第二話:まずは落ち着け

 ま、まずは落ち着け。

 状況を整理しろ。


 えっと。

 俺の名前は浅倉あさくらかける

 既に社会人の二十六歳。年齢イコール彼女いない歴の冴えない男だ。


 小さな頃から、親の影響もありゲーム好き。

 翔なんてカッコいい名前を貰っておきながら、運動神経も勉強も人並み。趣味であり特技ともいえるゲームばかりやって育ってきた、言ってしまえば学校でも目立たないオタクだった。


 一応大学に入ってからは、少しは外見にも気を遣うようになって随分と垢抜けたし、今もしがないサラリーマンをしてる。

 いや、この状況だとっていうのが正しいんだろうか?

 そう思うくらい、今の俺の立ち位置は、それまでのそれとはまったく違う。


 っていうのも、目が覚めたら、何故か突然若返ってたからなんだけど。その例えが正しいかといえば、はなはだ疑問だ。

 だって、今の俺は懐かしいギャルゲー、『胸キュンメモリアル』の主人公になっているんだから。


 『胸キュンメモリアル』。

 通称『キュンメモ』の愛称で親しまれたそのゲームは、ギャルゲーブームのいしずえを作った事で有名な、今やレトロゲーム機扱いになって久しい、ドリームコストのCDーROMゲームだ。


 このゲーム。実は俺が生まれる前が全盛期のゲーム。

 だから、システムも全然洗練されてないし、登場ヒロイン数も少ない、今見ると色々物足りないゲームではある。

 とはいえ、当時人気だった絵師を起用し、初めてヒロイン達の台詞をフルボイスで喋らせた革新的なゲームだった事から、この作品には多くのファンが生まれ、数々のゲーム機にも移植された、ギャルゲーの金字塔とも言うべきゲームなんだって、親父から聞いた。


 で、何で世代の違う俺が、このキュンメモを知っているのかといえば、それは完全に親父の影響だ。


 両親は昔っからゲームをやっていて、知り合ったのもネトゲだったらしい。

 そして、結婚しても夫婦でゲームを遊ぶ。そんな絵に描いたようなゲーマー夫婦の間で育った俺もまた、若い頃はその影響を受けどっぷりハマったのが、ゲーム好きになったきっかけ。


 そして、親父のレトロゲームを遊ばせてもらってる時に出会ったのが、このキュンメモだった。

 まあ実際は、親父が絶賛しながら、ゴリ押ししてきただけなんだけど。


 プレイしたのは高校一年の時。

 勿論、その頃には既に多くのギャルゲーが世に出回っていたけど、当時の俺は硬派なゲーマーを気取ってて、ギャルゲーになんてまったく興味はなかった。

 そんな俺に、


「彼女もまだいないんだ。こういう時期にしかできないぞ」


 ってのを理由に、親父があまりにしつこく薦めてきたんで、渋々このゲームを始めたんだけど。


 プレイした感想は……まあ、やられた。

 うん。その一言に尽きる。


 キャラデザインや声もさる事ながら、各ヒロインのイベントが本当に良くってさ。

 結局その魅力にどっぷりハマってしまい、一時はこればっかりずっと遊んでたんだ。


 だから、最初にこの世界にいるって気づいた時には驚いた。

 見覚えのない部屋の鏡に映った外見は、まさに高校時代の俺。

 だけど、部屋にあった制服は俺が通っていた高校の学ランじゃなく、紺のブレザー。

 散々ゲーム内で見たからこそ、流石にその制服を見間違えなかったし、だからこそ俺は、ここがキュンメモの世界だって確信できたんだ。


 でだ。

 俺も昔はオタクだったから、こういう話をラノベで読んだりもしたし、こんな状況になったらどんな気持ちになるんだなんて、他人事のように思った事もあるんだけど。いざこういう立場になって思ったのは、喜びじゃなく困惑だった。


 丁度、リアルの仕事が忙しい時期で、今俺がいなくなったらプロジェクトはどうなるんだって、社畜じみた思考もあった。

 けど、不安はそれだけじゃない。


 まず、そもそもなんで今こんな事になっているのか。それが分からないってのが、より困惑を強めた。


 異世界転生とかって、大抵自分が死んで転生なんて話が多い。

 でも、俺が最後に覚えてる記憶は、深夜に残業を終え、家路を歩いていた記憶まで。

 倒れたとか、苦しんだとか、事故に遭ったとか。そういう記憶もないっていうか。何か記憶がぽっかり消えてる感じなんだ。

 そしてそんな状況は、俺にもうひとつの不安を生んだ。

 それは、この世界がゲームなのかどうか。それが分からないって事。


 その世界をモチーフにしただけで、リアル同様に普通に日常を過ごせるだけならまだいい。

 でも、じゃあこれがしっかりとしたゲームだったとしたら──。そんな推測が、俺をより不安にさせた。


 キュンメモは高校二年間をプレイするゲームで、エンディングだってヒロインの誰かに告白されるか、告白されずに二年を終えたらクリア。

 その先の未来なんて、アニメや漫画、小説なんかでも一切語られてない。

 じゃあ、エンディングと同じ時間軸に辿り着いた時、俺は一体どうなる?


