第二十一話:思うがままに行動しているだけです
横に立っている彼女に顔を向けると、まるで将吾君を助けに行った時のような、凛とした表情をしている。耳まで真っ赤だけど。
「どうかしましたか?」
「あの……申し訳ございません。先程からずっと、気を遣わせてしまって」
丁寧に頭を下げる沙友理を見て、ポンコツな時もあるけど、やっぱり気遣いのあるしっかりした人だなと思う。
渚に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいって思う相手が、もう一人増えた気分だ。
「別に。俺はずっと、思うがままに行動しているだけです。気遣いなんて───」
「ごまかさないでください。
顔を上げ、しっかりとそう口にする沙友理。
実際の所は彼女の言う通り、喫茶店の時から、そういう気持ちあっての行動は多かったと思う。
勘づかれて、感謝まで口にされているんだ。無理に否定するのも悪いかな。
「まあ、そう感じてくれたなら良かったです。さっきも、よかれと思ってこっちから手を繋いじゃいましたけど、嫌じゃなかったかはやっぱり不安でしたし」
俺が頭を掻きながらそう言うと、彼女はまた顔をより赤くする。
「あの。
癒やしを与えてくれるって。そこまで凄いものじゃないと思うけど……。
何と返していいかわからず、笑顔でごまかすと、沙友理は一度俺から目を逸らし、恥ずかしげな顔で俯く。
そして、彼女が何か思い詰めたような顔をした時、俺はふとある事に気づいた。
さっきまでそれなりにいた他のお客が、気づけば周囲からいなくなっている。
丘を降りて行く客や、遊園地でお客が楽しげに歩いている姿はあるけど、誰も丘の頂上に登って来ていない。
遠くのジェットコースターであがる歓声なんかも聞こえてるけど、あまりに遠いせいで、どこか現実味を感じない。
そんな中で、沙友理が何かを言いたそうで言えない、そんな複雑な表情を見せてるけど……って、待て待て待て待て。
いや、まさかだよな?
今日二度目となった、同じ疑問。
告白するのにあまりに状況が整い過ぎている現状に気づき、内心おろおろとしていると。
「ですから、その……これからも……色々と、経験を……させてもらえませんか?」
彼女が上目遣いにこっちを不安そうに見上げてきた。
……ほっ。
流石に、そこまで一気にフラグがおかしくなる事はなかったか。
「はい。俺でよければ」
心の中で安堵しつつ、安心しきった俺がさらりと笑顔でそう返すと、こっちを見ていた沙友理がふっと目を逸らし、肩から流れたポニーテールを空いた左手で落ち着きなく弄り出す。
そして……。
「ありがとうございます。
「……え?」
気恥ずかしさを加速させる、消え去りそうな声。
思わず俺は驚きの声を上げたけど……これって暗に、あなたの恋人を目指すって宣言されたようなもんじゃないか?
特別な存在相手に経験したい事って、その……不純だと思ってる事を、もっと経験したいって言ってるようなものだし……。
頭の中に一瞬思い描いてしまった、恥じらう沙友理のあられもない姿。
そのせいで、俺の顔がみるみるうちに熱くなる。
ただ、沙友理は俺が聞こえていないと勘違いしたのか。
「あ、そ、その。何でもございません。お忘れください」
そう言って、顔が見えないようそっぽを向いた。
特別な存在、か……。
エリーナこそまだ親しい友達っぽい距離感だし、綾乃も幼馴染以上の行動も見せているけど、まだ幼馴染以上の話は口にされてはいない。
唯一、渚は彼氏候補なんて言ってきたけど、あれはイベントにもあった言葉。
今回みたいに、ゲームにない宣言をされたのは初めてだ。
勿論、特別イコール恋人ってわけじゃない。
だけど、ここまでの沙友理の反応や態度を見る限り、どうしてもその言葉以外当てはまらないような気もする。
実際、今も俺の手をぎゅっと強く握ってきてるし……。
彼女が口にした言葉の破壊力に、動けなくなっている俺。
今日何度目かの妙な沈黙に、何ともいえない空気が漂い始めた、その時。
ピーンポーンパーンポーン
遠くから、静けさをごまかすようなチャイムの音が耳に届いた。
『迷子センターよりお知らせです。鎌田将吾君のお父様。将吾君とお母様がお待ちです。至急、迷子センターまでお越しください』
「……は?」
将吾君のお父さんが、迷子?
