第三話:これだけは絶対ゲットしなきゃ!

「ちょっと待っててね! これだけは絶対ゲットしなきゃ!」


 この子ってほんと、バイタリティの塊過すぎるだろ……。

 UFOキャッチャーで必死にあるぬいぐるみを狙う渚を見ながら、俺はやっと腕組みから解放され、ほっと安堵の息を漏らした。


 放課後、完全に俺の帰宅ルートから外れてこの間のショッピングモールに連れて行かれた俺は、そのままゲームセンターでプリを撮られた。

 まあ、それは言われてたからいいとして。


「ね! 少しゲームで対戦しよ?」


 なんて言われて、エアホッケーをさせられ。


「あ、あのガンシュー、超面白そう! やろやろ?」


 と、そのまま筐体型ガンシューティングを連コインしながら、クリアまで付き合わされ。

 そして今、彼女のUFOキャッチャーに付き合っているという訳。


 既に何個か景品のぬいぐるみを取って、店内でもらえるビニール袋に入れてるんだけど、最後にどうしても欲しいってぬいぐるみがあって、今チャレンジ中だ。


 ちなみにそのぬいぐるみは、キュンメモを作ったメーカー、MONAMIのマスコットキャラのひとつ、モナミレディーちゃん。

 渚曰く、このマスコットのキャラグッズは相当レアなんだとか。


「よっし! こいこいこいこーい!」


 お。

 アームがギリギリ頭を掴み、クレーンがぬいぐるみを持ち上げる。けど、ちょっと掴み方が弱いかな。

 これは多分……。


「あーん! 何それー! アームゆるゆるじゃん!」


 やっぱり。縦軸を景品を落とす穴に合わせ停止した反動で、ポロッとぬいぐるみが落ち、クレーンが虚しく戻ってきた。

 でも、あの不安定な状態でアームが掴んだのを見る限り、そこまで緩い感じはしなかったし、多分八つ当たりかな。


「あーん。もうこれ以上お金使っちゃったら、明後日出るコスメ買えないしー。ざんねーん」


 がっくり肩を落とす渚を見ると、ちょっと可哀想になってくる。

 まあ、俺も得意ってわけじゃないけど、少しくらいやってみるか。

 っていうか、お金は鞄の財布に……うん。あった。

 ちなみにこのゲームの自分の財布の中身は、何気にイベントで展開で勝手に変わってるようで、今日はゲームセンターで遊ぶ事になった関係か。小銭が普通に多く入っている。


「ちょっと変わってくれる?」

「え?」

「あー。折角だから、ちょっと遊んでみよっかなって」


 俺がそう声を掛けた瞬間、渚が目を丸くした後、すぐに期待した眼差しを向けてくる。


「マジ!? じゃあさっきの狙って!」

「やってみるけど、過度な期待はしないでくれる?」

「おっけー! でもー、もし取れたらあたしに頂戴!」

「あ、うん。そのつもりだから」


 まあ、俺が取った所で別に何の感慨もないし。

 どうせそのうち好感度も下がると思うから、これくらいはしてやってもいいだろ。

 取れない可能性だって十分あるし、そうなったら好感度が下がるかもしれないしな。


「翔っち! 頑張って!」


 渚の声援を背に受けながら、俺は台の前に立つ。

 この位置だとほぼ縦軸は動かす必要がないから、横だけきっちり合わせればだけど、頭の向きが中々シビアだな。行けるか?


 少し緊張しつつ、五百円玉を投入。これで三回プレイか。

 よし。いくぞ。


 俺は横軸に動かすボタンに手をかけると、すーっと動き出すクレーン。

 ……ここだ。俺が離すのに合わせて、クレーンがアームを広げながら下りてくる。


「きたっ!」


 いつの間にか隣に並び、ガラスに貼り付いて様子を見守る渚。

 そんな彼女の視線の先では、うまくアームに頭を掴まれたぬいぐるみが、ゆっくりと引き上げられていく姿。

 これが停止した瞬間、少しぬいぐるみが揺れる。けど、思ったよりしっかり挟まっているぬいぐるみは落ちる気配もない。


 これなら……。

 期待と不安入り交じる中、手に汗握り待っていると、横に移動したクレーンはちゃんとぬいぐるみを持って移動し続けて。そして──。


  ゴトン


 勝利の音を立て穴に落ちたぬいぐるみ。

 渚はそれを見てすぐさま取り出し口に手を突っ込んだ。


「やったー! 翔っち凄いじゃん!」

「いや、運が良かっただけだよ」

「それでも凄いって! ほんとに貰っていいの?」

「うん」


 そう言ってあげると、ぱぁっと笑顔を咲かせた渚は、


「ありがとー! 大事にするねー!」


 なんて言いながら、俺をぎゅっと抱きしめて──えええっ!?

