第十話:よくよく考えたら

 ……よくよく考えたら、エリーナと約束したのはいいけど、何を話せばいいんだ?

 放課後までの授業中、上の空でぼんやりそんな事を考えていたけど、そう簡単にいい考えが浮かぶわけでもない。


 エリーナは本が好き。それは知っている。

 だけど、俺ってラノベとか漫画は読んだことがあるけど、彼女がさっき読んでいた本を見る限り、そういう類には見えなかった。

 テレビや音楽が現代のものが通じるかもしれなくたって、本人が知らなそうな世界のものは流石に無意味。

 となると、そういう話題は流石に難しそうだよな。


 後は、動物や生き物が結構好きってのは、ゲーム内のスチルイベントもあったくらいだから覚えてる。

 確か動物園と水族館でスチルイベントがあったはずだったけど、あれって季節いつだったっけ……。

 ちょっとうろ覚えではあるけど、この辺は話題にできそうだ。

 とはいえ、動物が好きって話題だけで、話を持たせられる気はしないんだけど……。


 はぁ……。

 自分で動いておきながら、自分で悩みのタネを作って、勝手に深みにハマってどうするんだよ。

 俺は、黒板に数式を書く先生に気づかれないようにしながら、小さくため息を漏らした。


   ◆  ◇  ◆


 さて。放課後か。

 少し緊張しながら鞄に教科書類を詰め込むと、俺は覚悟を決めて教室を出て昇降口へと向かった。

 靴を履き、背筋を正して、そのまま校門までゆっくり歩きだすと、程なくして校門の側に立ち、俯き気味のエリーナが見えた。


 綺麗な銀髪はやっぱり幻想的。見た目に高校生には見えないけれど、お嬢様かと言われれば、それをはっきり感じるだけの気品はある。

 まあ、喋らなければだけど。


 腕時計に目をやった後、ちらりと校舎側をこっち見た瞬間、彼女と俺の目が合った。

 まだ声を掛けるには距離がある。だからこそ手を上げて笑顔を返したんだけど、そんなエリーナは顔を真っ赤にすると、少し恥ずかしそうにまた俯き、小さく手を振ってくる。


 ……ほんと。マジで反則だって、これ。

 エリーナの生みの親であろう開発者は、ここまでの事を考えてキャラを作ってたんだろうか?

 そうだとしたら、本気でセンスあるって。


 正直、自分も顔が赤くなったのがわかるけど、ここから彼女の側に行くまでに火照りを冷ますのは無理。

 だったらもう、諦めてこのままいくしかないか。


「ごめん。待たせちゃった?」

「い、いえ。私も、さっき来たばっかりなのです」

「そっか。良かった。じゃ、行こうか」

「は、はいです」


 目の前で互いに挨拶した後、エリーナは緊張した面持ちのまま、すっと俺の脇に立つ。表情の割に、その動きは淀みない辺り、こういう行動も躾けられているのかもしれない。

 ……ただ、そのままちょんっと俺の服の袖を摘むのは、流石にそれとは関係なさそうだけど。

 まあ、振りほどくのも悪いし、そのまま行くか……。


 相手が小柄。

 少し歩幅が大きくなりすぎないように気をつけつつ、俺はそのまま校門を出たんだけど、そこでふと足を取めた。


「そういえば、エリーナの家ってどっちの方なんだ?」

「あ、あの、あっちの方ですが、歩くと結構掛かってしまうのです」


 あっちの方。

 それは斜め前の住宅街の方を指したけど……確か、彼女の家に遊びに行くスチルイベントで、山岳の中腹みたいな話が出てたから、あの先の山の方か。流石にそれは遠いな……。


「普段はどうやって帰ってるんだ?」

「あ、はい。車が迎えに来てくれるのですが、今日は駅前で待っててもらう事にしたのです」

「あ、そうなんだ。じゃあ、そこまで一緒に帰ろうか?」

「は、はいです。でも、翔様のお家もそっちなのですか?」

「いや、その途中にあるけど。でも、エリーナ一人じゃ危ないだろうし。今日は暇だから駅まで一緒に行くよ」

「でも、迷惑に──」

「ならないよ。むしろ図書室で読書の邪魔をしちゃったし、そのお詫びって事で」


 ちょっと臆病になりすぎてるエリーナが気分を害さないように、俺はなるべく落ち着いて、笑顔で言葉を返す。

 だけど、未だ彼女はその場でもじもじとし、困った顔をする。

 こういう仕草もいちいち可愛いんだよなぁ……。


「その……本当に、いいんですか?」

「ああ。じゃ、行こう」

「は、はいです!」


 ペコペコっと可愛らしくお辞儀をしたエリーナに、思わず微笑んだ俺は、そのまま再び歩き出した。


 さて、ここまでは自然に会話できたけど、この先どうするかなぁ。

 少し考え込みながら歩いていると、先に口を開いたのは彼女だった。


「あ、あの。この間は、本当にありがとなのです」

「え? ああ。図書館での事?」

「そ、そうなのです」

「それはもう気にしなくていいよ。あの時もお礼言ってもらったでしょ」

「は、はいです」


 優しく諭したのはいいけれど、彼女からその後言葉が続かない。


 ……き、気まずい。

 っていうか、やっぱり帰宅イベント一つ取っても、流石に会話が思い浮かばない。

 ゲームだったら同じ会話のイベントが何度かあったりもするし、それでも問題はないのだけど、なんたってこっちはリアルで会話中。

 それでなくたって、日付がスキップされるせいで、入ってくるこの世界の情報も多くない中で、話題が豊富に集まるはずもないんだよ。


 参ったなぁ……。

 ちらりと横目でエリーナを見ると、彼女も困っているのか。固い表情で俯いている。


 うーん、どうにかできないか……話題、話題……ん? あれは……。

 ふと、俺は少し先に見える小さな公園の中に消えた、小さな影に目を留める。


「今の、猫かな?」

「え? 猫ちゃんですか?」


 俺の言葉にはっとしたエリーナが顔を上げ、周囲をキョロキョロと見回す。


「うん。前の公園に入っていったの、そうじゃないかなって」

「本当なのですか!? あ、あの! ちょっと公園を見てもいいですか!?」


 さっきまでと打って変わっての目の輝きと興奮っぷり。流石は動物好きって感じだな。

 こりゃ、止めるのも可哀想か。


「そうだな。見てみようか」

「はいです!」


 ぱぁっと笑顔になったエリーナを見て内心ほっとしながら、俺は少し早足になった彼女に合わせるように、公園に歩いて行ったんだ。

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