第七話:小っちゃっ!
小っちゃっ!
思わず大きく身を捻り、椅子の後ろの方で倒れて四つん這いになっている、白と黒のドール系の人形が着るようなひらっひらの服に身を包んだ少女──エリーナを見て、最初に思った感想はそれだった。
一応、彼女がそういうキャラなのは知っている。
確かゲーム内公式設定では、身長が百二十センチ。
現実的には小学校低学年くらいの小柄なキャラなんだけど、ゲーム内ではそれを表現するため、背景全体を上にずらしていた。
とはいえ、背景が変わったくらいだと、身長が低いって印象は覚えにくくってさ。
だから、説明書や攻略本なんかのイラストであれば、他キャラと対比されて初めてその小ささを感じるけど、ゲーム内だと特殊イベントのスチルでも見ないと、そこまで背の低さを感じにくかったんだ。
でも、こうやってリアルで見ると、彼女が本当に小さいんだって実感するな。
「いたたた……」
可愛らしい声で、尻もちを突いたような姿勢に座り直すエリーナ。残念ながら、見えているのはまだ後ろ姿で、実際の顔は見えていない。
彼女の前方には、結構な本が散乱している。
この休日の出会いイベントは古典的な、沢山の本を運んでいたエリーナが途中で転んでしまい、その本を一緒に拾って助けてあげて知り合うという王道の展開。
つまり、もうフラグは立っているってわけで、同時に想定通りであれば、やっぱり俺の文系ステータスは上がってるって事になる。
これはこの先、他のヒロインとの出会いイベントも回避できなさそうだな……。
何となく自分のペースで動けない事に歯がゆい気持ちを覚えながら、俺はエリーナの後ろ姿をじっと眺めた。
さっきまで図書館で見かけなかったから、一瞬急に後ろに沸いたのかと勘ぐったりもするけど、さっきも別に図書館の隅々まで探したわけじゃないし、この小ささだったから見逃したって可能性もなくはないな……って話は置いといて。
さて。
リアルだからこそ、このままスルーする事もできなくはないんだけど、流石にそれは良心が痛む。
それに、多分ここでスルーしたって、遅かれ早かれ平日の出会いイベントで知り合いになるのは目に見えているだろ。
だったら、素直にこの流れに従っておくか……。
とはいえ、自分から声の掛けるってのは正直緊張するし、こういう時はとりあえず……。
俺は無言で立ち上がると、そのままエリーナの脇を抜け、彼女を見る事もせず、転がっている本を拾い始めた。
「へ? はわわわ!」
また耳に届く、まるで幼女のような声。
親父は確か、この声にやられたって言ってたっけ。まあ、わからなくはない。
「あ、あのあの。す、すいませんです……」
「い、いえ。怪我はない?」
「は、はいです……」
自然に助けたかのように装い、俺はエリーナを見……うっわー。可愛い……。
思考と動きが止まった俺の脳内で、無意識に浮かんだのは、語彙力のないそんな一言だった。
今まで出会ったヒロインだって、綾乃も可愛いし、沙友理も美人だ。
でもそれは、言ってしまえば高校生として。
だけど、エリーナは何というか、マスコット的な愛くるしさっていうんだろうか。同じ高校生だけど、可愛さのベクトルが違う。
しかも、ゲームの時も可愛くはあったけど、リアルに目にした彼女の愛らしさは本気でやばい。
多分親父が見たら、一瞬で気を失い倒れるか、それこそ昇天するんじゃないだろうか。
「あ、あのー。大丈夫なのですか?」
……はっ!
気づけばそこにあったのは、這った状態のまま、こっちを覗き込んでいるエリーナの澄んだ瞳。
「あ、だ、大丈夫でっす!」
目を奪われていたなんて口にできず、慌てて返事をしたら、声が上擦る。
って、何て声出してるんだよ……恥ずかしい……。
赤面をごまかし、ささっと本をすべて綺麗に積み重ねた俺は、それを両手で抱えてその場で立ち上がる
「こ、この本、何処に持っていくつもりだったの?」
「え、えっと、受付なのです。本を借りようかと思って」
こんなに!?
大小様々な本をひとつに積み上げながら数えたら、二十冊以上あった。
イベントスチルで見てた時はそこまで考えなかったけど、これは結構な冊数。家で読むにしても相当だろう。
それに、俺が持ってるのだって結構大変なんだ。小柄な彼女が一人で持つのは、より大変だったに違いない。
っと。
素直にそんな感想を持っちゃったけど、これはあくまでイベント通りだもんな。
「じゃあ、このまま受付に行こうか」
「え!? そそそそ、そんな! それは悪いのです!」
はわわわわわわ。
そんな声が聞こえそうなくらい、咄嗟に立ち上がり、顔を真っ赤にしてぱたぱた手を振り戸惑うエリーナ。
いちいちリアクションが可愛いのも、ゲーム内と一緒。このエリーナの姿、親父に見せてやりたかったぜ……。
「これくらい構わないよ。じゃ、行こう?」
「でででで、でも!」
「気にしないで。小学生にこれは大変でしょ?」
彼女の反応に自然と微笑ましくなった俺は、無意識にゲーム内で主人公が言っていた台詞を口にしたんだけど、その瞬間。エリーナが銀髪を落ち着かず弄りながら、少しむくれた顔をすると。
「わわわ、私も……高校生なのです……」
なんて言いながら拗ねた。
……やっぱり可愛い……って、なんかロリコンみたいな反応してるけど、そんな事ないからな!
そ、そう。
彼女は公式で明言されてる通り、れっきとした女子高生なんだから!
「ご、ごめんごめん。でも、大変なのは変わらないでしょ? だから手伝うよ。行こう」
「う……いいのですか?」
「勿論。じゃなきゃ言い出さないよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えるのです。ごめんなさい、なのです……」
俺の言葉に、今度は申し訳なさそうにしょんぼりとするエリーナ。
こうも表情豊かだと、見ていて飽きないな。
「そういう時は『ありがとう』でいいんだよ。俺が勝手にお節介焼いてるんだから」
「ゔ……は、はい。ありがとう、なのです」
ぺこっとお辞儀した彼女に微笑み返した俺は、両手で抱えた本を持ち直す。
釣られて立ち上がり、脇に立ったエリーナが俺のジャケットの袖をちょんっと掴む──って、え?
俺が脇を見ると、ほんのり頬を赤く染めてぼんやりとこっちを見上げていたエリーナが、はっとして袖を離し、沈黙したままその場で俯く。
……はい確定。
彼女も既に、好感度が最高まであがってるじゃないか。
平日の学校帰りの通常の帰宅イベント。
そこで好感度が最高だと、エリーナがこうやって制服の袖を摘んで帰宅するってイベントが発生するんだ。
勿論好感度が少しでも低いと発生しないし、出会いのイベントでもこんな事はしない。
……ったく。この世界、ほんとどうなってるんだって。
彼女の反応に対し、敢えて笑顔で気にしない素振りをした俺は、さっきまでの浮ついた気持ちから一転。少し冷静になると、そのままゆっくりと受付に向け歩き出したんだ。
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