第七話:あれ? この曲……

 あれ? この曲……。

 顔を上げた瞬間、画面に映っていたタイトルが消えて、ちゃんと名前はわからない。

 だけど、このイントロには聞き覚えがあった。


 これ確か、ANKエーエヌケー24の代表曲、『愛するフォーチュンクッキー』だったよな?

 そう思いながら歌い出しを待っていると、


「あなたの事、大好きだけどー、あなたは全然興味を持ってくれないのー」


 詩音の普段のハスキー声とは違う、どこか可愛らしい声。

 それは凄く歌にマッチしていて、めちゃくちゃ歌が上手いっていうゲーム内設定にも頷ける。

 だけどそんな衝撃なんかより、俺はこのを歌っている現実により驚いていた。


 確かこの歌、俺が丁度キュンメモをプレイしていた、高校時代の曲だったはず。

 って事は、もしかすると……。


 俺は彼女の心地良い歌声を聴きながら、機械にとあるアーティストの名前を入れてみると……あった。

 最近の曲なんて全然ないし、曲数も決して多くない。けど、俺が高校時代に有名だった曲が、幾つかあるじゃないか。

 これなら俺も知ってるから、何とかなりそうだ。

 内心ほっとした俺は、そこに映った知っている曲を予約すると、そのまま詩音の歌声に聴き入ったんだ。


   ◆  ◇  ◆


 あれから約四時間。

 フリータイムで入ったとはいえ、自分の学生時代のカラオケ最長時間をさらっと更新する勢いで、俺と詩音は歌ったり食べたりして、楽しく時間を過ごした。


 ……うん。楽しかったって表現は、間違いないじゃない。

 だって、普段の俺なら二時間もすれば喉を枯らして、思うように歌えなんてしなくなるし、知っている好きな曲も高音域がどうしても出づらくって、満足に歌えるのなんて最初の数曲くらい。


 それが、これだけ歌っても全然喉が枯れないし、思っている以上に高音域も出せて、初めて自分が選んだ曲を満足に歌い切れたんだ。

 これが雑学や体育のステータスと関係しているのか。はたまたゲーム内だからこそなのかはわからないけど、こんな経験ができたのは嬉しかったな。


 しかも、悩みのタネだった曲のレパートリーも、要所要所に知っている有名な曲があったから、それで何とかできたし。そういう意味で、今回のカラオケに対する自身の満足感は高かった。


 でも、それだけじゃない。

 詩音の歌声が本当に素晴らしくって、そっちの満足感も相当高かったんだよね。

 選択した曲が、恋心を伝えたい片思いの歌とか、初々しい恋人同士を歌った幸せそうなやつだったし、歌いながら顔を赤くしていたから、きっとこの歌には熱唱しているだけじゃない何かが込もっているんだろうってのも伝わってきたけど。

 それでも、それらを見事に歌い上げる彼女の歌唱力は凄かったし、良い歌を聴けたからこそ、一緒にカラオケに来て良かったって思わせてくれたのも確かだ。


「はーっ! めちゃくちゃすっきりしたっすね!」

「そうだな」


 カラオケ店を出た詩音が、上機嫌で大きく伸びをした。

 ショッピングモールの窓から見える空は、夕焼け空に変わり始めている。

 そんな中、俺達はショッピングモールから出るべく、ゆっくりと施設内を歩き始めた。


「あ。その、お詫びって言っておきながら、僕の方が楽しんじゃってすいません」

「いいって。これくらいのほうがこっちも気持ちは楽だし。今日はご馳走様」

「いえ。こっちこそ先輩の歌声が聴けて良かったです」

「そうか。俺も詩音の歌声が聴けて良かったよ」


 俺がそんな言葉を返すと、彼女は少し驚いた後、顔を赤くしながら笑う。


「そ、そんな事言われると、ちょっと恥ずかしいっすね……」

「そうか? でも、本当に良い歌声だったよ。自信持っていいんじゃないか?」

「自信っすか……。そうっすね。そう思えるよう、頑張ってみます」


 ゲーム通り、運動系得意な僕っの割に、意外に謙虚なキャラの反応。

 照れてるのを見る限り、好感度の高さは相変わらずだって感じるけど、渚は例外過ぎるにしても、綾乃や沙友理ほど露骨にそれっぽい反応をする機会も少ないから、一緒にいても気分が少し楽かもしれない。


 ショッピングモールの一階の出入り口の自動ドアが開き、俺達は外に出る。

 四月も中旬だけど、まだ少し肌寒いな。


「先輩。今日は付き合ってくれてありがとうございました」

「こっちこそ。ただ、これでお詫びは終わりだからな」

「はい。わかってます。……あの、先輩」


 詩音がこっちを見上げながら、少し不安そうな顔を見せる。

 何となくその反応で、言ってくる内容が予想できたけど、敢えて知らない振りを決めた。


「どうした?」

「あ、えっと、その……。また、一緒に遊びに誘ってもいいっすか? 迷惑じゃなければ、ですけど……」


 ……ほんと。初回のイベント通りの会話とはいえ、こういう所はほんと謙虚だよな。渚に是非、彼女の爪の垢を煎じて飲んでほしいくらいだ。


 断ることもできなくはないけど、どっちにしたって平日は会うこともないし。

 こんな彼女相手だ。たまに会うくらいなら、気晴らしになるかもしれない。


「そうだな。別にいいよ」

「ほ、本当っすか!?」

「ああ」

「ありがとうございます!」


 さっきまでの表情から一転、笑顔になり勢いよく頭を下げてくる詩音。

 多分こっちが兄貴の知り合いの先輩だからって事で色々気を遣ってくれてるんだろうけど、それをゲーム画面じゃなくリアルに肌で感じると、こうも印象が違うんだな。


「あ。この後ワン吉の散歩に行かないとなんで、今日はこれで」

「ああ。じゃあ、またな」

「はい! それじゃ、失礼します!」


 詩音がまたこっちに頭を下げると、そのまま先にその場を離れていき、一人俺はこの場に残された。

 勿論今もショッピングモール付近は人も多い。

 それを見ていて寂しさを感じることはないんだけど、それでもふっと一人に戻ると、ちょっとだけ心に隙間ができたような虚しさを感じる。


 ……まあでも、そうだよな。

 今までリアルなら、職場に行けば知り合いがいて、毎日一緒に仕事をしたりしていたし、家でもネットで誰かと会話したり、休みに大学の友達と遊んだりもしていた。

 それが、学校生活はあるものの、基本この世界でひとり。しかもヒロイン達は好意を寄せすぎで、気分もあまり休まらない。

 だからこそ、程々の詩音が丁度いい距離感で、気持ち的に余裕ができてたからこそ、ちょっと残念な気持ちにもなるんだろう。


 ……さて。明日は日曜。

 また色々と考えなきゃいけないことがあるな……ってそうだ。

 手帳を買って帰ろうって思ってたじゃないか。危うく忘れる所だった。


 俺は自分の記憶力に感謝すると、詩音と別れた切ない気持ちを忘れるように、一人ショッピングモールに戻って行ったんだ。

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