第六話:それにはちゃんと理由がある

 何で俺が、フラグを立てたであろう休日の出会いイベントの発生場所に向かわなかったのか。それにはちゃんと理由がある。


 さっき思い出したんだけど、キュンメモでヒロインの特別なスチルイベントを発生させるのには、幾つかの条件がある。


 一つめは勿論、彼女との好感度。

 二つめは季節。誕生日なんかは勿論その日じゃないと起きないし、各季節にあったイベントも多いんだ。

 三つめは場所。特にデートイベントはちゃんと特定の場所に行かないと発生しない。

 そして最後が、だ。


 そもそもヒロインの好感度が上がっていく条件にも、必要なステータスの上昇が不可欠。

 例えるなら、運動ができるから魅力的に見えるっていうアレだ。

 それを満たして初めてイベントの選択肢なんかで、一段階好感度を上げる機会を得られるからこそ、何気にステータスは重要だ。


 とはいえ、出会いイベントは初回のステータスアップだけが条件。だから沙友理の時同様、起こすのは非常に簡単なわけ。

 で、体育のステータスを上げた今回、ゲームではそのまま強制的に休日の出会いイベントに突入するんだけど。今回狙ったサブヒロインのイベントの背景は、確か夢乃中央公園だった。

 つまり、フラグが立った現状、そっちに足を運べばきっとその子には出会える。そう踏んでいる。


 だけど、俺が今向かっているのは、中央公園じゃなく、夢乃私立図書館だ。

 そこは文系のステータスを一度でも上げていれば登場する、新たなサブヒロインとの休日の出会いイベントが発生する場所。

 俺はその場所に足を運ぶ事で、そっちのキャラの休日の出会いイベントが起こるのかを確認する事にしたんだ。


 何でこんな事を試したのか。

 それは、俺のステータスをするためだ。


 この間の登校時の会話で、綾乃は間違いなく最高の好感度になっていた。

 そして彼女にそこまでの好意を持ってもらうには、全ステータスが必要な値になってなきゃいけない。


 つまり、現時点で俺の文系のステータスは既に上がっているはずであり、そっちに対応したヒロインとの出会いイベントの発生条件も満たしているんじゃって考えたんだ。


 ゲームじゃ絶対に満たせない条件だからこそ、勿論確証はない。

 でも、こういう事を知っておけば、いざ何かを選択したりする時にきっと役に立つはず。そんな自信は持っていた。


 まあ、それもあくまで予想。じゃあ何処でこの結果を活かすんだって言われると、何も言えないんだけどさ……。


   ◆  ◇  ◆


 家にあった紙の地図を頼りに、俺は街中を歩き、何とか目的となる図書館に辿り着いた。

 っていうか、紙の地図を見たのなんて、小さい頃に両親と車で出かける時に使ってたの以来。

 大体はスマホの地図アプリで事足りるしなぁ。


 さて、ここで念の為っと。

 俺は携帯電話を取り出して、ここでも綾乃に電話をかけてみた。けど……


  ツーッ、ツーッ、ツーッ


 ……話し中か。

 多分この調子だと、そこはってオチで終わりそうだけど、とりあえず後でまた掛けてみよう。


 さて。俺の予想が当たるか否か。

 そして、もしヒロインがいた場合、彼女はどんな風にそこに存在するのか。


 また美少女と会話しないといけないっていう緊張に、喉が渇いて唾を飲み込む。けど、ここまで来たんだ。気後れしたって仕方ない。


 ……よし。行くぞ。

 俺は腹を決めると、ゆっくりと図書館の入り口に入って行った。


   ◆  ◇  ◆


 受付で司書の女性に話をして、図書館利用のルールなんかを聞くと、図書カードを作って ──と、意外にリアルな流れを経験した後、俺は彼女にお礼を言って、本棚の方に流れて行った。


 作り込みがヤバい、なんて言うとおかしいかもしれないけど。開架式の本棚にある本を何冊か開いた限り、それらはちゃんと読める普通の本だった。

 小説。伝記。辞典に絵本。

 勿論、同じ本が雑多に並んでいるわけじゃない。しっかり別の作品になっているし、巻数のある作品もちゃんと話が続いている。


 ……ゲーム感もある世界だけど、作りがやっぱりガチ過ぎる。

 元々のゲームで触れる事すらできない、こんな世界の詳細を準備できるのなんて、俺の中じゃ神様くらいしかいなそうなんだけど。実際どうなってるんだろうか?


