第九話:ここにもいないか……
うーん。ここにもいないか……。
一年の教室を一通り見回った俺は、それが無駄足に終わって少し残念な気持ちになった。
お嬢様であるエリーナ。
流石にお昼くらい、クラスメイトと食べているかと思ったんだけどなぁ。
相当おにぎりを早く食べたし、女子がこんな早く昼食を済ませるとも思えない。
……あ、沙友理の所……いや、それはないか?
彼女がエリーナのメイドだっていうのは、学校内では秘密。学校内で下手に一緒だと接点を疑われるだろうし、ちょっと不用意すぎる行動だと思う。
そう考えると、あまり現実味はない気がする。
……待てよ。
もし昼を食べていないとしたら、やっぱりあそこだろうか?
思いつきからそのまま校内を歩いて、やってきたのは図書室だった。
ここが外れると、ちょっと当てが無い。いてくれるといいけど……。
内心ドキドキしながら図書室の扉を静かに開け、中に入ると……いた。
まだ昼食を食べている生徒が多いせいか。思ったより人のいない室内で、席にちょこんと座り、熱心に本を読んでいるエリーナの姿。
やっと見つけた事にほっとしたものの、同時にこの後どう声を掛けたらいいのか、ちょっと迷う。
この間の図書館の件もあるし、あまり大声にならないようにっと……。
静かにエリーナに歩み寄ってみるものの、読書に夢中でこっちに気づかない。
隣りに座ったら気づくだろうか?
妙な好奇心に駆られ、そのまま俺は隣の椅子を静かに引いて、彼女に並んで座ってみる……けど、気づかない。
何気にこの集中力は凄いな。でも、一体何を読んでるんだろう?
彼女が手にとって見ているのは、やや大きめのハードカバーの本。
少しだけ体を傾け、覗き込むようにして確認したそのタイトルは……『白馬の王子様に恋する乙女』。
知らない作品だしピンとこないけど、多分恋愛小説か何かなんだろうか?
エリーナは未だ熱心に本を読み耽っていて、こっちにまったく気づかない。
これはこれで寂しいけど、邪魔しても悪いしな。
……しかし、こうやって見ると、やっぱり小さいよなぁ。
実際、テーブルの高さが合わないから、両手で本を持って読んでいるんだけど、並んで座っていても、俺が彼女を少し見下ろす形になっている。
ぼんやりエリーナを見ていると、本の内容に合わせてか。時に微笑んだり、時に驚いたり。そんな可愛いリアクションを無意識に見せてくれる。
こういうのって、ゲームの一枚絵じゃわからない魅力だよなぁ。
このまま彼女をずっと見てられそうけど、丁度ここは日が当たって少し温かい。
流石に何もしてないと、ちょっと眠くなってくるな……。
「……ふわぁ……」
俺が思わず口に手を当て生あくびをした瞬間、隣のエリーナがびくっとする。
……あ、しまった。
はっとした後、俺の方にゆっくりと顔を向けた彼女は、
「は、はわわわわっ!」
っと、以前同様に可愛い声を上げた。
「ご、ごめん。驚かせちゃった?」
「いいいいい、いえ。そ、そんな事は、ないのです……」
エリーナは顔を真っ赤にしてオロオロした後、しゅんっとしおらしくなり、俯いてしまう。
思ったより大きな声を出した気はするけど、今回は周囲の視線を集めてない事にほっとする。
「お久しぶり」
「あ、えっと、その、お久しぶりです。翔様」
……あー。やっぱり様付けかぁ。
慣れない呼ばれ方に背中がこそばゆくなるけど、それを必死に堪える。
「あ、あの! それより、どうしてここにいるのですか?」
「いや、たまたま図書室に足を運んだら、エリーナがいたから。読書の邪魔をしちゃったかな。ごめん」
「い、いえ! そんな事ないのです! むしろ、その……会えて、良かったのです……」
本を膝の上に置き、顔を真っ赤にしながらもじもじとするエリーナ。
ゔ……や、やっぱり可愛いな……じゃない。
落ち着け、落ち着けって。
「何の本を読んでたの?」
「え? あ、その!」
またもはっとした彼女は、慌てて本を後ろに隠す。
しまった。彼女にとってはあんまり見られたくない本だったのかもしれない。
「あ、ごめん。今のは忘れて」
「あ、その、えっと。ごめんなさい、です」
「謝らなくっていいよ。こっちが悪いんだから」
「あう……」
何か頑張って話をしてくれてるけど、読んでいる本を見られた恥ずかしさが先行しちゃってるのか。結局口ごもってしまってる。
というか、この流れ、俺が読書の邪魔をしただけじゃ?
流石にそれは最悪だろって……。
うーん。ちょっと出しゃばり過ぎたかもしれない。
これは素直に退散したほうがいいな。
「邪魔しちゃってごめん。それじゃ──」
「ま、待って! なのです……」
俺が席を立とうとした瞬間。エリーナが慌てて俺のブレザーの袖を掴んだ。
その切なげな顔にぎゅっと胸を掴まれたような気持ちになって、俺は動きを止めた。
「あ、あの。もうちょっと、お話したいのです……」
より強く袖を掴んだ彼女が、顔を真っ赤にしたまま、困ったように俯く。
この反応で、改めて彼女の好感度が高いと強く感じる。
そして同時に、エリーナはお嬢様でありながらも、自分に自信がないキャラだっていうのも思い出した。
だからこそ、渚みたいに積極的に俺を探すなんて事もできなかったんだろう。
つまり、このタイミングこそ、彼女にとっては望んだ形なんだろうけど……。
「えっと……今は、止めとこう」
俺が敢えてそう口にすると、エリーナは俯いたまま、ゆっくりと袖から手を離す。
「ご、ごめんなさい、です……」
「いいよ。その代わり、放課後一緒に帰らない?」
「……え?」
肩を落としていた彼女が、はっとして俺を見る。
……そのまま行ってれば好感度を下げたりできたかも、なんて思ったけど。
やっぱり無理だって。あんな顔されたら。
「いや。流石に図書室で話し込むのは周りに悪いし、今はエリーナも落ち着いて本を読みたいだろ? だから、帰りに一緒に話すのはどうかな?」
「えっと、あの……いいのですか?」
「ああ」
俺の短い返事に、少しずつ表情に喜びが浮かぶ。
ただ、ちょっと目を潤ませてるのは感情が高ぶり過ぎだと思うけど……。
「は、はい! わかったのです!」
「じゃあ、放課後、校門の前でいいかな?」
「は、はいです!」
「じゃあ、また放課後に」
……嬉しいのはわかるけど、図書館で声出し過ぎだぞ。エリーナ。
思わず苦笑しそうになるのを堪え、俺は軽く手を振ると席を離れて図書室を出た。
まあ、これで彼女が笑顔になってくれるならいいか。
俺は自分の甘さに頭を掻きながら、そのまま教室に戻って行ったんだ。
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