第四話:こう言ってたよな?

「なあ。渚にひとつ聞きたい事があるんだけど」

「ん? なーに?」

「いや。初めて俺に会った日に、確かこう言ってたよな? 俺が好みだったから逃げなかったんだって」

「うん。それで?」


 俺の問いかけに、渚が不思議そうな顔をする。

 まあ、突然映画と関係ない話を始めたから、困惑は仕方ない。

 でも、本題はこれからだ。


「いや。その後に俺が今の髪型と眼鏡にした時、この間の髪型より、こっちのほうがって言ってただろ? あれ、どういう意味だ?」


 そうなんだよ。

 前からもやもやしていた言葉、俺っぽい。

 この真意がずっと気になってるんだ。


「うーん……」


 その言葉に、渚は頬杖を止めソファーに寄り掛かると、首を傾げ顎に人差し指を当ながら、少しの間考え込む。

 そして、そのままゆっくりと口を開いた。


「あのさー。あくまであたしの感じ方だから、伝わらなかったらごめんね」

「ああ」

「あたしが翔っちと出会った日の第一印象って、めっちゃイケメンって印象だったんだよね。ただ、その後話してて思ったのはさー。何か、落ち着いててで頭良さそうって感じだったの」

「落ち着いてて、頭が良さそう……」

「うん。最初に胸を触ってきた時の言い訳もめっちゃ正論だったしー、あのままあたしを押し倒したりなんかしないで、寧ろ早く退いたほうがいいとか、すっごい落ち着いて指示してたじゃん」


 ……あれが落ち着いていたかは甚だ疑問。

 どっちかといえば、動揺してたし恥ずかしかったから、とにかく早く解放されたかったってのが本音だった。


 でも、渚はそう感じてたのか。


「だからー、今の髪型とかのほうが、何処か大人びてる本来の翔っちに近いし、似合ってるんじゃないかなーって」

「……大人びてる?」

「うん。なんだろ? 翔っちって、さっきも妙に冷静だったし、めっちゃあたしに気を遣ってくれるじゃん。今までの同級生で、そんな男子いなかったんだよねー。大体軽い感じだし。だからー、今のほうが似合ってると思うし、あたしもそっちのほうがアガるわけ」


 流石にこれは、この外見の俺をって発言じゃないよな……。

 何かしか、俺がこの世界に来たヒントになるような話じゃなかったのかっていう、そんな落胆は少しあった。

 でもそれ以上に、渚が俺をと感じていた事に、別な意味で驚いていた。


 いや、実際俺って二十六歳。

 そりゃ、歳が十も違えば、そう感じるかもしれない。

 だけど、姿は同級生だし、今の環境に釣られて、会話の端々とかに若さが出ちゃってるんじゃって気持ちもある。


 そう考えると、渚って何気にしっかり周囲が見えてるのかもしれない。


 ……もし、渚に俺がリーゼロッテに話したような事を伝えたら、理解してくれるだろうか?

 ふっとそんな疑問が過る。


 でも、心の中で俺は首を振った。

 リーゼロッテは特別だ。

 あいつの存在自体がこの世界でも異質だし、相応に歳を重ねているからこそ、達観した部分もある。

 だからこそ受け入れてくれただけ。


 渚を始め、他のヒロインはやっぱり、この世界では普通のヒロイン。

 流石にそんな彼女達まで、わざわざ混乱させる必要はないよな。


「そっか。ごめん。変な事聞いて」

「全然。でもー、何で急にそんな事気になったの?」


 好奇心に火が点いたのか。

 少しワクワクした顔をこっちに見せてくるけど、


「いや。俺の見立てだと、前の格好のほうが渚が喜ぶと思ってたからさ」


 俺はそんな理由でお茶を濁した。

 流石にそれでこっちの心の中までは読めなかったんだろう。


「確かに。あれはあれでイケてたけどねー」


 なんて、うんうんと頷きながら納得する渚。

 こういう話を恥ずかしがりもせず話せるのを見ると、やっぱり彼女は男子といる事に場馴れしているんだなって感じる。


 一旦互いに飲み物を口にすると、渚が前のめりになって、両手で頬杖を突き、こっちににんまりとした笑みを向けてきた。


「そうそう。あたしも翔っちにひとつ聞いてもいーい?」

「ん? まあ、いいけど。何だ?」

「翔っちの好みの女子って、どんな子?」


 は? 好みの子?

