第三話:これは予想外かも

 ……正直、これは予想外かも……。

 映画も終盤を迎えた今、俺は正直驚いていた。

 暗い館内。スクリーンの明かりに照らされながら、片方の手で俺の手を握り、もう一方に俺が渡したハンカチを持ったまま、ずっと泣いている渚に。


 今回一緒に見る話になっていた映画、『恋する青空』。

 これは、高校二年の男女、青海あおみ夏樹なつき空山そらやま千秋ちあきの二人のひと夏の恋物語を描いた映画だ。


 両片思い。だけど、互いに口下手で、相手に想いを素直に表現できない二人。

 そんな中、千秋が白血病に侵されたのをきっかけに、遠くの病院で治療する事を余儀なくされ、夏休みお互い遠く離れ離れになることに。


 結果として二人は恋を伝え合うのか。

 それとも、そのまま別れを迎えてしまうのか。

 そして、病に侵された千秋はどうなるのか。


 夏休み。

 千秋が去っていくまでの一週間の、夏樹と千秋の切ない恋の行方を描いた物語だ。


 でだ。

 まあ、自分も大人になったせいか。

 元々泣かせると言わんばかりのパンフレットの内容や、結構突拍子のない展開なんかもあって、自分はあまり感情を動かされなかったんだけど。

 渚は中盤前。千秋が病に侵されたと知った辺りからもう、ずーっとぐすっと涙ぐんでいて、途中途中で感極まっては泣いていたんだ。


 今まで見てきた感じ、サバッとした性格だと思っていたし、渚に関するゲームの記憶が曖昧とはいえ、キュンメモで誰かが泣くって展開もほとんどなかったはず。

 だからこそ、これは正直これは予想外だった。


 声こそなるべく堪えてるけど、今も肘掛けに置いていた俺の手をぎゅっと握り、泣きながら反対の手のハンカチで、涙を拭くのに必死。

 周囲からもすすり泣く声がしているし、彼女だけが浮いているって事はない。

 まあ、元々女子が好きそうな恋愛物の映画だとは思っていたけど、渚がここまで感受性が強いとは、思ってなかったな……。


 結局映画が終わった後も、泣き止まない渚を連れて歩く事になり、流石に注目されないか心配したけど、ここはゲームらしさが発動して事なきを得た。

 まあ、入った喫茶店で、席に案内してくれた店員さんが目を丸くしたけどさ。


   ◆  ◇  ◆


「ゔゔっ……ひっく……」


 席に付き、飲み物が来てもまだぐずっている渚。とはいえ、流石にさっきまでよりは随分マシになったかな。


「……落ち着いた?」

「ゔん」


 渚は涙声のまま返事をすると、ハンカチでまた涙を拭い、目の前にあるホットココアを口にし、ほっとため息を漏らす。

 流石に泣きすぎて目が赤い。でも、それに触れるのは可哀想だし、ここは気づかない振りをするか。


「その……ごめんね。こんなに泣いちゃって」

「いいよ。そういう系の映画だったんだし」


 少し落ち着いたからか。

 渚は少し恥ずかしそうに俯き、上目遣いにちらちらっとこっちを確認すると、肩に掛かりそうな茶髪を弄り始める。


 流石に人前であれだけ泣けば、恥ずかしくもなるよな。

 俺が逆の立場なら、正直どうしていいか困るし。


「でもー、その割に翔っちって、全然落ち着いてるじゃん」

「まあね」

「何で? 『恋青』ってー、めっちゃ泣き所あったと思うんだけど」


 うーん……何て答えるのが正解だろう?

 きっと好感度を下げないなら、話を合わせる方がいいのかもしれない。

 でも、下手に話を合わせてもボロが出そうだよな。


 ……まあ、嫌われるならそれはそれで仕方ないか。


「正直、パンフとか見て、泣かせにくるってわかっちゃってたから、ちょっと冷めた目で映画観てたんだよね」

「うっそー!? あたしなんてわかってても泣いちゃったよ!?」

「渚はそれだけ感受性が豊かで、人の気持ちに共感してあげられる、優しい子だって事じゃないかな?」

「えっ? そ、そっかなー?」

「うん」


 何気なくそんなフォローを入れると、彼女はより顔を赤くしながら、恥ずかしさをごまかすように笑う。

 さっきより髪を弄る手も早くなってる所を見ると、一応喜んでくれてるのかもしれない。


 ただなぁ。

 今回の映画での俺の冷めた反応は、正直褒められたものじゃないよな。


「ただ、今度こういう映画を観に行く時は、別の男子と行った方がいいかもね」

「え? 何で?」


 こっちの言葉に、きょとんとする渚。


「いや、だって。俺ってこんなタイプだし、同じく泣いてくれるような男子と見た方が、話も合いそうじゃない?」


 俺がそんな理由を話すと、


「やだ」


 彼女はちょっと真顔になるとそう即答した。

 ……って、何でだ?

 まるでさっきのあいつを真似るみたいに、俺がきょとんとしてしまう。


「は? 何で嫌なんだ?」

「翔っちが翔っちだからに決まってるじゃん」


 俺が俺?

 言っている意味が分からず、思わず唖然としていると、彼女は少しムッとしながら、テーブルに頬杖を突いた。


「あのねー。翔っち、分かってる? さっきあたしにどれだけの事をしてくれたか」

「え? 何かしたっけ?」

「したじゃん! 泣いてるあたしにハンカチ貸してくれたし、手を握っちゃっても怒らなかったし、映画館を出た後も、ずっと落ち着くように背中をぽんぽんってしてたじゃん」


 ……あー。してたかも。

 何となく、そうしてあげたら落ち着かないかな? って気持ちでやっていたけど、今考えたら嫌がられる可能性もあったって事じゃないか。ったく……。


 内心浮かんだの反省。

 だけど、渚はそんな俺の想いと真逆の言葉を並べ出す。


「あれのお陰で、あたしはめっちゃ素直に泣けたし、もう泣き止んで落ち着けもしたんだよ? そうじゃなかったら、きっと今もギャン泣きだよ?」


 いや。ギャン泣きって。赤ちゃんじゃないんだから。

 とはいえ、俺がああしなかったらまだ泣いてたっていうのはちょっと驚きだな。

 そんなに涙脆いのか。

 普段の性格と同じくらい、感情の起伏が激しいのかも。


「だからー、また映画行く時は絶対翔っちに声かけるかんね! だけに。にっしっし」


 急に親父ギャグを言った彼女は、やっと何時もの渚らしい笑顔を見せる。

 俺を選んでくれるのは嬉しいような大変なような、ちょっと複雑な気持ちではある。


 だけど、こうやって笑ってくれたのにはホッとする。やっぱり渚はこうでないと。


 ……そうだ。

 どうせこの機会だ。ちょっと聞いてみるか。

 俺はふと気になったあることについて、彼女に尋ねてみることにした。

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