あまりに空気の読めない、突拍子もないアナウンスを耳にして、俺は思わず沙友理と顔を見合わせる。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「ま、まあ、俺達じゃお父さんの顔もわからないから探しようもないし。流石に相手も大人ですから。大丈夫だと思いますよ」
「で、ですよね」
流石にトラウマが蘇る事はなかったのか。沙友理が俺と同じく苦笑いしている。
妙なアナウンスのおかげで、少しだけ心に余裕ができた俺は、一旦さっきの言葉をなかった事にした。
結果として、告白されたわけじゃないんだ。
今は深く考えずにおこう。じゃないと、俺の気持ちが持たないし。
◆ ◇ ◆
あの後、改めてどこへ行くかと聞いたんだけど、結局沙友理は今日は園内の散策だけでいいと言ってきたので、それに合わせて園内を見て回る事に終始した。
途中、オープンカフェっぽい店でお茶をしたり、お土産屋を覗いたりもしたりしたけど、流石に彼女も少し慣れが出てきたのか。
恥ずかしがり過ぎだった最初の頃より肩の力をも抜けて、自然に話をしてくれた。
まあ、テーブル席でも並んで座り、手を繋がされたままなのは、流石に恥ずかしかったけど。
ちなみに、先輩キャラ相手だしと思って、二年生になって何か変わったかと聞いてみたんだけど。
勉強の内容が変わったとか、進路の話題が出たとか以外はあまり変わり映えしないって言ってたな。
そういう所も妙にリアルなんだなと思いつつ、沙友理の話に耳を傾けながら園内を見て回っているうちに、あっさりと時間は過ぎて、その日の夕方になった。
◆ ◇ ◆
遊園地からバスに乗り、夢乃駅前に戻って来た俺達。
バスを降り駅の側まで来た所で、沙友理は俺の手を離し、こっちと向かい合う。
「今日はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」
「いえ。ただ、楽しんでくれたなら、謝るのは止めてくれませんか? なんかそれは違う気もするんで」
「そ、そうですよね。申し訳ございません」
「ほら。今言ったばかりですよ」
「あ……」
謝り癖がついている彼女に俺がそう指摘すると、手を口に当て驚いた顔をする。
それがどこかおかしくって、俺が自然に笑みを浮かべると、沙友理も釣られてくすりと笑う。
「今度遊園地に行く時は、アトラクションをご一緒に楽しめればと思いますので。また、お誘いしてもよろしいですか?」
「いいですよ。今度はもっと、色々堪能しましょう」
「……はい」
素直にそう受け入れると、沙友理が嬉しそうに微笑む。
夕日に照らされた、どこか落ち着いた彼女はやっぱり美人って言葉が相応しいな。
二人でそんな会話をしていると、一台のバスがロータリーへと入ってくるのが目に入る。
沙友理も同じバスを目にすると、少しだけ寂しそうな顔をした。
「それでは、
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。では、失礼いたします」
バスが停留所に止まった所で、メイドらしい丁寧な会釈をした沙友理は、そのまま俺に背を向けバスに向かい、そのまま中に乗り込んだ。
こっちの姿が見える窓際に座り、こっちに小さく手を振ってきた彼女に、俺も手を振って応える。
そして、沙友理の乗ったバスはゆっくりと走り出し、その場には俺だけが残された。
……ふぅ。やっと終わった。
沙友理とのデートを終えた俺は、大きく息を吐いた。
ずっと手を繋いでて緊張してたのもあったし、彼女が不純と感じるような事は避けなきゃって気を張ってたのもあって、今までのデートの中でも相当気疲れしたな。
まあでも、最初に不純過ぎるって言われた時はどうなるかと思ったけど、結果として好感度を下げずに済んで良かった。
あと、ゲーム内でそれほど語られなかった、エリーナの迷子の話で彼女がトラウマになったって話はちょっと意外だったな。
これも設定にない設定。綾乃のお母さんの話なんかもそうだけど、こういった部分は妙に気になってしまう。
流石にエリーナに話を聞くのは憚られるけど、リーゼロッテなら当時の事は覚えていそうだよな。
別に何があるってわけじゃないけど、ゲームで語られていないサブヒロイン同士のやり取りなんかはちょっと気になるし、今度会ったら聞いてみるか。
さて。
これでゴールデンウィークのデートは、詩音とのデートを残すのみか。
まあ、あいつは今のところエリーナ同様、好感度が高くてもそこまでがっつかれない印象だから、ちょっと気持ちも楽かな。
しかもライブってことは、渚の時の映画と同じで、ある程度は勝手に時間が潰れるし。
ここでぼんやりしてても仕方ない。そろそろ俺も、帰って家で休むとするか。
やっと一人の時間を手にした俺は、その場で大きく伸びをすると、一人夕闇が近づく駅前を後にしたんだ。
--------
ということで、思ったより長くなってしまった沙友理編でした。
次回はゴールデンウィークデートの最後を締めくくる、詩音とのデート編。ちょっと真面目な話も多かった沙友理編とは違う感じになると思います。
また暫くお待ちいただきますが、楽しみにしていただけたら幸いです。
フラグがおかしいこの世界《ギャルゲー》で、俺はどんな恋をすればいいんだろう? しょぼん(´・ω・`) @shobon_nikoniko
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