 突然の問いかけにあいつを見ると、ニコニコと様子を伺ってくる。


「うーん。そうだなぁ……」


 こんなイベントはなかったよな?

 相変わらず渚とのイベントの記憶が薄いせいで、そんな判断もできない自分がちょっと恨めしくなりつつ、この困った問いかけに対する答えをどうするか、必死に考え始めた。


 この世界においての理想は、やっぱり綾乃。

 だけど、それはあくまでって話でしかない。


 リアルで考えたら……。

 ふとそんな事を思い返して頭に浮かんだのは、俺の初恋の相手だった。


   ◆  ◇  ◆


 出会ったのは、中学の時二年の一学期。

 隣になっ彼女は、真面目さを絵に描いたような三つ編みの黒髪に眼鏡をした、大人しそうな子だった。


 文学少女って感じの彼女と話せたのなんて、それこそそんなに回数もなかったんだけど。

 ある日、プリントを運んでいた彼女が廊下で転んで、それをばら撒いたのを助けてから、隣の席の間、ちょこちょこと話をしたんだ。


 彼女は小説が好き。

 俺はゲームが好き。


 趣味は違うものの、好きなアーティストとかが似通ってて、ちょっとそういった話題で盛り上がったり、宿題してきた? みたいな些細な話題を話したりしてたんだよな。


 ただ、二学期の席替えで席が離れて、それ以降は話す機会もなく、ただ遠くから見る事しかできなかった。


 理由は単純。変な噂が立つから。

 隣の席ならともかく、離れた席まで会いに行って話すなんてしてたら、それはもう恋仲を疑われる時期。


 それは彼女に悪いと思ってたし、同時に自分も友達にからかわれたらっていう恥ずかしさもあって、そこから疎遠になったんだ。


 三年生になったらクラスが分かれ、彼女を見る機会なんて登下校とか学校でのイベントくらい。

 しかも、彼女は途中から眼鏡をやめたんだけど、そこからすごく垢抜けて、男女問わず友達も増えたんだよ。


 偶然高校も同じになり、一年目は同じクラスにもなった。

 だけど、結局俺は一緒に同じ高校に入った男友達と一緒だったし、彼女は中学同様に男女に人気で、何時も友達に囲まれていた。


 そんな二人に接点なんて生まれるわけもなく、結局高校三年間も、俺は彼女を見ているだけで終わったんだ。

 

 彼女を見てはドキドキし、だけど切なさも強く感じていたのは懐かしい想い出。

 せめて大学時代に再会してたら、俺も少しは自信がついてたし、何とかできたかも……なんて思うけど、後の祭りか。


 彼女の名前は確か──。


   ◆  ◇  ◆


「ね? そんなに答えにくい質問だった?」


 え? あ!

 はっと我に返ると、渚がどこか不満げな顔でじっと見つめている。

 しまった!

 想い出に浸ってて、意識が飛んでたじゃないか。


「あ、ごめん。そうじゃないんだけど。強いて言うなら、優しくって、色々共感できる人かな」

「共感って、どういう事?」


 咄嗟に口をいて出た言葉に、彼女が首を傾げる。

 勿論それはその場凌ぎじゃなくて、ちゃんと理由のある本音だけど、確かに伝わりにくいかもしれないな。


「えっと、例えば同じ趣味があるとか、一緒にいて気兼ねなくいられるとか。どこか行った時に二人一緒に楽しめるとか。そういった、一緒にいて落ち着けたり、楽しめたりする相手が良いなって感じかな」


