第一章:出会いもやっぱり色々おかしい

第一話:やっぱりこの世界は、ゲームなんだろうか?

 しかし……やっぱりこの世界は、ゲームなんだろうか?


 家に帰った後。

 夕食を作ったり、洗濯を済ませたりした俺は、風呂も済ませてパジャマに着替えると、髪の毛を乾かした後、ベッドの上にごろりと横になった。

 窓の外は既に夜のとばりが下り、街灯の明かりが住宅街をぽつぽつと照らしている。


 敢えてリアルと同じように、こうやって一人暮らしらしい家事なんかをこなしてみたけれど、そこにゲームらしさは全然ないし、違和感もまったくない。

 今日を振り返ってみたって、学校に行ってから帰ってくるまでの間、綾乃のフラグがおかしかったのを除けば、それほど違和感のない生活だった。

 夢なら覚めるかと思って、既に頬はつねり済み。既に赤くジンジンしてる。


 これだけの状況、普通ならこの世界は現実と同じ。そんな風に思えるんだけど。

 よくよく一日を振り返ってみると、大きな違和感がひとつあった。


 それは、綾乃との下校の時の事だ。

 俺から見ても絶対に美少女。

 ゲームの設定通りの才色兼備な綾乃が現実に存在するなら、間違いなくみんなの注目を集めるだけの魅力がある。


 実際、元となるゲーム内でも、その外見と性格から、一躍人気者になったって設定だからな。そんな美少女がリアルにいれば、普通なら多くの視線が彼女に向けられるはずだ。


 だけど、さっきの下校時はそうじゃなかった。

 周囲には他の学生がちらほらいたけれど、俺達を注目するって事も、下校時の会話を誰かに邪魔されるってこともなかっただろ?

 それはある意味、ゲーム内のキュンメモと同じなんだ。


 本来の綾乃が口にするはずだった、みんなにからかわれるのが恥ずかしいって台詞。

 じゃあ実際、それでも主人公がアタックを掛けていった場合、彼女が周囲にからかわれる描写があるかといえば、そんな事は一切ない。


 二人の会話内で、ちらっとそんな話が話題に上がる事はある。

 でも、実際下校時だって、イベント時だって。それこそデートをしてる時だって、周囲にそれをからかわれたり、付き合ってるんじゃって噂される事もないんだ。


 それは、リアルの学園生活じゃ考えられない。

 やれ誰と誰が付き合ったとか告白してフラれただのといった話題は、学園生活じゃ日常的に語られてるし、そう勘ぐられるようなペアは、自然と周囲の目を集める事が多い。

 しかも相手は美少女。注目を集めない方がどうかしてる。

 だからこそ、今日のあの一幕は、どこかゲームらしさを残してるって事になるんだ。


 ……とはいえ。

 そう考えると、ここまで中途半端な世界なのは、どういう事なんだろうか。


 自分で作った夕食の味にしても、洗い物で触れた洗剤や水にしても、感触も含めて本物にしか感じられなかったし、学校での賑やかな教室や、街を歩いた時の春風の心地よさも、現実にしか感じられなかった。

 それに、今はまだオープニングの延長線上にあるとはいえ、自身のステータスを見るみたいな、ゲームらしい事も一切できない。


 このキュンメモは、ギャルゲーの中でも育成シミュレーション要素が強いゲームだ。


 毎週頭に強化するステータスを選択すれば、自動で処理が実行されステータスが増減する。

 それを利用して自分のステータスを上げていき、条件を満たせばヒロインとのイベントが発生。そこで選んだ選択肢により、ヒロイン達の好感度が上下する。


 基本はこのふたつを積み重ねて、より自身を成長させ、かつヒロイン達と親しくなって、二年後に誰かに告白されるのを目指すゲームだ。


 ゲームの世界であれば、これらのステータスや好感度を何らかの形で見れるんじゃないかって思ったけど、ここまでにそれっぽい要素は一切ない。

 勿論「ステータスオープン」も言ってみたぞ。虚しさだけが残ったけど……。


 でも、俺は今回攻略とかは考えずに平々凡々に暮らそうって決めてるから、見られない事による不自由さはあまりない……と思ってたんだけど。


 綾乃との会話との感触からすれば、本来は好感度なんてまったく上がっていないはずの現時点で、既に序盤のイベントを飛び越し、上位の好感度イベントが起きている感じになっている。

 こうなってくると、じゃあ今のステータスや好感度はどうなってるのか、逆に気になるんだよな……。


 それに、最近のゲームじゃよくある、いわゆるハーレムルート。

 このゲームにはそんなエンディングはなくて、あるのは特定のヒロインに告白されるハッピーエンドか、誰にも告白されないバッドエンドだけ。


 例えば、メインヒロインである綾乃に告白される条件が整っていた場合、無条件に彼女が告白してくる。

 つまり、既にフラグがおかしい現状、このまま穏便に進めば、俺は彼女に告白される可能性が高いんだけど、この世界がゲーム通りだとすると、システム上そんなに甘くない。

 だって、それをするためには、エンディングの日までの二年間、綾乃をはじめとしたヒロイン達に嫌われるような事をしないで好感度を維持し、ステータスも落とさず過ごさなきゃいけないんだから。


 大体、開幕からこんな好感度が高いと、普段のゲームプレイならまだ考えなくていいはずの、様々な問題が出てくるのは目に見えてる。

 正直この曖昧過ぎる環境と俺の恋愛経験のなさじゃ、どうこうできるとは思えないんだよな……。


 ぐるぐる巡る思考。

 こうなった理由も、この先どうすればいいかもわからず、問題は山積み。


 ったく。

 仕事なんかよりよっぽど難題。これ、どうすればいいんだって……。

 顔に手を当て悩んでみるけれど、妙案が浮かぶわけじゃない。


「……まあ、まだ始まったばかり。考えても仕方ないか」


 ため息混じりに独りごちる。

 そう。結局この世界に来て、まだたった一日だ。

 この先、色々と変化や気づきもあるかも知れないし、この先どうすればいいかってのも、次第に分かってくるかもしれないもんな。


 当時の時代を反映してか。

 俺の手元にあるのは。メールくらいしかできないガラケーと呼ばれた携帯電話。

 PCも携帯電話も一応インターネットに繋がるものの、古い時代を再現したせいか。動画とか配信サイトがある訳でもない。

 テレビを付けてみると、見慣れない番組がやっていたけど、リアルでもよくある真面目なドキュメンタリーだったのもあり、あまり興味も湧かなくて。


 あっさり暇を持て余した俺は、明日も学校なんだしと、その日は諦めてすぐ眠りに付いたんだけど──。


   ◆  ◇  ◆


 ……これってやっぱり……、だよな……。

 翌朝。俺は目に留まった部屋にあるを見て、改めてわからされた。

 やっぱりここは、ゲームの世界なんだって。

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