第十二話:着いたのです!

 車の中で失態を反省しつつも、流石に可憐って言ったのを取り消せるわけもなく、俺はそんなやらかしを胸の内に仕舞い、車の中で平然を装った。

 ま、まあ、エリーナが可愛いのは間違ってないからな。

 好感度を上げるつもりはなかったんだけど……。


 とりあえず動物園でどんな動物を見たいのかなんて話をして、さっきの発言を取り繕いながら時間を過ごしていると、やっと目的の動物園に到着した。


「着いたのです!」


 車を降りたエリーナが、目をキラキラさせながら動物園の入口を眺めている。

 そこにはあるのは、動物達を眺めたり、触れ合ったりできるという期待に満ちた顔。まあ、それだけ楽しみにしてたのがよくわかる。


「お嬢様。私達わたくしたちはこちらでお待ちしております。何かありましたらお電話を」

「はいです!」


 陣内さんの言葉に、エリーナが元気に返事をした。

 何となく出会いの図書館の印象とか、今回の感じなんかも見ると、普段はだいたい彼や沙友理がお目付け役として一緒なんじゃないかって気がする。

 そういう意味じゃ、学校での時間とかこういった俺との時間は、数少ない自由時間なのかもしれない。


 ゲームじゃ描かれていなかった、お嬢様故の束縛。

 でも、普通に考えたらそういう側面ってあるよな。

 だったら今日は少しでも、エリーナを自由に楽しませてやらないと。


「それじゃ、そろそろ行く?」

「はいです!」

「いってらっしゃいませ」


 陣内さんと沙友理が車の脇で会釈するのを見届け、俺達は並んで二人で動物園の入口を入って行った。


「えっと、最初はパンダが見たいんだっけ?」

「はいです!」

「そっか。えっと、パンダがいるのはっと……」


 何だかんだで初めて来る動物園。

 入ってすぐの案内板をじっと眺めていると、ちょいっと服の袖が引っ張られた。

 ……はいはい。そういう事ね。

 ちらっと横を見ると、俺の視線にはっとした彼女が、ささっと手を離す。

 この間の学校帰りはわざわざ確認しなかったけど、こっちの目は気にするのか。


「いいよ。掴んでても」

「ほ、本当なのですか?」

「ああ。案外人も多いし、はぐれちゃうといけないから」


 なんて言ったけど、はぐれるのを想定するなら手でも繋いでやったほうがいいと思う。

 だけど、最近渚に腕を組まれたり、綾乃と手を繋ぐ機会があったとはいえ、それはそれでこっちも恥ずかしいんだって。

 ゲーム世界のお陰で、人目がこっちに向かないにしても。


 っと。それはいい。

 えっと、パンダ、パンダっと……あー、あっちか。


「よし。じゃ、行こうか」

「は、はいです」


 声を掛けると、はにかむエリーナの愛らしさ。

 その反応にほっこりしながら、俺はパンダがいる場所に向け歩き出したんだけど、流石にここは動物園。彼女には誘惑が多すぎた。


「わわわっ! あれは鹿さんですか!?」


 と、目を輝かせながらそっちの展示場に行ったかと思えば。


「カワウソさんも可愛いのです」


 なんて、別の展示場内の池の側に寝転んでいる、愛らしいカワウソを見ながらニコニコしている。

 コロコロ変わる表情。だけど、そこにあるのは笑顔だけ。

 彼女の小ささも相成って、まるで保護者気分だったけど、こういう表情を見せてくれているだけで、動物園に連れてきて良かったって思えるな。


 しっかし、これだけ笑顔のエリーナ。

 親父が見たらどんな顔をするんだろうか。

 何となく、可愛い幼子を見守るような反応……だけじゃ、収まらなそうな気がする。

 とはいえ、親父は案外小心者で奥手だったって、母さんからも聞いてたしな。

 案外純情っぷりを発揮するのかも。


 勝手に親父の反応を想像していると、丁度こっちを見上げたエリーナと目があった。


「翔様。何か、楽しい事でもあったのですか?」

「え? 何で?」

「翔様が楽しそうに笑っていたので、ちょっと気になったのです」


 げっ!? 顔に出てたのか。

 確かに想像してたら、面白かったのは間違いないんだけど。

 流石に今の話はできないし、どうするかな……。

 俺は気恥ずかしさをごまかすように、頭を掻きつつどう返すか考える。

 とりあえず無難な選択は……。


「あ、えっと。エリーナが凄く楽しそうだったから、微笑ましくなってただけ」

「えっ!? あ、あのあの、その……ごめんなさいです……」


 あれ?

 恥ずかしそうなのは予想通りだけど、何で謝られたんだ?

 俺は身を小さくしたエリーナを見ながら、思わず首を傾げた。


「えっと、何か謝られる事あったっけ?」

「あ、あの! 私、翔様がいるのに、自分だけはしゃいでいたのです」


 あー。そういう事か。


「別にいいよ。それで」

「え? どうしてなのですか?」

「多分だけど。普段ってこういう時にきっと、沙友理先輩や陣内さんが一緒じゃない?」


 俺がそう問いかけると、彼女は俯きながらこくんと小さく頷く。


「だとしたらきっと、エリーナもお嬢様としてしゃんとしなきゃって、気を張って楽しめてなかったでしょ。だったら俺と一緒の時くらい、自由に羽根を伸ばす気持ちで楽しんでほしいんだ。折角、好きな動物を沢山見られるんだし」

「でもでも! 翔様はつまらないんじゃ……」


 期待と不安が入り混じった顔で、こっちの様子を伺う彼女。

 ちゃんとこっちにも気を遣ってくれてるじゃないか。

 そんな優しさを感じ、俺は思わず彼女の白銀の髪を撫でてやる。


「大丈夫だよ。俺はエリーナが楽しんでくれたら、こっちも楽しくなれるから」

「は、はわわわわ……」


 瞬間。

 こっちを見て目を丸くした彼女から変な声が漏れ、一気に顔が真っ赤になる。


 ……って、おい!

 何勝手に変なことしてるんだって!


「ごごご、ごめん!」

「いいい、いえ! その、もっとしても、大丈夫、なのです」


 慌てて手を引っ込めた俺に、エリーナは視線を逸らし目を伏せながら、そんな事を口走る。

 って、これってやっぱり、もっとしろってことでいいのか!?

 ま、まあ……俺は、いいけど。


 さっきまでの自然な動きはどこへやら。

 ちょっとぎこちない動きでまた頭を優しく撫でてやると、びくっとして一度目を閉じたエリーナ。

 少ししてゆっくり目を開けた彼女は、そのままなすがままに頭を撫でられている。


 と、とりあえず、エリーナが満足するまで、撫でておけばいいんだよな?

 何とも気恥ずかしい気持ちになりながら、俺は人目も気にしながら、頭を撫でることになったんだ。

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