてはそれ以上触れず、高い位置で辺りを見回す彼に、見つけるのを任せることにした。


「どなたか。こちらのお子様のご両親の方はおりませんか?」


 周囲にそう声を掛けながら、俺の脇を歩いている沙友理。

 俺も自分なりに人探しをしてそうな人を探すべく周囲を見回していると、ふと建物の窓ガラスに映る俺達の姿が目に留まった。

 笑顔というわけじゃないけれど、腕を組み並んで歩く俺と沙友理。そして肩車されている将吾君。それはまるで、ちょっとした家族みたいにも見える。

 

 ……そういや、元の世界で両親に言われてたっけな。

 そろそろ結婚を考えるような相手はいないのかって。


 でも、そう言われるのも仕方ない。

 俺だって二十六。年齢もそうだけど、一人っ子だから、どうしても長男としてのプレッシャーをかけられちゃうんだよ。

 とはいえ、今はそもそも彼女すらいないんだ。結婚に憧れがないわけじゃないけれど、それ以前の問題だ。


 そう考えると、もしこっちの世界で彼女ができたとしても、あまり意味がないんだよな……。

 まあ、そもそも元の世界に戻れるのかも分からない現状。考えても仕方ないんだけど。


 俺は結局最後、どっちの世界にいるんだろうか……。

 なんて考えていると。


「将吾!」


 と、人混みの向こうから、将吾君を呼ぶ声が聞こえた。

 俺達みんながそっちに顔を向けると……。


「お母さん!」


 頭の上から聞こえた、嬉しそうな彼の声。そして、向こうから人混みをかき分けやってくる、必死の形相の女性が見える。どこか将吾君似だし、彼女が母親かな。


 俺がそう理解したのとほぼ同時に、すっと俺の腕から沙友理の手が離れる。

 お。こっちが将吾君を下ろすと察したのか。流石は現役メイドさん。心遣いが半端ないな。


 俺がゆっくりとしゃがみ、将吾君を下ろしてやると、彼も母親に駆け出し、しゃがみこんだ彼女の胸に飛び込んだ。


「こら! 何処に行ってたの! 心配したじゃない!」

「うわーん! ごめんなさい!」


 迷子になっている時からここまで、一度も泣かなかった将吾君。

 とはいえ、やっぱり彼も子供。本当はずっと不安だったんだろうな。

 号泣する彼を、母親は頭を撫でて慰めている。


 立ち上がった俺が、母子の再会を眺めていると。


「良かったですね……」


 脇に並んだ沙友理が、ほっとしながらそう口にする。


「そうですね。でも、こうやって再会できたのは、沙友理先輩の機転と思いやりのお陰ですね」

「あ、いえ。そ、そんな事は、ございません」


 俺が笑顔でそう言うと、彼女ははっとした後、その場でもじもじとする。

 何気ない褒め言葉ひとつで、これだけ真っ赤になるとか。

 ほんと、今の彼女は普段の先輩キャラらしい威厳なんて、まったく感じさせないよなぁ。


 それだけ主人公を好きなんだろうってのは、わからなくもないんだけど。

 でも、キュンメモの彼女ってここまでだったっけ?


 ふと魔が差したように浮かんだ疑問。

 だけど、好感度が上がれば、普段はずっと顔を赤らめてくれているゲームだし、ある意味正しいのかもしれない。

 でもそれだったら、他のキャラも同じような反応になりそうな気もするけど……。


「あのね。僕、お姉ちゃん達二人に助けてもらったの」

「そうだったの。この度は息子がご迷惑をおかけしました」


 と、将吾君の母親が立ち上がると、こっちに頭を下げてくる。

 母親の足に貼り付いている彼も嬉しそうだ。


「いえ。お礼なら彼女に言って下さい。迷子の将吾君を助けたいって願い出てくれたんで」

「そ、そんな。わたくしは大した事などしておりません。迷子になられた将吾君も、迷子を探すご両親もお互い心配だろうと思っただけですので」

「そう思って行動してくださっただけでも、十分です。本当にありがとうございました」


 こうも丁寧にお礼を口にされると、流石に気恥ずかしいのか。

 沙友理も母親に釣られペコペコ頭を下げてしまう。

 頭を上げた母親は、そのまま俺の方を見ると、にっこりと微笑んだ。


「あなたも、良い恋人をお持ちになったのね」

「え? 良い恋人、ですか?」

「お兄ちゃん。お姉ちゃん。二人のデートの邪魔してごめんね!」

「あ。い、いや。もうお父さんお母さんから離れちゃ駄目だぞ?」

「うん!」


 いや。彼女じゃないんだけどなぁ……と思うものの。

 ここで否定するのも流石に悪いかなと、苦笑しながらごまかしていると、二人が顔を見合わせくすっと笑う。


「それじゃ、そろそろお父さんの所に行きましょう。先に迷子センターに行ってもらってるから」

「うん」

「それでは、失礼します」

「お兄ちゃん! お姉ちゃん! ばいばーい!」


 また丁寧に頭を下げてくれた母親と、元気に俺達に手を振る将吾君。


「ふぅ。これで一段落ですね」


 そんな二人を手を振りながら見送った俺は、改めて沙友理を見たんだけど。


「恋人……恋人……」


 彼女は顔を真っ赤にしたまま、まるで壊れたロボットみたいに、本人にとって衝撃過ぎたであろう言葉を繰り返していたんだ。

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