第八話:やはりこちらでしたか
「お嬢様。やはりこちらでしたか」
受付に到着し本を受付の司書さんに預け、エリーナが貸し出し手続きをしていると、入口から慌てて駆け込んできた人影があった。
それは黒髪を後ろで編みまとめた、眼鏡を掛けた綺麗なメイド──なんだけど。
俺はエリーナとの出会いイベントを知っているからこそ、それが誰なのかもわかってる。
「沙友……じゃなかった。高嶺花先輩?」
危うく名前を呼び間違えそうになり、少しあたふたした俺を見て、沙友理もまた目を丸くする。
そう。
彼女は登校イベントで既に出会っている、高嶺花沙友理だ。
前に思い出していた、二人同時にヒロインが登場するイベント。それこそがこの、エリーナと沙友理の二人だったりする。
実はエリーナは良家のお嬢様。そして、沙友理はそんな彼女の家に代々仕える家の出身で、彼女付きのメイドでもあるんだ。
一応ゲーム上は予定通りの展開。
とはいえ、彼女的にはこんな出会いがあるなんて知らない訳で。流石に俺と会うとは思っていなかったって顔をしてる。
「あ、貴方は確か……」
「はい。朝倉翔です。先日登校していた時にお会いした」
そうやって頭を下げつつ様子を見るけど、既に彼女は頬を赤らめている。
あの時感じた
その恥じらいが
「高嶺花は、この人と知り合いなのです?」
「あ、はい。彼もまた今年から夢乃高校に通っておりまして。お嬢様の同級生にございます」
「そ、そうだったのですか……」
っと。そういえばここから自己紹介か。
好感度が二人ともおかしいとはいえ、その先がどうかわるかもわからないし。とりあえずは、ゲームの展開になぞってみるか。
えっと……。
「え? 君も夢乃高校に?」
「は、はいです」
「朝倉様。こちらはエリーナ様。泉原財閥のご令嬢にございます」
「え!? 馴れ馴れしく話してしまい申し訳ございません。えっと、俺、朝倉翔と言います」
「エリーナ、泉原です。えっと、翔様は同級生なのですし、普通に喋ってもらっていいのです」
「え?」
「お嬢様が許可してくださったのですから。どうぞ楽にお話ください」
「高嶺花もです。翔様と知り合いなら、楽に話してよいです」
「あ、は、はい。申し訳ございません」
寛大なエリーナの計らいは予定通り。
ただ。好感度が最高なせいで、いきなり名前に様付けで呼ばれてるのは、流石にちょっと気恥ずかしいな……。
でもほんと、エリーナといい沙友理といい。サブヒロインだけどメインヒロインと同じか、それ以上人気が出たのにも納得できる。
と同時に、やっぱりリアルだからこそ感じる、二人の可愛らしさや綺麗さの圧に慣れなくって、どうにも緊張が拭えない。
綾乃もそうだけど、この先こんな女子とばかり接していくわけだろ?
俺の理性っていうか、気持ちが持つのか心配だけど……慣れるものなんだろうか?
「それで、貴方は何故エリーナ様と?」
「それは、翔様が私を助けてくれたのです」
「彼がお嬢様を?」
「そうです。私が本を落としちゃったのを拾ってくれて、ここまで運んでくれたのです」
神妙な顔になる沙友理に、両手をぎゅっと握り、彼女を見上げながらコクコクと頷くエリーナ。
信じてと言わんばかりの熱の籠った真剣さを見たら、流石に沙友理も信じるしかなかったんだろう。
「そうでしたか。朝倉様。この度は誠にありがとうございます」
「ありがとなのです」
沙友理は丁寧に。エリーナはペコっと可愛らしくお辞儀する。
「あ、いえ。大した事はしてないから」
ゲームじゃ見られない姿に、俺は少し気恥ずかしくなりながら、同じくお辞儀を返す。
……やっぱり、リアルって色々とヤバいな。
「外に陣内様とお車を待たせております。
「あ……でも、本がまだ──」
「そちらは
「……うん。じゃ、お願いするのです」
本を借りれる喜びに、子供っぽい笑みを浮かべたエリーナは、そのまま顔を真っ赤にし、髪の毛の先をいじりながら、もじもじと俺を見る。
「翔様。あの、今度は学校で、お会いしたいのです」
「ああ。わかったよ。また会おうね」
「……はいです! それでは、失礼しますです!」
ぱぁっと笑顔を咲かせた後、ぺこっと頭を下げたエリーナは、俺達に背を向けると入口に歩いて行く。
ゲームじゃ一枚絵だったけど、生で動きがあるせいで。いちいち可愛いのは卑怯すぎる。
……親父。
あんたが推したくなる理由、少しわかった気がするよ……。
「まったく……。目を離すとすぐこうなのですから……」