 ぐるりと強く腕を回され、俺に密着した渚の胸が、俺の身体にぎゅっと当たる。

 流石に制服越しとはいえ、それでも豊満さを感じる感触は刺激的。


「やっぱ、翔っちって最高だよねー!」


 嬉しそうな声が耳元からするのもまたヤバくって、俺は暫くその場で固まる事しかできなかった。


   ◆  ◇  ◆


「それじゃ、あたしんこっちだから」


 あの後すぐ、俺達はショッピングモールを出ると、駅前に向かう通りで向かい合った。向こうは駅の方だってことは、多分電車通学って事なんだろう。


「そうか。じゃあここで」

「うん。今日はぬいぐるみ取ってくれてありがと! また今度、帰りに付き合ってよね!」

「え? あ、うん。考えとく」

「何よその言い方ー。もしかして、あたしといるの、嫌?」


 不満そう、というより、ちょっと不安そうな顔を見せる渚を見て、思わずやっちゃったって気持ちになる。

 っていうか、こういう顔をされた時、冷たくできればいいんだろうけど……。


「あ、ううん。そうじゃないよ」


 って返しちゃうのが、俺の甘い所か……。


「ただ、俺も用事がある場合だってあるし、強引に連れて行くのは勘弁してくれないか?」

「あ……そうだよねー。ごめん。翔っちがどのクラスか聞き忘れて、やっと見つけたからその、嬉しくなっちゃって。てへへっ」


 笑いはしたけど、そこにあったのは反省が見える顔。

 ……まあ、元々積極的なタイプのヒロインだからこそって感じだし、ネチネチ言ったって可哀想だよな。


「これから気をつけてくれたらいいよ。それじゃ、気をつけて」

「翔っちもね! じゃーねー!」


 この間同様、元気よくこっちに手を振った後、走り去っていった渚。

 今回も、ちょっと刺激が強かったな……。


 しかも、今の俺は高校生だけど、精神的は二十六なわけで。ああいう感触とか味わうと、何か女子高生と悪いことをしているような、妙な罪悪感があるんだよなぁ……。


 って、そういう考え方がキモいんだって。

 変な気持ちを頭を搔いてごまかし、俺もまた自宅に向け歩き始めた。


 ……でも、まさか渚までこっちの外見が良いって言い出すなんて、完全に予想外だ。

 沙友理も確か、こっちのほうが良いって言ってたし、この外見にした事で好感度が下がるどころか、上がったって事なんだろうか。


 だとしたら、前の外見に戻してもいいんだけど……何かこの辺はもう、あまり影響しないのかもしれないよな。

 もうこのままでいいか。自分的にも見慣れてて安心だし。


 ……ん?

 そういやあいつ、この外見がって言ったよな?

 ふと、渚が言ったその一言が妙に引っかかる。


 あいつは雑学ステータス対応のヒロインだろ?

 だけど、知的と表現した俺と帰れてアガるとも言ったんだよな……。


 っていうか、初めて知り合って今日が二回目の出会い。

 それなのに、俺っぽい?

 そもそも主人公の外見なんて、実際のキュンメモじゃミニキャラくらいしか出てこないし、そこでは普通っぽい男子だったはずなのに……。


 これもフラグがおかしい反動なんだろうか?

 好感度はステータスすら凌駕するとか?

 まあ、そうならそうで仕方ないんだけど……。


 やっぱりこれ、本来のキュンメモとは別物として考えるしかないか。

 それはそれで困るんだけど……。


 何とも言えない気持ちになりながら、俺は一人寂しくて家に戻ったんだ。

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