第二話:こうくるのかよ……
「まさか、こうくるのかよ……」
独りごちりながら、俺は思わず頭を掻く。
そう口にさせた元凶は、机の上にしれっと乗っていた。
重なった現代国語と古典の教科書に、それとは別の山になっている化学と数学の教科書。
その手間の列には体操服。隣にはファッション誌まで置かれている。
勿論、俺はこんなのを寝る前に置いた記憶なんてない。
だけど同時に、机の上に置かれたこれらが何を指し示すのか。それは分かっていた。
キュンメモの主人公がシミュレーションパートで強化できるステータスは、文系、理系、体育、雑学の四種類ある。
文系、理系はその名の通り、それらの学力の高さを示し、体育は運動神経の高さを、雑学は遊びや交友関係に影響する魅力の高さを示すステータスだ。
かなり端折られたステータスの数。
だけどそのシンプルさが、逆に遊びやすさに繋がっていたんだよな……って話は置いといて。並べられたアイテムのどれを最初に手にして鞄に入れるか。
ゲームではこうやってその週の行動を決めて、選んだ物に合ったステータスが上下する仕組みになっていたんだ。
今までに出会ったヒロインは、オープニングで知り合った清宮綾乃だけ。
他のヒロインは、これを手にして最初にステータスが上がると出会えるんだけど、これが中々に厄介でさ。
綾乃以外の誰かと結ばれるだけなら、どれかステータスを一辺倒に上げまくって、それに関係したヒロインだけを出し、綾乃とも嫌われない程度に、ほどほどに仲良くすればどうにかなる。
逆に綾乃狙いをする場合、好感度もそうだけど、まずは前提となるさっきの全ステータスを上げるのは必須。
そのせいで、サブヒロイン全員の登場はほぼ確定。しかも、その子達に嫌われて悪い噂を流されたら、綾乃の好感度を下げられてしまうから、サブヒロインを放っておくわけにもいかなくって、結果としてシビアな行動管理をする羽目になり、難易度は一気に跳ね上がる。
これが、綾乃がメインヒロインらしく、攻略が最も難しい所以だ。
じゃあ、今の俺のように、攻略しないって考えた場合はどうなのか。
誰にも告白されないエンディングを目指すだけなら、出会いイベントや勝手に発生する通常イベント以外、ヒロイン達を完全放置でも問題ない。
結果、誰にも告白される事なく、主人公が独り身で終わる、がっかりエンディングを見せつけられるだけだ。
勿論ヒロイン達との好感度を上げ過ぎるわけにいかないから、無難な選択肢を交えつつ、合間に嫌われる選択肢を選べばいいだけ。
つまり、バッドエンドとはいえゲームをクリアするだけなら、ゲームと割り切れば楽は楽だ。
そう。
ゲームと割り切れるならな……。
昼間出会った綾乃の事を思い浮かべ、俺は自然とため息を漏らす。
正直、無理に好感度を下げる選択をする勇気は、昨日の彼女の反応を見て既に失せていた。
例えば、もし帰るのを断って、綾乃ががっかりする姿を見たら、俺は絶対後悔して、罪悪感に
でもそれが出来ないと、既にかなり上がっている好感度は下がらないし、好感度が高いヒロインってそれだけ主人公に夢中になっている状態だから、相手から行動を起こしてくる事も多くって、それだけ色々と大変にもなる。
しかも、それをリアルな綾乃とするんだぞ?
ちゃんとデート先を考え、会話もしなきゃいけないんだ。ただ選択肢を選ぶだけとは違う。
悲しいかな。自身じゃ一切そういう経験をしてないけれど、仕事場の同僚が彼女の事でそういう苦労をしてる話は聞いた事がある。
今思えばキュンメモって、そういう意味でもよくできてるんだよな。
まあ、そのせいで今こうやって、頭を抱える羽目になってるんだけど……。
……止め止め。考えても無駄だ。
どうせ俺の性格じゃ、嫌われる選択肢なんて取れないし、なるようにしかならないんだ。今は綾乃の話は置いておこう。
少し鬱々とした気持ちを首を振ってかき消すと、俺は改めて机の上の物達に目をやった。
どれを手にすれば誰に出会えるか。それは流石に覚えてる。
どうせ開幕からフラグがおかしかったんだ。
もしかしたらサブヒロイン達も、何らかしかフラグがおかしくなっていたって不思議じゃない。
出会わないようにしても出会ってしまう。
そんな可能性もあるなら、最初に顔くらいは合わせて、状況を確認すべきかもしれない。だとしたら……。
少し悩んだ後。覚悟を決めた俺は、恐る恐る数学と理系の教科書をまとめて手に取り、ゆっくりと鞄に仕舞った。
実際のゲームじゃ、ここで選択した効果音が鳴ったり、確認メッセージが出たりするんだけど、そういう変化は全く起こらない。
……うーん。何とも中途半端。
っていうか、俺の考え過ぎなんだろうか?
何となく拍子抜けした気持ちになりつつも、今日の時間割を確認しつつ、机の上の本棚や横の引き出しから、必要な教科書やノートを鞄に詰めていく。
……さて。
準備を終え、パジャマからブレザー姿に着替えた俺は、一旦洗面台の鏡の前に行き、昨日同様に髪の毛をムースでまとめる。
毎日これをするのも面倒だな。後で時間をみて、床屋にでも行くか……なんて。
早くもここの生活に溶け込みそうな考えをしている事に気づき、思わず苦笑いする。
まあいいか。
まずはこれでどうなるのか。今日でまたこの世界について、少しは何か分かるだろ。
俺はピシャリと顔を叩き気合いを入れると、部屋に戻って鞄を手にし、家を出て学校に向かったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます