第六話:こんな事を考えてる場合じゃないか

 っと。こんな事を考えてる場合じゃないか。

 そういうのは後に回そう。


 そういや颯斗は詩音がかなり気合い入れてるって言ってたけど、今日はどんな格好で来たんだ?


「ああ。待たせるようじゃ、先輩の威厳を保てないからな」


 くるりと振り返った俺の目に映った詩音は──ん? 案外普通だな。


 白いトレーナーにダメージジーンズ。

 青い髪を隠すように被っている黒い野球帽に近い帽子という出立ちは、俺が知るゲーム内の彼女と同じ。

 流石に衣装に悩んでるって聞いてたから、この格好だったのは拍子抜けしたけど、これが彼女の勝負衣装って事なんだろうか。


「えっと、何か変っすか?」

「え、あ、いや。全然。寧ろ似合ってるよ」

「そうっすか。良かった。イメチェンした先輩も素敵っすよ」


 俺の咄嗟の褒め言葉に、詩音がお返しとばかりの褒め言葉を口にしながらはにかみ笑う。

 この外見でも好感触なのは予想通りだけど……やっぱり彼女も、このゲームのヒロインだな。

 こういう笑みが詩音には似合ってて、かなりドキッとさせられる。

 ここは何とか平常心でっと……。


「で。電話で話した通り、俺は何処の店でもいいんだけど、どうする?」


 そう口にしながら、このイベントが本来のゲームでは何処に連れて行かれたか思い返そうと思ったんだけど、流石に十年も前だとそこまで覚えてないんだよなぁ。

 流石に綾乃のイベントだったら、それでもある程度記憶にあるんだけど……。


 とりあえず詩音の反応を待っていると、彼女は少し顎に手をやり考えた後。


「あの、お詫びになるかわからないんですけど、僕とカラオケに行きませんか?」


 と言ってきたけど、カラオケ?

 ……ああ、そういえば。

 彼女って体育系ステータス担当だから、運動神経がいいのは勿論なんだけど、詩音ってその名前の通り、何気に歌も上手くてカラオケ好きって設定はあったっけ。


「昼飯はいいのか?」

「どうせなんで、カラオケで何か頼んじゃえばいいかなって」

「まあ、そっちがいいなら別に構わないよ。安上がりだろうし」

「じゃ、決まりっすね」


 提案が通ってほっとした詩音を見て、俺もちょっとほっとする。

 本気で入れ込んで高級レストランとか選ばれないか、流石に心配だったしな。

 そして、そのまま俺達はショッピングモールに入りカラオケ屋に向かったんだけど、俺はその途中である問題に気づいたんだ。


   ◆  ◇  ◆


「今日の部屋は当たりっすね」

「そ、そうだな」

「まずは何か食べ物注文しましょっか」

「ああ。悪いが適当に頼んでもらっていいか?」

「わかりました」


 やや広めで小綺麗な部屋。

 互いの距離も空くし環境としては悪くない。いや、悪くはないんだけど……。

 食事のメニューとにらめっこしてい始めた詩音を見ながら、俺はこの状況を後悔し始めていた。


「ちなみに、飲み物はフリードリンクっすけど、何にします?」

「あ、そっちは俺が取ってくるよ。そっちは何がいい?」

「あ、じゃあ烏龍茶でお願いできますか?」

「わかった」


 うまく理由を付けて一旦部屋を出た俺は、そこで思わず大きなため息を付いた。


 いや、考えてもみろ。

 ここは胸キュンメモリアルの世界。そう、ゲームの世界だ。

 テレビだって俺が全然知らない番組がやってたってのに、カラオケにどんな歌が入っているかなんてわかるわけないだろって……。


 確か親父の話だと、当時はドラマCDやらボーカルコレクションみたいなヒロイン達のテーマをモチーフにした歌が入ったCDなんかも出ていたらしいけど、俺は流石にそこまで手を出していない。


 ゲーム内の歌も綾乃の声優さんが歌うオープニングとエンディング。そして、バッドエンド時に流れる颯斗の声優さんが歌う悲しい歌くらいしかなかったはずだけど、この場合、ラインナップは一体どうなるんだ?

 歌える歌がなかったら、恥晒しどころじゃないぞ!?


 重い足取りのまま、入店した時に見かけた、ロビー側のドリンクバーまで移動すると、俺は彼女用の冷たい烏龍茶と自分用のアイスティーを備え付けのカップに注ぐ。


 その間に、何かカラオケに入ってそうな曲が掛かってないかと耳を澄ましたけど。

 妙に防音が効いてるのか。他の部屋は盛り上がってるけど音漏れすらしてないし、モニターに映る知らないアーティストのプロモーションビデオの映像も、残念ながら音が出ていない。


 しかも店内のBGMは、キュンメモのゲーム内のカラオケ店で掛かっていた音楽そのまま。

 これはこれで懐かしさが蘇ってくるけど、今はそんな余韻に浸ってる場合じゃないんだって……。


 まあ、考えても仕方ない。

 最悪の場合は、歌を大して知らないのに、強がってOKした事にするか……。

 漏れそうになったため息を止める事もせず、俺は飲み物を淹れたカップを両手に持ち、詩音の待つ部屋に戻って行った。

 

   ◆  ◇  ◆


「あ、お帰りなさい」

「ただいま。こっちがお前のな」


 何とか肘を使って部屋のドアを開けた俺は、そのまま詩音に烏龍茶を差し出すと、彼女もすぐ様それを受け取ってくれた。

 そして俺は、そのままソファーに腰を下ろす。


「ありがとうございます。食べ物は頼んでおいたんで」

「お、サンキュー。助かったよ」

「いえ。食べ物来るまで掛かるでしょうし、始めときます?」


 そう口にした詩音の瞳がキラキラしてる。

 あー。これは早く歌いたくって仕方ない顔だな。それなら都合がいい。


「そうだな。悪いけど、先に詩音から歌ってもらっていいか?」

「いいんすか?」

「ああ。俺そんなにレパートリー多くないし、知ってる曲が入ってるかも探さないとだから」


 こう口にしたものの、あまりに苦しい言い訳をした自分にがっかりする。

 ここのカラオケも例に漏れず、専用の機械で曲を選べる仕様。だったら検索すりゃすぐ出てくるじゃないか。

 

 ただ、俺のそんな心なんて露知らず、彼女はといえば、ぱぁっと明るい笑顔を見せると、


「わかりました。じゃ、先に行きますね」


 なんて素直に受け入れてくれて、そのまま機械を手に曲を入れ始めた。


 ……さて。気が重いけど、俺も曲を探すとするか。

 そう思ってもう一台の機械を手に、検索するアーティスト名なんかを考えていると、彼女の入れた曲のイントロが流れてきたんだけど。

 それを聞いた瞬間、俺は思わず顔を上げたんだ。

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