片手を頬に、もう片手を反対の肘に当て、困ったように独りごちる沙友理。
確か、エリーナはとにかく本が好きで、お付きの者の目を盗んでは屋敷を抜け出し、図書館に通っているって設定があったはずだ。
別にお金持ちなんだから、本なんて買って貰えばいいと思うんだけど。それでもわざわざ通うのは、図書館のこの静かな雰囲気が好きって理由だったっけ。
「きっと、それだけ本が好きって事じゃないですか?」
「だとしても、考えなさ過ぎです。それでなくとも身体もお強くないというのに……」
なんて自然に小言を返した直後、はっとした彼女が俺に少し焦った顔を見せた。
「あ、朝倉様。そ、その、今日ここで見た事は、
「えっと、それは高嶺花先輩が、エリーナさんの家でメイドとして仕えてる事、ってことですか?」
「は、はい……。偶然見られただけの貴方に対し、身勝手な願いのは重々承知なのですが……」
沙友理はおずおずと様子を伺うように、眼鏡越しに上目遣いでこっちを……って、こっちも可愛いな、おい……。
メイド姿という幻想的な姿と、普段凛としている彼女らしからぬギャップ。
沙友理のメイド姿って、ゲーム上だとここ以外じゃスチルイベントでしか見られないんだけど、それが勿体ないって思うくらいだ。
ちなみに確か、ここでゲームだと選択肢があって『わかった』、『嫌だよ』の二択になるんだけど。『嫌だよ』を選ぶと「そんな、酷い……」という言葉とともに、再びお願いをされるのを繰り返すという、ある意味有名なループ展開がある。
これがリアルでも再現できるのかは気になるけど、流石に彼女を困らせる選択肢は──。
「もし、約束を守っていただけるのでしたら……貴方のために、またこのお姿でお会いしても……」
「……はい?」
へ?
今なんて言った!?
「えっと、この姿って、メイド服でってことですか?」
「は、はい……」
顔を真っ赤にしながら、消え去りそうな返事をする沙友理。
……おいおいおいおい!
エリーナとの出会いイベントの中で、彼女はこんな事を言わなかっただろって!
何となく、好感度最高の時に、こういうのに近いスチルイベントがあったような気はする。
だけど、そもそもリアルで彼女にメイド姿でいてもらうとか、理性が持つ気がしないって!
「せ、先輩! や、約束はします! しますけど! そ、そういうのはなくっていいですから!」
思わず俺が叫んだ瞬間。
「お静かに」
という司書さんの冷たい言葉と共に、周囲の視線が俺にぐさぐさっと刺さる。
ったく。綾乃といても注目を浴びないくせに、こういう時には注目されるのかよ……。
「す、すいません……」
思わず平謝りをすると、周囲の視線も俺から離れ、また静かな図書館に戻っていく。
「あの……本当に、よろしいのですか?」
沙友理の戸惑いっぷりからすると、こっちの反応が予想外だったみたいだけど。むしろこっちが予想外だって。ったく……。
「その、本当に構いませんから。その代わり、俺に様付けは止めてくれませんか? 先輩は先輩であって、俺に仕えてるメイドさんじゃないんですから」
頭を掻きながら、そんな代替え案を出してみた。
さらっと言ってみたけど、これは大体イベントの時と同じだったはずだ。
まあでも、正直美少女達にこう呼ばれるのは、やっぱり羞恥心がヤバいんだよ。
さっきのエリーナもそうだけど、そもそも様なんて付けてもらうほど、高尚な奴でもないし。
一応、社会人時代に普通に呼ばれる経験もあったとはいえ、そもそもビジネスって割り切れてるからこそ、普通でいられたってのもあるわけで。
だから、朝倉君って呼ばれるくらいが丁度いい──。
「わかりました。では、これからは翔君と呼ばせていただきますね」
──そ、そっちかぁ……。
俺は妙にくすぐったい気持ちになり、思わず頬を掻く。
まあ、そりゃそうか。
ゲームでも好感度が高いとこうなったもんな。ここは他のヒロインと一緒。
流石に言い直してくれた矢先に、名字で呼んでってお願いするのも
「う、うん。それでお願いします。高嶺花先輩」
「か、翔君。確かに
……我慢、できるのかなぁ……。
未だ恥じらいを感じる赤面っぷりを披露する沙友理の逆提案。
既に出会いイベントの領域を超えた発言の数々に、俺の恥ずかしさの方がもう振り切りそうになっていた。
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