第四話:気楽に過ごせそうだな

 次に目を覚ましたのは金曜日。

 金曜……ああ。確か詩音が電話してくるイベントがある日か。

 週末も彼女相手なら、少しは気楽に過ごせそうだな。


 ちなみに詩音は前に話した通り同じ、学年が一つ下で中学生。

 だから、一年目にゲーム上出会えるのは、休日だけなんだよな。

 その関係で、本来の一年目は意図してこちらからデートとか入れない限り何も関係は進展しない代わりに、他のヒロインより好感度が上がりやすい。


 他のヒロインと一線を画すのにはこういう理由もあって、何気にこのゲームで最も攻略難易度は低かったりする。


 ただ、ここまでの説明は

 元々ゲームでも、頑張って休み中に会いまくれば一年目でもそこそこ好感度が上がるし、好感度が上がれば相手からのお誘いイベントもある事を考えると、この先ガン無視は難しそうかなぁ。


 そんな事を考えながら、学校へ行く準備を整える。

 流石に週頭じゃないから、ステータス強化のアイテムは机に乗っていない。

 よくよく考えると、何時も乗っていた物が置かれてないってのは新鮮だな……って、既にこの世界に慣らされてるだけか。

 早くもゲームの世界に順応し始めている自分に苦笑しながら、俺は家を出て通学路を歩き始めた。


 四月も第二週に入って、桜のシーズンは終了。

 ゲームの世界とはいえ、好きな季節が早く流れるのは残念な気持ちになるけど、この先色々な四季を堪能できそうなのは、ちょっと嬉しいな。


 ただなぁ……。

 道を歩きながら、俺は自然とため息を漏らす。

 いや。平々凡々に過ごす野望が潰えたわけじゃないけども、こうやってイベントがある日だけ目覚めるっていうのは、ギャルゲーと考えたらありがたいけど、リアルなこの状況だと心休まる気がしない。


 これが多分陽キャだったり、こういう女子にモテモテ最高! って言える人ならそれこそ最高のシチュエーションだろうけど、俺はそうじゃない。

 しかも、ヒロイン全員の好感度が上がってるっていうのがまた辛い。

 以前から考えてる通り、好感度やら考えながら行動しないといけなくって、ただ恋愛に浸るだけとは訳が違うしさ。


 こうやって登校していても──。


「あ。翔君」


 ──な?

 のんびりなんてできないだろ?


 俺は背中側から聞こえた澄んだ声に足を止めると、振り返らずに落ち着いて対応できるよう、軽く深呼吸してから振り返った。


「おはよう。綾乃」

「おはよう。今日も早いね」

「そうか?」

「そうだよ。この時間に起きるの大変だもん」


 笑顔を振りまき俺の脇に歩いて並んだ制服姿の綾乃。

 ……やっぱり、可愛さのオーラが違うんだよなぁ。

 未だ慣れない彼女との登校に少し緊張しながら、俺達は並んで歩き始めた。


「そういえば、最近はずっとその髪型だね」


 ふと綾乃がそう聞いてきたけど、ずっとって言葉に違和感を覚える。

 とはいえ、俺の中では二日目でも、彼女からしたら五日は経ってるんだもんな。

 その間にも俺の姿を見ているわけだし、ずっとって感想にもなるんだろう。


「え? あ、うん。やっぱり似合わないか?」

「ううん。私はこっちの方が、好きかも……」


 好きかも……好きかも……好きかも……。

 恥じらいながら言われたその言葉が、脳内でリフレインし、じわーっと心に恥ずかしさと嬉しさを寄越してきて、これは堪らないな……って危ない!

 危うく意識があらぬ所にいくかと思った。

 だけど、やっぱり好みである彼女に言われるのは、衝撃度が他のヒロインよりやばい。


 そのせいで緊張しちゃって、会話のネタが浮かばない。

 何か話を逸らすネタはないか? 何か……。

 あ。そうだ。


「さ、桜の季節、終わっちゃったな」


 無難過ぎだけど、これくらいの方がいいだろ。


「そうだねー。翔君は桜って好き?」

「そうだな。やっぱり春は色々な花が咲いて華やかだけど、桜が見てて一番良いかな」

「そっか。私もそうなんだ」


 綾乃は小さく微笑んだ後、少ししおらしい雰囲気に変わる。


「ねぇ」

「ん? どうした?」

「その……来年は一緒に、お花見に行かない?」


 来年……って、ああ。春のスチルイベントか。

 綾乃のスチルイベントは、何気に結構シビアな物が多い。

 特に春イベントは三月四週目から四月一週目の週末までという短い期間にしか、発生のチャンスがないんだよ。

 そこまでに好感度をある程度上げなきゃいけないから大変……って。今はそれはいい。


 ……これも約束した内に入るんだろうか?

 そんなゲーム脳の自分が疑問を呈するけど、結局そこまでに好感度が下がったら、なかった事になりそうだよな。


 口約束。良い印象のないそんな言葉がぎる。

 けど……隣で上目遣いに様子を伺う、少し緊張した綾乃を見て、断れる男子なんているんだろうか? いや、いないだろ。


「……そうだな。来年は一緒に見に行くか」

「……うん」


 ……うわぁ。このはにかみ顔、やっぱり可愛い過ぎる。

 一気に胸の高鳴りが大きくなったけど、俺は何とか笑みを返すと、必死に平静を装ったんだ。


   ◆  ◇  ◆


 結局あの後、綾乃の女友達が彼女に声をかけてきて、一気にそっちは女子らしいトークで盛り上がり始めたから、俺はその輪から距離を置いて一人で登校した。


「よお! 聞いたぜ!」


 教室に入った途端、颯斗が望を引き連れ、俺の席側に駆け寄って来る。

 笑顔といえば笑顔。

 だけど、そこに何となく含みをがあるような感じがするけど……。


「何の話をだ?」

「おいおい。俺達の間柄だぞ? 隠し事は無しだぜ」


 にんまりする颯斗を見て、望は肩を竦める。

 颯斗がここまでの顔をするって事は……。


「明日、詩音ちゃんとデートするんだって?」


 望の方からそんな問いかけが来て、予想が当たったと理解したけど……あれ?

 この世界って、主人公はヒロイン達と休みに会うのをデートって言ってたのは知ってるけど、付き合ってない男女が会うデートって、カップルのそれと取られたりしないんだろうか?

 まあ、今回は一旦濁してみよう。


「えっと、デートっていうか。たまたま俺がワン吉に押し倒されて、服を汚したお詫びしたいっていうから、それで会うだけだけど……」


 そこに並べたのは事実だけ。

 だけど、そこはやっぱり詩音の兄貴。颯斗はにこにことしながら、俺を肘で小突いてくる。


「おいおい。そんな事言ってよー。内心嬉しいんじゃないのか?」

「あ、いや。その、嬉しいっていうより、奢るって聞かなかったから受けたけど、申し訳ないなって感じかな」

「何だよー。俺の自慢の妹だぞ? もっと喜べってー。あいつも衣装とかめっちゃ悩んでたしさー」


 ……おいおい。そんなに入れ込んでるのかよ。

 彼女だったら気楽に過ごせる。そう思ってた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 喜ぶ颯斗と笑顔で見守っている望の手前、苦笑はできなかったけど、内心俺はちょっとがっかりしていた。

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