 熱心に俺の言葉に耳を傾けていた渚が、うーんと唸る。


「でもそれって、内面的な話だよね?」

「ああ」

「つまり、外見なんてどうでもいいって事?」


 どちらかといえば容姿に自信があるであろう、彼女らしい質問。

 ここはちゃんと、本音で話しておいた方がいいかな。


「どうでもいいとまで言わないけど、綺麗や可愛いだけで好きにはならないっていうか、多分性格が合わなかったら、好きを維持できないかなって思う」

「ふーん……」


 そんな返事をしながらも、渚が難しい顔をする。

 納得できない部分もあるんだろうなぁ、と思っていると。


「やっぱ、翔っちって大人って感じー」


 なんて、独りごちるように口にした。


「そうかな?」

「うん。でもさー、翔っちの彼女になった人はきっと、幸せだろうなー」

「ん? 何で?」

「だってー、ちゃんと自分を見てくれた上で、好きになってくれるわけじゃん。それって女の子からしたら最高っしょ!」


 ……これ、褒めてくれたってより、決意表明だよな。

 だって、渚は言葉とは裏腹に、頬杖を止め両手をぐっと握り、気合を入れてるんだから。

 鼻息荒く、やる気満々って反応の彼女を見ながら、なんというか、やっぱり渚は渚なんだなって、改めて痛感してしまった。


   ◆  ◇  ◆


「あーあー。もうこんな時間かー。ざーんねーん」


 喫茶店を出ると、外は既に日も沈み、星が瞬き始めている。

 そんな綺麗な空を見ながら、渚は言葉通りの残念そうな顔をした。


「まあまあ。俺達も高校生なんだ。遅くなって親に心配かけたら、それこそ俺が怒られるだろ」

「そうだけどさー。折角ゴールデンウィークなんだしさー。友達の家に泊まってくるとか言ってくれば良かった」


 こっちに向き直った彼女が、にししっという意味深な笑みを向けてくる……って、おいおいおいおい! それって俺の家に泊まるって言ってるようなもんじゃないか!


「そ、そんなのダメに決まってるだろって!」

「えー。いーじゃーん。今から嘘ついてー、一緒に翔っちの家に行こっかなー」

「ふ、ふざけるなって! 本気で怒るぞ!?」


 慌てふためきつつも、必死になってそう咎めると、流石の渚もやばっ! っと口に手を当てて驚いて見せる。


「ごめんごめーん! 翔っちて、そういうの嫌なんだよね」

「そ、そりゃあな。そういうのはまだ早いって」

「そっかー。じゃあ、何時か遊びに行っても怒られないように、もっと仲良くならないとね! えへへっ」


 少し頬を赤らめ、こっちに向けられたのは、あいつらしからぬはにかみ。

 それを見て、俺は少しドキッっとさせられる。


 いや、だって渚もまた、スタイルもいいし可愛げはあるんだ。

 普段のいたずらっぽい表情も悪くはないけど、こういうギャップはちょっとヤバい。


「じゃ、そろそろ言うことを聞いて帰ろっかな。今日は付き合ってくれてありがと」

「あ、ああ」

「ね? 今度は翔っちが誘ってくれる?」


 こっちの様子を伺いながら尋ねてくる彼女に、少しだけ返事を迷ったものの。


「わかったよ」


 俺は内心諦めつつも、何とか笑顔でそう返してやった。


「やった! 楽しみにしてるね!」


 その瞬間見せた笑顔は本当に嬉しそうで、何となく俺もほっとしてしまう。

 って、完全にペースを握られてるな。


「ただ、渚が好きそうな場所までちゃんと知らないから、後で学校ででも教えてくれよ」

「うん! それじゃ、また休み明けにね!」

「ああ。それじゃあ」

「じゃーねー!」


 渚が何時ものように大きく手を振ると、勢いよく駅の方に駆け出して行く。

 その後姿が建物の影に消えるまで見送った後、俺は大きく息を吐いた。


 正直、翻弄されたって気持ちは拭えない。

 ただ、俺がキュンメモをしていた時に持っていた苦手意識。それは少し薄れたように思う。


 あそこまで涙した渚。

 何時もあっけらかんとしているようで、さっきみたいに気を遣ってみたり、はにかんだりもする。

 そこはやっぱり何処か普通の女の子で、ちょっと好感も持てたんだよな。


 ……まあ、それでも彼女の言動には、色々振り回されたけど。

 自然と苦笑した俺もまた、やっと終わった彼女との初デートにほっとしつつ、星を眺めながら一人家路に就いたんだ。

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