 まあ、流石に神様が、わざわざこういう世界を再現する所なんて見た事ないし、じゃあ再現したとして、誰のためにこんな世界を作ったかも謎過ぎる。

 元から世界が存在していただけっていうなら、別にゲーム的なシステムなんて排除すればいいんだし。


 っと。本棚を見ながらそんな事を考えても意味はないか。

 改めて本棚を眺めて、往年の名作をパクったかのようなタイトル、名探偵フォーズムの本を手にした俺は、そのまま閲覧室席に移動する。

 まばらにいる図書館の利用者。ぱっと見その中に、俺が目的とするサブヒロインはいなかった。


 ちなみに、見ればわかるのかって言われたら、多分わかる。

 何でかというと、彼女はハーフらしい独特の特徴があるからだ。


 エリーナ泉原いずみはら

 確かフィンランド人の父親と日本人の母親のハーフで、特徴は小柄で背が低い事と、ハーフ故の白銀の長い髪だ。


 ゲーム内でも、その清楚な雰囲気は群を抜いていて、親父がゲーム雑誌のゲームキャラ人気投票で一位を獲った凄いキャラだって教えてくれた記憶がある。

 ちなみに親父の推しキャラって言ってたけど、俺は綾乃派だと伝えたら、それを聞いて残念そうにしてたっけな。


 とりあえず本棚のエリアをある程度見渡せる、空いていた四人用の閲覧席の一つに座り、本を読む振りをしながら周囲に目を配る。

 けど、やっぱりそれっぽい人影はない。


 ……うーん。予想を外したか?

 内心ちょっと残念な気持ちになりつつ、俺は本を読む振りをしながら、この先の事を思案し始めた。


 この結果はどう判断すべきだろう?

 本来出会うべきサブヒロインとの、出会いイベントのフラグを立ててるから出なかったのか。

 それとも、イレギュラーに綾乃の好感度だけが高いだけで、ステータスは足りてないって事なのか。その辺が読みきれない。

 まあ、逆の結果こそ仮説を裏付けると思っていたし、それは仕方ないけど。


 一応まだ昼前。判断は早計と考えて、ここで粘る手もなくはない。

 だけど、キュンメモのゲーム内では、すべてのイベントにおいて具体的な時間は謳われていないんだよな。

 判断できるとすれば、背景の描かれ方から昼か夜かといったくらいで、大抵は日中としか言いようがない。


 もしも、具体的な時間まできちっと合わせないとダメだとしたら、正直難易度が高過ぎる。

 それこそ施設や場所に終日張り付くしかなくなるし、外れた時の時間の浪費っぷりもヤバい。


 まあ、今日に関しては時間の制約があるかを確認する為、夕方になる前に中央公園に行く手もある。

 確かあっちは外でのイベントで、一枚目は昼間だった記憶があるし。


 とはいえなぁ。

 俺、別に本が好きってわけでもないし、スマホがある訳でもないから、ここでずっと過ごすのも怠いし……。

 こうなったら、フラグを立ててない、雑学に対応したサブヒロインの方も当たってみるか?

 でもここだけの話、あっちの子は苦手なタイプなんだよなぁ……。


 そんな事を考えながらぼーっとしていると。


「きゃっ」


  バサバサッ


 突然、俺の背後で小さな悲鳴のような声と、何かが崩れる音がした。


 ん? 誰かいたっけ?

 背後を振り返っても、ぱっと見誰もいない──。

 そう思った瞬間、視界の端にちらりと見えた銀髪に気づいて、俺ははっとさせられたんだ。 

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