 本来の人生と同じく、普通に未来を生きられるのか。

 エンディングを迎え、そこで俺は消え去るのか。

 それこそ、ずっとこの世界をループするだけなのか。

 それがさっぱり分からないってのが、不安の種なんだ。


 もっと若かったら、あまり深く考えず、世界を堪能しようなんて気持ちにもなったかもしれない。

 だけど、社会人として色々な経験をし、大人になった今だからこそ、こういう所を冷静に考えちゃうし、この先にだって不安を覚えもする。


 そして何より。現実世界の俺は恋愛経験もないし、女子と話す機会だってほとんどなかったんだぞ?


 散々やったとはいえ、流石に攻略内容だって、既に記憶から飛んでる部分もあるし。ゲームの世界らしく、選択肢でも出てくれるならいいけど、自分で声を掛け、話をして攻略しろなんて言われたら、やっぱりそう簡単に出来るもんじゃない。


 考え過ぎなのは分かってる。

 でも、やっぱりこういう事を色々考えてしまう自分を鑑みるに、その辺のラノベやゲームの主人公みたいに、簡単に前向きになんかなれないものなんだなって痛感させられたっけ。


 とはいえ、じゃあ何もしないってのも変な話。だからこそ、俺は自分なりに主人公として行動してみようと考えた。


 カレンダーの日付は、ゲームのオープニングである入学式。

 それを見て心に決めたのは、まずは波風立てず、静かに生きてみようって事だった。


 リアル寄りの世界なら、ゲームと同じ行動をしなくっても、ある程度自分が思うままに生活できるかなと思ってさ。

 勿論、ヒロイン達を見て、目の保養にしようかな、くらいは考えたけど。


 外見は高校時代と同じ、前髪で目が隠れた、眼鏡を掛けた、隠キャ過ぎる俺。

 これは流石にないなと、家にあったムースで髪を上げ、少しは見れるようにした。

 眼鏡は飾りだったのか。外しても裸眼で問題なく見えたから、敢えて外したんだけど。中学にはもう眼鏡だったから、裸眼ではっきり見えるこの感覚は、ほんと新鮮だったな。


 因みに、既に手にしていた学生証にあった名前は、もろに俺の本名。年度は入ってなかったけど、俺の誕生日までしっかり書かれている。

 これはきっと、当時の俺が本名プレイしていた黒歴史が反映されたのかもしれないな……。


 とりあえず、無難に一日を過ごすだけなら、学校に行っても余計な事をしなければいいはず。そう思って登校したんだけど、ぶっちゃけ今この瞬間までは、想定通りに事が運んだ。


 学校までの道のりは学生証で確認できたから、迷う事なく到着し。割り当てられた一年B組の教室に入ると、予定通りにサブキャラである妙に軽いノリの男、葛城かつらぎ颯斗はやとと、金持ちのボンボンで容姿端麗。だけどめちゃめちゃ人当たりの良い好青年、三千院さんぜんいんのぞむと同じ班になり、二人と仲良くなった。


 まあ相手は男。流石に会話は自然に出来るくらいには、社会人になって揉まれてたから、そこはそつなくこなした。

 勿論ゲームにない会話も色々あったけど、そこは人生経験をフル活用して無難に乗り切ってやったんだ。

 で、そんな中。教室に主人公の幼馴染であるメインヒロイン、清宮綾乃もまた、予定通り教室に現れた。


 幼馴染と言っても、設定としては、小さい頃に家が隣で仲が良かっただけ。

 主人公が中学生になった矢先、両親が仕事で引っ越す事になったんだけど、主人公は日本に残りたいと親に願い出て、そのまま少し離れたアパートで一人暮らしを始めたんだっけ。


 その後も少しは綾乃の家と交流はあったものの、色々気を遣ってくれる向こうの家族に申し訳ない気持ちになった主人公は、次第に足が遠のくようになり。相手方も気を遣い無理に声をかけなくなった結果、互いに疎遠になったって設定だったかな。


 ちなみに当時のギャルゲー主人公の一人暮らしは、ゲームの常套手段だったんだとか。

 確かに振り返ってみると、中学から一人暮らしなんて、つくづく都合のいい非現実的な設定だなって思う。


 で、ゲームでの主人公はここで初めて、彼女と同じ高校に通う事になったと知る訳だけど。

 綾乃は彼にとってに初恋の相手。

 偶然の再会に運命を感じ、学校帰りに彼女に話しかけたものの、素っ気なくされ傷心。

 それでも、折角の高校生活での再会。何とか昔みたいに仲良くなりたいと、彼女に相応しい男を目指す決意をする。

 そんな流れでオープニングが終わり、ゲーム本編が始まるんだ。


 つまり、今この瞬間は未だオープニングの最中であり、学校帰りのこのタイミングこそ、素っ気ない態度を取られ終わる所。


「……あの……君?」


 だけど、ここにいる綾乃は何故か俺に、いきなり好感度が上がってきた後の反応を示してきた。

 別にこのゲームには、好感度やステータスを引き継いでゲームを最初からプレイできる、いわゆる強くてニューゲームなんてなかったはず。

 それに、ここまでゲームっぽさを感じる展開はなくて、現実世界を生きてるような感覚も強い。

 って事は、フラグがおかしいってより、キュンメモの皮を被った別世界──。


「……翔君?」

「え? う、うわっ!?」


 呼び掛けに気づきはっとした俺は、目の前にあった綾乃の顔に、思わず飛びすさってしまった。

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