第四話:このタイミングで!?

 は? このタイミングで!?

 俺は、掛けられた声だけで、誰がそこに立っているかすぐに分かった。

 だけど、この状況で登場するというあり得ない展開に、すぐには振り返れない。

 俺の様子を伺っていた綾乃も、


「ど、どうする?」


 なんて、小声で声をかけてきたけど……ま、まあ、振り返らない方が、先々問題になりそうな気もする。


「とりあえず、振り返ろう」

「う、うん」


 俺達はひそひそと言葉をかわした後、恐る恐る後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、凛とした立ち姿の、同じ夢乃高校のブレザーを着た女子生徒だった。


 黒髪を後ろで細く束ねた長いポニーテールは、正面から見るとショートヘアにも見える。

 やや細めで鋭さを感じる目つきは、武道をしている大和撫子、なんて表現したくなるほど。

 細めの眼鏡を掛けたクールな見た目は、ゲーム以上に線が細くて綺麗だ。


 百七十センチの俺に近い長身。背筋をぴんと伸ばしたその立ち姿。

 ……間違いない。

 彼女こそ、このゲームで唯一の先輩キャラであり、理系のステータスを上げたことで登場するヒロインの一人。

 高嶺花たかねはな沙友理さゆりだ。


「あ、あの。何かご用ですか?」


 綾乃がおずおずと沙友理に尋ねると、彼女はコホンと咳払いをする。


「いえ。お二人が随分と仲睦まじくされておりましたので。見慣れない顔ですが、新入生でしょうか?」

「は、はい。私、今年入学した。清宮綾乃と言います」

「同じく一年の、浅倉翔です」


 俺は、綾乃とは違う、だけどその独特な魅力を持つ彼女に、これまた心臓をバクバクさせたまま、何とか名前を名乗る。


「あの、あなたは?」

「申し遅れました。わたくし、高嶺花沙友理と申します。夢乃高校の二年ですので、あなた方の先輩となるでしょうか」

「あ、そうなんですね。失礼な尋ね方をしてすいません」

「いいえ。お気になさらず」


 俺の問いかけにクイッと眼鏡を直し、落ち着いた反応を見せる沙由里

 うん。ここまでは予定通り、彼女らしいクールキャラらしさが全面に出ている。

 口調はきついという訳じゃなく、どちらかといえば丁寧。まあ、それはがあるからなんだけど。


 しかし、よりによって何でここで登場なんだ?

 俺はその事に動揺を隠せなかった。


 そこまで驚いた理由。

 それは、この『胸キュンメモリアル』のゲームにおいて、ヒロインが同時に二人登場するイベントはほとんどないからなんだ。


 特別なスチルイベントも、こうやって登下校なんかで起きる通常イベントでも。勿論エンディングに至るまで、対象となるヒロインのイベントに、他のヒロインが一緒に登場することはほとんどない。


 唯一の例外が、今回のような各ヒロインの初登場イベント。

 だけど、それは特定の二人組のみと決まっていて、勿論綾乃と沙友理が同時に登場するイベントなんて存在しない。


 それに、そもそも沙友理が登場するのは、風紀委員になった後。今日の時点じゃどの学年の生徒も、まだ委員会を決めていない時期。

 だからこそ、今日出会う事はないって思ってたんだ。


「それより、お二人にお伺いしたい事があるのですが……」


 正直、存在しないイベントが始まるなんて思ってもみなかったもんだから、俺は綾乃と一緒に緊張したまま、次の言葉を待ったんだけど。

 一瞬言葉に詰まった沙友理は、ふと顔を赤らめ目を泳がせた後、意を決した顔でこう口にしたんだ。


「お二人は、その……こ、恋人同士なのでしょうか?」

「……え!?」


 ……って、おーい。

 幾ら本来ないイベントだからって、いきなりそんな質問かよ!?

 綾乃も思わず唖然として、反応がワンテンポ遅れてるじゃないか。


「きゅ、急に何を言ってるんですか! そんな訳ないじゃないですか!」


 俺が思わず強く否定すると、きょとんとした沙友理がじっと俺の目を見てくる。


「ほ、本当なのですか?」

「ええ。俺達は昔の幼馴染だっただけで、入学式に偶然再会しただけですから! な? 綾乃」

「え? あ、う、うん……」


 俺が一生懸命否定をしつつ彼女を見ると、何処か気落ちしたような俯きっぷり……って、しまった!

 俺はさっき彼女の好感度を確認したばかりだろ。

 誤解されるのが嬉しいって言った彼女の意思と真逆の反応をすれば、こんな顔にもなるだろって……。


 早速やらかしたか……ん? 待てよ。

 これで綾乃との好感度が、少しは下がったんだろうか?

 とはいえ、好感度が下がる度にこんな反応をされるんじゃ、正直心を鬼にして好感度を下げるプレイなんて、やっぱり俺には無理そうだな……。


「コホン。それでしたら良いのですが。誤解したのは申し訳ありませんが、友人関係とはいえ、節度ある行動をお願い致します」

「は、はい」


 赤面を咳払いで誤魔化しつつ、まるで教師のような澄まし顔でそう言うと、綾乃の返事を聞きクイっと眼鏡を中指で上げる。


 恋愛の話をしてきたのは、元々不純異性交遊を許せなくって、一年から風紀委員を務めたという、この真面目な性格があったから。

 しかもその思考がかなり極端で、手を繋ぐのすら不純と決めつけたりするんだよな。


 そういう意味じゃ、ああやって恥ずかしがりつつ質問してきたのも想定内……ってあれ?

 元のキャラの性格だと、序盤はもっと厳しめに問いかけてこななかったっけ?


 今の会話だけじゃ、まだ好感度はわからない。

 ただ、登場タイミングとしては、既に沙友理のフラグはおかしくなってるよな。

 こうなると、沙友理のシナリオはどういう方向に転ぶんだ?

 単純に登場だけがおかしいだけか? それとも……。


「それでは。また後ほど」


 色々考えている内に、沙友理は俺達をここに残し、踵を返すと通学路を先に歩き出す。


「……ふぅ。何か緊張しちゃったね」

「そ、そうだな」


 綾乃がほっと安堵の息を漏らすと、俺も釣られて額の冷や汗を拭った。

 まあ、完全に虚を突かれたし、なんだかんだで沙友理も美少女だし。

 まあでも、綾乃ほど好感度が上がりまくってる反応では──ん? 今「また後ほど」って言ったのか?


 確かこの台詞って、沙友理の好感度がある程度上がった時に口にしてた気がするけど……。

 まさか、彼女もやっぱり好感度フラグがおかしいって事なのか?


「それじゃ、私達も行こっか?」

「あ、ああ」


 何とか平然を装い綾乃と歩き出したけど、内心はもやもやしっぱなし。

 そのせいで、後で思い返すまで、さっき綾乃の好感度を下げたかもしれないってことすら、すっかり忘れてしまっていたんだ。

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